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第9話:最初の改革案

第9話:最初の改革案

その夜、セリアの家で律は眠れなかった。

ベッドに横になっても、ダリルの顔が浮かぶ。

血まみれの死体。

助けられなかった仲間。

壊れた制度。

 

「……寝られないのね」

 

扉が開き、セリアが入ってきた。手には温かい飲み物。

 

「ハーブティー。飲みなさい」

「ありがとうございます」

 

律は起き上がり、カップを受け取った。

優しい香り。少し苦い。

 

セリアは隣に座った。

 

「考えてるのね。制度のこと」

「……ええ」

「何か、案は?」

 

律はカップを両手で包んだ。

 

「まず、問題点を整理しないと」

「設計者らしいわね」

「習性です」

 

律は机の上の紙を取った。

 

「貸してもらえますか? ペンと紙」

「どうぞ」

 

律は紙に書き始めた。

 

【冒険者制度の問題点】

 

1.救援システムの不在

・緊急時の連絡手段なし

・位置情報の共有なし

・救援要請の仕組みなし

 

2.保険・補償の不在

・負傷時の治療費補助なし

・死亡時の遺族補償なし

・長期離脱時の生活保障なし

 

3.引退後の支援なし

・再就職支援なし

・職業訓練なし

・年金制度なし

 

4.情報の不足

・モンスターの危険度情報が不正確

・ダンジョンの最新情報が共有されない

・新人への教育体制がない

 

セリアが覗き込んだ。

 

「……よく整理できてるわね」

「仕事の癖です。問題は分解して、優先順位をつける」

「で、何から直すの?」

 

律は紙を見た。

 

「全部を一度には直せない。まず、一番致命的な問題から」

「救援システム?」

「いえ。それは後です」

 

律は1の項目を指差した。

 

「まず、情報です」

「情報?」

「ダリルたちが死んだのは、情報不足が原因です」

 

律は別の紙に書き始めた。

 

「モンスターの危険度、ダンジョンの状況、最近の被害報告。これらが冒険者に共有されていない」

「確かに。ギルドは依頼を出すだけで、情報提供はしてないわね」

「だから、冒険者は準備不足で危険地帯に入る」

 

律は図を描いた。

 

「情報共有システムを作る。ギルドに掲示板を設置し、最新情報を毎日更新する」

「それだけ?」

「それだけです。まず小さく始める」

 

セリアは首を傾げた。

 

「小さすぎない?」

「大きな変革は、抵抗されます」

 

律はセリアを見た。

 

「だから、最初は誰も反対できない、小さな改善から始める」

「……なるほど」

「情報共有なら、コストはほぼゼロ。ギルドも反対する理由がない」

 

律は続けて書いた。

 

【情報共有システム案】

 

・ギルドに情報掲示板を設置

・毎日、以下の情報を更新:

 - 最新のモンスター出現情報

 - ダンジョンの危険度

 - 負傷者・死亡者の報告

 - 天候・季節の影響

 

・冒険者は出発前に情報を確認

・帰還後、情報を報告(任意)

 

セリアが読んだ。

 

「……これなら、確かに反対されないわね」

「ええ。ギルドにとっても、メリットがある」

「メリット?」

「情報が集まれば、ギルドは依頼の精度を上げられる。冒険者の死亡率が下がれば、人材の損失も減る」

 

セリアは感心したように頷いた。

 

「あんた、本当に設計者ね」

「……そう見えますか?」

「ええ。ちゃんと、相手のメリットも考えてる」

 

律は紙を見た。

 

「これを、明日エドガーに提案します」

「通ると思う?」

「わかりません。でも」

 

律はセリアを見た。

 

「試す価値はあります」

 

翌朝。

律とセリアはギルドを訪れた。

 

朝のギルドは相変わらず混雑している。

受付で、エドガーへの面会を申し込んだ。

 

「エドガーに? 何の用?」

「提案があります」

「提案?」

 

受付の女性は訝しげな顔をしたが、奥へ伝えに行った。

 

