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第6話:セリアと出会う

ギルドを出た後、セリアは律を街の外れへ連れて行った。

城壁の近く。人通りの少ない路地。石造りの小さな建物。看板はない。

 

「ここが私の家兼仕事場」

セリアが鍵を開け、中へ入る。

 

中は本で埋め尽くされていた。壁一面の本棚。机の上にも積まれた書類。羊皮紙の束。インクの匂い。

 

「散らかっててごめんね」

「……いえ」

 

律は本棚を見た。古い装丁。異なる言語。様々な時代の記録。

 

「全部、古文書ですか?」

「仕事で集めたやつ。神殿の記録、古代王国の文献、ダンジョンから発掘された石板の写し。色々」

 

セリアは机の上の書類をまとめて脇に寄せ、二つの椅子を用意した。

 

「座って。話しましょ」

 

律は座った。

セリアは向かいに座り、律をじっと見た。

 

「じゃあ、改めて自己紹介。私はセリア・ノルディス。二十歳。フリーランスの翻訳者」

「相川律。二十七」

「職業は?」

「……システムエンジニア」

「システム?」

「設計の仕事です。プログラムを書いたり、仕様を組んだり」

 

セリアが目を細める。

 

「プログラム?」

「……命令の組み合わせです。機械に何をさせるか、順番に指示を書く」

「へえ。この世界の魔法みたいなもの?」

「まあ、似てます」

 

セリアは腕を組んだ。

 

「で、あんたは異世界から来た。ステータスが表示されない。魔法が効かない。システムログが見える」

「はい」

「27日後に削除される可能性がある」

「……多分」

 

セリアは深く息を吐いた。

 

「普通なら、狂人の戯言ね」

「ええ」

「でも、私はあんたを信じる」

 

律は顔を上げた。

 

「……なぜ?」

「理由は三つ」

 

セリアは指を立てた。

 

「一つ。あんた、古代語が読めた。エドガーの羊皮紙、あれは本物。読めるのは世界に数人しかいない」

「……」

「二つ。魔法が効かなかった。あれは嘘じゃない。エドガーの探査魔法は強力。それを自動で防御できるなんて普通じゃない」

 

セリアは三本目の指を立てた。

 

「三つ。あんたの目」

「目?」

「何かを見てる目。空中に浮かぶ何かを、ずっと見てる」

 

律は息を止めた。

 

「……バレてましたか」

「最初から。魔法を見るとき、あんたの視線は詠唱者じゃなくて空中を追ってた」

 

セリアは笑った。

 

「だから、信じる。あんたは本当に、システムログが見えてる」

 

律は黙って、視界の端を意識した。

 

『同期開始まで:残り 27日』

 

「……ありがとうございます」

「礼はいいわよ。その代わり」

 

セリアは前のめりになった。

 

「私も協力する。だから、全部教えて」

「全部?」

「あんたが見てるもの。この世界の真実。システムの仕組み。全部」

 

セリアの目は真剣だった。

 

「私はずっと疑問だった。神殿の記録は矛盾だらけ。古代文明は突然消滅してる。魔法の起源は誰も説明できない」

 

セリアは本棚を指差した。

 

「三年かけて調べたけど、答えは見つからなかった。でも、あんたは知ってる。少なくとも、見える」

「……俺も、全部はわかりません」

「わかってる分だけでいい」

 

律は考えた。

 

セリアに、どこまで話すべきか。

この世界の真実を。

神がいないこと。

システムで動いていること。

削除の可能性。

 

だが。

 

セリアは信じてくれた。

協力してくれると言った。

 

なら。

 

「……わかりました」

律は頷いた。

 

「話します。俺が見てるもの、全部」

 

セリアは微笑んだ。

 

「よろしい」

 

律は深く息を吸った。

 

「まず、この世界には神がいません」

 

セリアは黙って聞いている。

 

