第14話:『再会、そして真実の継承』
重々しい音を立てて開かれた城門の先は、もはや現世ではありませんでした。
門の奥に広がっていたのは、夜空と海面が溶け合ったような、幻想的で静謐な空間。空には巨大な月が浮かび、足元にはくるぶしまで届くほどの透明な水が満ちています。
そこは、数千年の間、温羅が愛する者たちの血筋を見守り続けてきた**「心の竜宮」**でした。
空間の中央に、一人の女性が佇んでいました。 凪が宿している禍々しい鬼の姿とは正反対の、透き通るような肌と、深い海のような色の髪を持つ美しい女性。彼女は、角も鱗も持たない「人」としての姿で、穏やかに微笑んでいました。
「……ア、カ……ア……サ……ン」
凪が、震える声でそう呼びました。凪の体から黒い鱗が剥がれ落ち、徐々に元の少年の姿へと戻っていきます。凪は、誘われるように彼女の元へと歩み寄りました。
「よく帰ってきましたね、愛しい子たち」
温羅の魂は、凪を優しく抱きしめました。その手は、凍えるような海の冷たさではなく、陽だまりのような温かさに満ちていました。
湊は、黄金の瞳で彼女を直視しました。そこには怨念も呪いもありません。ただ、深い、深いため息のような愛情だけが渦巻いていました。
「温羅さん……教えてくれ。俺たちは、何をすればいい? 桃太郎の末裔たちは、あんたを『呪い』だと言った。凪が鬼になったのは、世界を滅ぼすためなのか?」
温羅は首を振り、湊をじっと見つめました。
「いいえ。私が凪に力を貸したのは、滅ぼすためではありません。……**『終わらせる』**ためです」
温羅は、湊の掌にある「鉄の断片」にそっと触れました。
「かつて、私を愛してくれた吉備津彦は、この剣で私を討ちました。それは憎しみからではなく、私の中に膨れ上がった『絶望という名の怪物』を、私自身から切り離すためだったのです。彼は、私の魂を守り、いつか呪いが愛に浄化される日のために、あなたたちに力を託しました」
温羅の瞳から、一粒の涙が零れ落ち、水面に波紋を広げました。
「私の正体は、鬼ではありません。……**『守りたかった、ただの願い』**です。凪に宿る強さは、誰かを守るための盾。そして湊、あなたの瞳に宿る黄金は、正義と悪の境界を消し去り、すべてをあるべき場所へ還すための灯火。……あなたたちの本当の役割は、この国の地下に眠る数千年の『悲しみの連鎖』を、その手で断ち切ることなのです」
温羅の姿が、少しずつ光の粒子となって溶け始めます。
「小箱を開けたのは、禁忌を破るためではない。……あなたが、私たちを家族として受け入れたからです。……行きなさい、湊。凪。英雄でも鬼でもない、『兄弟』として。この土地に眠る、すべての痛みを抱きしめてあげて」
温羅が最後に凪の額に口づけをすると、凪の背中にあった漆黒の翼は、透き通るような「光の翼」へと変質しました。
その時、空間の外側から、現実を引き裂くような轟音が響きました。 吉備津神社の神主が、王子の負の遺志である「真の討伐の剣」を抜き放ち、この聖域を破壊しようと迫っています。
「にいちゃん……俺、もう怖くないよ」
凪が、湊の手を力強く握りました。その瞳には、かつての臆病な少年ではなく、自らの宿命を受け入れた「光の鬼」の決意が宿っていました。
湊は黄金の瞳を最大限に解放しました。 視えるのは、もう「敵」ではありません。この土地で戦い、傷ついてきたすべての人々の、救いを求める魂の震えでした。
「行こう、凪。……最後の『昔話』を、俺たちの手で書き換えるんだ」
二人は光の門を潜り、決戦の待つ現実の世界へと躍り出ました。




