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第10話:『異形の箱庭・迷い家(まよいが)』

骨女との死闘を終えた二人は、限界を迎えつつありました。凪の肩からは黒い血が滴り、湊の黄金の瞳も使いすぎによって視界が激しく点滅しています。


そんな二人の前に現れたのは、地図にも載っていない、霧の向こう側にひっそりと佇む集落でした。


峠の頂を少し下った場所に、そこだけ時間が止まったような、茅葺き屋根の家々が並ぶ村がありました。村の入り口には、注連縄が巻かれた巨大な石柱が立っており、そこを潜った瞬間、湊の鼻を突いたのは「潮の匂い」ではなく、懐かしい「土と焚き火の匂い」でした。


「おやおや。竜宮の稚魚ちぎょが、ずいぶんと無茶をしたもんだ」


声をかけてきたのは、背中が丸まった小柄な老人でした。しかし、湊が瞳を凝らすと、老人の頭の上には茶色のふさふさとした**「耳」**が覗いています。


「……きつね、か?」 「おっと、失礼。ここでは種族ナニを問うのは野暮ってものだよ、若君」


老人は「茶吉さきち」と名乗り、二人を村の奥にある湯治場へと案内しました。そこは**「迷いまよいが」**。この世で居場所を失った妖怪や、因縁に疲れ果てた半人半妖たちが、束の間の安息を求めて集う隠れ里でした。


村の中では、牛の角を持つ子供が走り回り、川辺では河童たちが網を繕っています。彼らは凪の異様な姿を見ても、怯えることも、蔑むこともありませんでした。


「ここは『吉備の門』へ向かう者が最後に立ち寄る場所さ。アンタたちの血の匂い……懐かしいねぇ。数千年も昔、ここを通り過ぎた『泣き虫の王子』と『怒り狂った鬼女』を思い出すよ」


茶吉の言葉に、湊は息を呑みました。 「……吉備津彦と、温羅うらを知っているのか?」


「知っているも何も、ここの先祖が、あの二人の逃避行を最後に手助けしたのさ。……いいかい若君。アンタのその瞳、今はまだ『視ている』だけだ。だが、本当の使い方は『視る』ことじゃない。……『ゆるす』ことだよ」


茶吉はそう言うと、凪の傷口に不思議な泥を塗り込みました。すると、あれほど痛々しかった傷が、じりじりと音を立てて塞がっていきます。


その夜、湊は村の温泉に浸かりながら、凪が他の異形の子らと不器用そうに遊んでいる姿を眺めていました。 人間でもなく、完全に鬼にもなりきれない。そんな不安定な自分たちが、この世界で唯一「普通」でいられる場所。


しかし、安息は長くは続きませんでした。 湊がふと手にした**「真鍮の鍵」**が、村の入り口の方角を向いて、氷のように冷たく震え始めたのです。


「……湊にいちゃん、くる」


凪が遊びを止め、鼻を鳴らして入り口の霧を睨みつけました。


追っ手は、渡辺綱の末裔だけではありませんでした。 隠れ里の結界を侵食し、近づいてくるのは――「数千年前の、英雄の遺志そのもの」。

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