「神殿で祈りを捧げても、何も届いていない。神像はただの石像。奇跡は起こらない」

「……やっぱり」

「知ってたんですか?」

「予想はしてた。神の記録が矛盾だらけだったから」

 

律は続けた。

 

「次に、魔法はシステムです」

「システム?」

「詠唱は命令文。音声入力でパラメータを指定し、世界のシステムがそれを実行する」

 

セリアは目を見開いた。

 

「それで、魔法文字が見えるのね」

「ええ。俺には、魔法の実行ログが見える。プロセス名、パラメータ、消費リソース。全部」

 

律は視界の端を指差した。

 

「そして、これ」

「何?」

「同期開始までのカウントダウン。俺の視界に、ずっと表示されてる」

 

セリアは律が指差す空中を見た。

もちろん、彼女には何も見えない。

 

「27日後、か」

「ええ。何が起こるかはわからない。でも、多分――」

 

律は言葉を選んだ。

 

「俺がシステムに同期される。あるいは、削除される」

 

セリアは黙った。

 

長い沈黙の後、彼女は立ち上がった。

 

「なら、やることは一つね」

「……何ですか?」

「27日で、この世界の真実を全部暴く」

 

セリアは本棚から一冊の分厚い本を取り出した。

 

「これが、私が集めた古代装置の記録。場所、構造、機能。全部ここにある」

 

律は本を受け取った。

 

「古代装置……」

「この世界の裏側。システムの本体。世界を動かしてる、何か」

 

セリアは律の目を見た。

 

「そこに行けば、答えがあるはず」

「行くって……どこに?」

「一番近いのは、南のダンジョン。最深部に古代装置の端末があるって記録がある」

 

律は本を開いた。

 

地図。古代文字の記録。装置の図面。

 

そして、ある一文が目に入った。

 

『警告:管理層への接続は危険を伴う』

 

「……危険、か」

「当然よ。でも、行くしかないでしょ?」

 

セリアは笑った。

 

「あんた、このままだと削除される。なら、削除される前にシステムの核心に辿り着いて、全部ひっくり返す」

 

律はセリアを見た。

 

彼女の目は、本気だった。

 

「……なんで、そこまで?」

「は?」

「なんで、そこまで俺に協力してくれるんですか。リスクしかないのに」

 

セリアは少しだけ考えた。

そして、肩をすくめた。

 

「面白いから」

「……それだけ?」

「それだけよ。この世界の真実が知りたい。謎を解きたい。それだけ」

 

セリアはニヤリと笑った。

 

「あと、あんたが死んだら、誰が真実を教えてくれるのよ」

 

律は小さく笑った。

 

「……わかりました」

「じゃあ、決まりね」

 

セリアは手を差し出した。

 

「改めて。私はセリア・ノルディス。あんたの翻訳者で、相棒」

 

律はその手を握った。

 

「相川律。設計者で、……エラー」

 

二人は笑った。

 

窓の外は夕暮れ。

オレンジ色の光が部屋を照らす。

 

視界の端に、文字が浮かぶ。

 

『同期開始まで:残り 27日』

 

27日。

 

短い。

だが、やれることはある。

 

「明日から準備ね。ダンジョンに行くなら、装備と情報が必要」

「お願いします」

「任せなさい。私、このへんのダンジョンは詳しいから」

 

セリアは本をパラパラとめくった。

 

「南のダンジョンは中級レベル。戦闘経験なしのあんたには厳しいけど……まあ、何とかなるでしょ」

「……頼りになりますね」

「当然よ」

 

セリアは笑った。

 

律も笑った。

 

初めて会ったのは昨日。

なのに、不思議と信頼できる。

 

彼女の言葉は率直で。

彼女の目は真剣で。

彼女の笑顔は、本物だった。

 

「あなたは、この世界で最初の味方です」

 

セリアが顔を上げた。

 

「は? 何それ」

「いえ、独り言です」

「変なやつ」

 

セリアは笑った。

 

律も笑った。

 

そして、二人は夜が更けるまで、古代装置の資料を読み続けた。

 

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