数分後。

 

「……来いって」

 

二人はエドガーの部屋へ通された。

 

「提案とは?」

エドガーが開口一番に聞いた。

 

「冒険者制度の改善案です」

 

律は紙を机に置いた。

 

エドガーは眉をひそめた。

 

「お前、冒険者ですらないんだぞ」

「わかっています。でも、昨日の件で考えたんです」

「昨日?」

「ダリルという冒険者を助けました。彼のパーティは四人で、二人が死に、一人が行方不明です」

 

エドガーの顔が険しくなった。

 

「……ダリルのパーティか。報告は受けている」

「なぜ、あんなことになったんですか?」

「モンスターに襲われた。よくある話だ」

「よくある、で済ませていいんですか?」

 

律の声は静かだが、強い。

 

「情報があれば、防げたかもしれない。準備があれば、死なずに済んだかもしれない」

 

エドガーは黙った。

 

律は紙を指差した。

 

「だから、情報共有システムを提案します」

 

エドガーは紙を手に取り、読み始めた。

 

長い沈黙。

 

やがて、エドガーは顔を上げた。

 

「……これを、お前が考えたのか」

「はい」

「一晩で?」

「ええ」

 

エドガーは再び紙を見た。

 

「情報掲示板、か」

「コストはほぼかかりません。板と紙とペンがあればできます」

「更新は誰がやる?」

「受付の職員が、報告をまとめるだけです。一日一回、十分程度の作業です」

 

エドガーは考え込んだ。

 

「……メリットは?」

「冒険者の生存率が上がります。情報があれば、無謀な依頼を避けられる」

「それだけか?」

「ギルドにとっては、人材の損失が減ります。長期的には、依頼の成功率も上がります」

 

エドガーは腕を組んだ。

 

「……デメリットは?」

「ほとんどありません。強いて言えば、職員の手間が少し増えるくらいです」

 

エドガーは黙った。

 

長い沈黙の後。

 

「……わかった」

 

律は顔を上げた。

 

「試してみる」

「本当ですか?」

「ああ。お前の言う通り、コストはほぼゼロだ。試す価値はある」

 

エドガーは立ち上がった。

 

「今日中に掲示板を設置する。更新は受付に任せる」

「ありがとうございます」

「礼はいい。だが――」

 

エドガーは律を見た。

 

「これで効果が出なければ、すぐに中止だ」

「わかっています」

「それと、お前がこれを提案したことは、他言するな」

「なぜですか?」

「お前は冒険者じゃない。部外者が口を出したと知られれば、反発が起こる」

 

律は頷いた。

 

「わかりました」

 

二人は部屋を出た。

 

廊下を歩きながら、セリアが言った。

 

「やったわね」

「……まだ、始まったばかりです」

「でも、第一歩でしょ」

 

律は頷いた。

 

ギルドホールに戻ると、職員たちが慌ただしく動いていた。

壁際に、新しい掲示板が設置されている。

 

そこには、紙が貼られていた。

 

【冒険者情報掲示板】

 

・南の森:ゴブリン群れ(危険度:中)

・東のダンジョン:最深部で崩落あり(進入注意)

・西の街道:盗賊団の目撃情報あり

 

冒険者たちが集まり、掲示板を見ている。

 

「おお、これは便利だな」

「昨日のダリルの件も書いてあるぞ」

「南の森、気をつけないとな」

 

セリアが笑った。

 

「反応、いいじゃない」

「……ええ」

 

律は視界の端の文字を見た。

 

『同期開始まで:残り 25日』

 

25日。

 

時間は刻々と減っている。

 

だが。

 

小さな改善が、始まった。

 

これが、第一歩。

 

制度を直す。

世界を変える。

 

その、最初の一歩。

 

「さあ、次はダンジョンね」

セリアが言った。

 

「今度こそ、行きましょ」

「はい」

 

二人はギルドを出た。

 

空は青い。

風が吹いている。

 

世界は、少しずつ。

動き始めている。

 

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