第7話:冒険者登録失敗
翌朝。
律はセリアの家で目を覚ました。昨晩、遅くまで資料を読んでいたため、セリアが「泊まっていけば」と言ってくれたのだ。
簡易ベッドだったが、よく眠れた。
リビングに降りると、セリアがすでに起きていた。
「おはよ。朝食あるわよ」
「ありがとうございます」
テーブルにはパンとスープ。簡素だが温かい。
律は席に着いた。
「今日はどうするんですか?」
「まず、ギルドに戻る」
「ギルド?」
「昨日、特別身分証もらったでしょ。あれの正式登録が必要」
セリアはパンをちぎりながら言った。
「特別身分証は仮のもの。ギルドのシステムに正式登録しないと、依頼も受けられないし、ダンジョンにも入れない」
「……システムに登録、ですか」
「そう。普通はステータス測定で自動登録されるんだけど、あんたは特例だから手動登録になる」
律は視界の端の文字を見た。
『同期開始まで:残り 26日』
一日が経った。
「手動登録……うまくいくんでしょうか」
「さあ? でも、やってみないとわからないわよ」
二人は朝食を終え、ギルドへ向かった。
朝のギルドは混雑していた。冒険者たちが依頼を確認し、パーティを組み、出発の準備をしている。
受付には、昨日の赤毛の女性がいた。
「あ、昨日の……」
「おはようございます。手動登録に来ました」
「ああ、エドガーから聞いてる。ちょっと待ってて」
女性は奥に引っ込み、数分後、エドガーと共に戻ってきた。
「来たか」
「はい」
「こっちへ」
エドガーは律を奥の部屋に案内した。セリアも一緒についてくる。
部屋には、昨日とは違う装置があった。
大きな水晶の台座。その上に、金属製の板が浮いている。板には複雑な文様が刻まれている。
「これが手動登録装置だ」
「……これも、端末ですか」
「そうだ。通常の水晶と違い、直接ギルドシステムに接続できる」
エドガーは装置の前に立った。
「お前のデータを手動で入力する。名前、年齢、身体特徴。ステータスは不明のまま登録する」
「それで、登録できるんですか?」
「理論上は。だが……」
エドガーは律を見た。
「お前は特殊だ。システムに弾かれる可能性がある」
律は頷いた。
「やってみます」
「よし。では、この台座の上に立て」
律は台座に上がった。
足元の水晶が、わずかに光る。
エドガーが手を伸ばし、金属板に触れた。彼が何かを呟くと、板の文様が光り始める。
『接続検知:ギルドシステム』
『登録試行:開始』
律の視界に文字が浮かんだ。
エドガーが情報を入力していく。名前、年齢、外見。
金属板の光が強くなる。
だが――
『エラー:対象識別不能』
『登録:失敗』
光が消えた。
エドガーが眉をひそめる。
「……ダメだ。システムがお前を認識しない」
「やっぱり」
「もう一度試す」
エドガーは再び入力を始めた。
今度はゆっくり、慎重に。
金属板が光る。
文様が浮かび上がる。
だが――
『エラー:対象識別不能』
『理由:管理外エンティティ』
『登録:不可』
再び失敗。
エドガーは深く息を吐いた。
「……システムがお前を"管理外"と判断している」
「管理外エンティティ、か」
「つまり、ギルドシステムに登録できない。正式な冒険者にはなれない」
律は台座から降りた。
予想はしていた。
だが、改めて言われると、重い。
「特別身分証でも、ダンジョンには入れるんですよね」
「入れる。だが、依頼は受けられない。報酬も得られない。ギルドの保護も受けられない」
エドガーは腕を組んだ。
「つまり、お前は冒険者ではない。ただのダンジョン探索者だ」
セリアが口を開いた。
「それでも、古代装置には近づけるわよね」
「ああ。ダンジョンに入る権利はある」
「なら、問題ないわ」
セリアは律を見た。
「どうせ、私たちの目的は冒険者になることじゃない。真実を見つけることでしょ」
「……そうですね」
律は頷いた。
エドガーが言った。
「だが、一つ問題がある」
「何ですか?」
「お前一人では、ダンジョンに入れない」
律は首を傾げた。
「特別身分証があれば……」
「ルールがある。ダンジョンには最低二人以上のパーティで入らなければならない」
「……安全のため、ですか」
「そうだ。単独行動は自殺行為だからな」
セリアが手を挙げた。
「なら、私が同行する」
「お前は冒険者じゃないだろう」
「翻訳者よ。でも、戦闘もできる」
セリアは腰の短剣を叩いた。
「風魔法も使えるし、ダンジョンの経験もある」
エドガーは考え込んだ。
「……まあ、お前なら大丈夫か」
「当然よ」
「だが、報酬は出ない。お前たちは正式な依頼を受けてるわけじゃないからな」
「構わないわ」
セリアは律を見て、ニヤリと笑った。
「私たちの報酬は、真実よ」
エドガーはため息をついた。
「……好きにしろ。だが、無茶はするな」
「わかってるわよ」
エドガーは律に向き直った。
「相川律。お前は冒険者登録に失敗した。だが、特別身分証の保持者として、ダンジョンへの立ち入りは許可する」
「ありがとうございます」
「礼はいい。その代わり、一つだけ約束しろ」
「何ですか?」
「生きて帰って来い。そして、見つけたことを私に教えろ」
律は頷いた。
「約束します」
二人は部屋を出た。
ギルドの喧騒が戻ってくる。
セリアが言った。
「よし、じゃあ準備ね」
「何が必要ですか?」
「まず武器。あんた、何か使える?」
「……いえ」
「だろうね。なら、護身用の短剣でいいわ。あと、回復薬と松明」
セリアは受付で必要な物資を購入した。全部で銀貨十枚ほど。
「後で返してよね」
「……はい」
律は短剣を腰に下げた。
重い。違和感がある。
こんなもので、本当に戦えるのか?
「大丈夫よ。あんたは戦わなくていい」
セリアが言った。
「あんたの仕事は、観察すること。システムログを読むこと。古代装置を解析すること」
「……わかりました」
「戦闘は私がやる。あんたは私の後ろにいなさい」
セリアは自信満々だった。
二人はギルドを出た。
街の南門へ向かう。
そこから半日の距離に、目的のダンジョンがあるらしい。
歩きながら、律は考えた。
冒険者登録失敗。
システムに弾かれた。
管理外エンティティ。
俺は、この世界に存在してはいけない何かなのか?
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 26日』
26日。
時間がない。
律は呟いた。
「俺は、登録できない存在だ」
なら。
登録されないまま、真実に辿り着く。
システムの外側から、世界の裏側を見る。
それが、俺にできること。
「行きましょ」
セリアが前を向いて歩いている。
律は彼女の後を追った。
南門が見えてきた。
その先には、森。
そして、ダンジョン。
世界の真実が、待っている。




