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第11話:『守るための瞳、赦すための刃』

里の穏やかな空気は、一瞬にして刺すような冷気に塗り替えられました。 村を包んでいた守護の霧が、目に見えない巨大な力によって引き裂かれます。


村の入り口から現れたのは、実体を持たない**「鎧の残骸」と、意志を持たぬままに振るわれる「錆びた太刀」の群れでした。それは生身の人間ではなく、数千年前、温羅を討つために命を落とした兵士たちの執念が形を成した霊的怪異――『不浄の武者ふじょうのむしゃ』**です。


「いけない、結界が破られた! 村の衆、奥へ逃げろ!」 茶吉が叫び、子供の妖怪たちを抱えて走り出します。しかし、宙を舞う無数の錆びた太刀が、逃げ惑う妖怪たちを無慈悲に追いつめていきます。


「凪、行け!」 「ガ、アアアァッ!!」


凪が弾かれたように飛び出しました。その巨大な爪が、空中に浮遊する兜を粉砕します。しかし、相手は実体のない怨念の塊。砕いても砕いても、影のように集まり、再び形を成して襲いかかってきます。


「無駄だ……あいつらは『鬼を討つ』という目的のためだけに動く自動人形オートマトンだ!」


湊の黄金の瞳には、武者たちの正体が視えていました。彼らは憎しみで動いているのではない。ただ「正しいことをせねばならない」という歪んだ正義感の残滓。


一振りの太刀が、逃げ遅れた河童の子供の背中に迫ります。


「やめろぉぉ!!」


湊が「鉄の断片」を突き出した瞬間、瞳の黄金がかつてないほど激しく燃え上がりました。 その時、茶吉の言葉が脳裏に響きます。 「本当の使い方は……『赦す』ことだよ」


湊は、ただ怪異を切り裂くのではなく、その「執念」の中心にある核を視ることに集中しました。 見えたのは、武者たちの奥底にある、家族の元へ帰りたかったという小さな願い、そして、戦いの果てに凍りついた孤独。


「もういい……もう、戦わなくていいんだ!」


湊は「鉄の断片」を、黄金の光の刃ではなく、柔らかな**「青白い光の波」**へと変化させました。それは深海の静寂。すべてを包み込み、眠らせる竜宮の揺りかご。


湊が断片を横一文字に振ると、黄金と青が混ざり合った光の輪が里全体に広がりました。 光に触れた不浄の武者たちは、攻撃の手を止めました。錆びた鎧から力が抜け、虚無だった兜の奥に、一瞬だけ安らかな光が宿ったように見えました。


「あ……」


武者たちは砂が崩れるようにサラサラと霧に溶け、数千年の呪縛から解き放たれて消えていきました。


「……はぁ、はぁ……」 湊は膝をつきました。瞳の奥は焼けるように痛みますが、今までのような「命を削られる不快感」ではなく、どこか憑き物が落ちたような、清々しい感覚が残っていました。


「……若君、あんた、今のは……」 茶吉が驚愕の面持ちで湊を見つめています。


湊が成し遂げたのは「破壊」ではなく、英雄の遺志への**「引導」**でした。吉備津彦の瞳で真実を見抜き、温羅(海)の力で慈悲を与え、魂をあるべき場所へ還したのです。


「湊にいちゃん……」 凪が静かに歩み寄ります。その瞳には、今まで以上の信頼と、確かな理性が宿っていました。


「……行こう、凪。俺たちの本当の目的地へ」


湊は立ち上がり、真鍮の鍵を握りしめました。鍵は今、眩いほどの光を放ち、西の空――ついに**「吉備の国」**の境界を指し示していました。


里の妖怪たちに見送られながら、二人はついに決戦の地、岡山へと続く最後の道へと足を踏み出しました。

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