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第2話:『黄金の視界、異形の体』

廃屋の中に、凪の荒い呼吸だけが響いている。 湊は、震える指先で自分の瞼に触れた。光を失ったはずの瞳の奥で、黄金の熱が疼いている。


(……見える。本当に、見えるんだな)


それは、かつて湊が知っていた「世界」とは似て非なるものだった。 壁の朽ちた木目から立ち昇る古い湿気の澱みや、屋根裏で蠢く小さな命の鼓動。すべてが光の糸や色の濃淡となって、闇の中に浮かび上がっている。


湊は、恐る恐る視線を落とした。 足元にうずくまる、弟だったもの。


「……凪」


その名を呼ぶ声が、自分のものとは思えないほど掠れていた。 直視した弟の姿は、あまりにも残酷だった。少年らしい柔らかかった肩は、岩のように硬い黒い鱗に覆われ、引き裂かれたシャツの隙間からは、浮き出た血管が脈打っているのが見える。 額から突き出した二本の角は、まるで呪いの杭が打ち込まれたかのようだ。


湊の胸を、言葉にならない激しい感情が突き上げた。 悲しみ、恐怖、そして――それ以上に強い、言いようのない**「郷愁」**。


「どうして、こんな……」


湊は手を伸ばした。化け物のような姿。けれど、黄金の瞳が捉える凪の胸の奥には、濁りのない澄んだ青い光が、心臓の鼓動に合わせて優しく明滅している。


その光を見た瞬間、湊の脳裏に、あたたかな陽だまりのような記憶がフラッシュバックした。 自分が凪をあやしていた子供の頃の記憶ではない。もっと古く、会ったこともないはずの誰かが、愛おしい我が子を抱きしめているような、魂の底に刻まれた記憶。


湊は、その異形となった弟を、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。


「怖かったよな、凪。……ごめんな。にいちゃん、お前のこと、こんな姿に……」


凪の体は驚くほど冷たかった。深海の底から這い上がってきたばかりのような、芯から凍えるような冷気。 けれど湊が抱きしめると、凪の喉の奥から「……く、ぅ……」という小さな、甘えるような吐息が漏れた。その響きだけは、あの日一緒に遊んだ、優しくて臆病な凪のままだった。


湊は、凪の硬い角に自分の額をそっと押し当てた。 「大丈夫だ。姿がどう変わったって、お前は凪だ。……俺が、絶対にお前を元に戻してやる」


その決意に応えるように、ポケットの中にある「鉄の断片」が、じわりと熱を帯びた。 湊は、弟の異形を忌むのではなく、むしろ愛おしく感じている自分に驚いていた。


(この温かさは……なんだ? まるで、ずっと前からこうなることが決まっていたみたいだ)


その時、凪が弾かれたように顔を上げた。 「……ガ、ァ……ッ!」 喉を鳴らし、入り口の闇を睨みつける。


湊もまた、新しく得た瞳をその方向へ向けた。 深い霧に包まれた廃屋の外、闇の奥から、ヘドロが沸き立つような不快な音が近づいてきていた。

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