第4話:『不確かな輪郭』
廃屋に差し込む朝日は、埃っぽく白く濁っていた。 昨夜の怪異の死骸は、跡形もなく消えている。ただ、引き裂かれた畳と、湊の掌にこびりついた乾いた血だけが、あれが現実だったことを物語っていた。
「……凪。少し、落ち着いたか」
湊は、傍らで丸まっている弟に声をかけた。 凪の体は、朝の光の下で見ると、より一層「人間」から遠ざかって見えた。黒い鱗は鈍い光を放ち、角は硬い樹木のように力強く突き出している。
だが、凪は小さく頷いた。その動作に、昨夜のような獣の荒々しさはない。
湊は、自分の**「黄金の瞳」**で、じっと凪を見つめた。 視えるのは、肉体の外側だけではない。凪の体の奥底、心臓よりもさらに深い場所で、何かが渦巻いている。
(……温かい。でも、泣きたくなるほど痛いんだ)
湊の胸を締め付けるのは、正体不明の情動だった。 それは、愛おしいものを理不尽に奪い去られたような、喉の奥が焼けるような渇き。
「凪、俺たちがこうなった理由は……まだ、全然わからない。あの箱に何が入っていたのかも、あの声が誰だったのかも」
湊はポケットから**「真鍮の鍵」**を取り出した。 朝日の下で、鍵は微かに震え、ある一定の方向――南の方角へ向かって、光の尾を引いている。
「でも、これだけはわかる。俺たちの血の中には、俺たちの知らない『誰か』の思いが混ざってるんだ。……それも、とびきり激しくて、悲しいやつが」
湊は、凪の大きな、人とは違う形の掌を握りしめた。 凪もまた、戸惑うように湊を見返している。二人とも、自分たちの身に何が起きているのか、その正体は掴めない。 ただ、何千年も前から続いていた巨大な何かが、自分たちの代で「弾けた」ことだけを感じていた。
「行こう。この鍵が止まる場所まで行けば、少しはマシな答えが見つかるかもしれない」
湊は立ち上がり、錆びた鉄の断片を深くポケットに沈めた。 目指すのは、鍵が指し示す場所。 自分たちのルーツが眠る、西の地――**「吉備」**と呼ばれる場所。
二人が廃屋を出ようとしたその時、風に乗って、またあの声が聞こえた気がした。 言葉にはならない、遠い潮騒のような溜息。
それは、祝福なのか、あるいは破滅への招きなのか。 正体不明の「家族の残響」に急かされるようにして、二人は山を降り始めた。




