第5話:ステータスが表示されない理由
冒険者ギルドは、中央広場に面した大きな石造りの建物だった。
正面には剣と杖を交差させた紋章。扉の前には、武装した冒険者たちが出入りしている。
「ここよ」
セリアが案内する。
中は広かった。受付カウンター、依頼掲示板、奥には酒場スペース。冒険者たちが談笑し、依頼を選び、装備を整えている。
まるでゲームの世界そのままだ。
「初めて?」
「……ええ」
「じゃあ、新規登録ね。あっちのカウンターに行って」
セリアが指差したのは、左端のカウンター。「新規登録」と書かれた札が立っている。
律は近づいた。
受付にいたのは、三十代くらいの女性。赤毛で、目つきは鋭い。
「新規登録?」
「はい」
「名前は?」
「相川律」
女性はペンを取り、書類に名前を書き込んだ。
「年齢と出身地は?」
「二十七。東方から」
「職業は?」
「設計の仕事をしていました」
女性が顔を上げた。
「設計? 建築とか?」
「システム設計です」
「……システム?」
「まあ、似たようなものです」
女性は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
「戦闘経験は?」
「ありません」
女性は眉をひそめた。
「戦闘経験なしで冒険者?」
「……色々、事情がありまして」
「そう。まあいいわ。じゃあ、ステータス測定ね」
女性がカウンターの下から、透明な水晶球を取り出した。
村で見たものと同じ。
「手を置いて」
律は水晶に手を置いた。
冷たい感触。
そして――何も起こらなかった。
水晶は透明なまま。何の反応もない。
女性が首を傾げる。
「……あれ?」
「やっぱり、ですね」
「やっぱりって、あんた……」
女性は水晶を確認し、もう一度律に手を置かせた。
変わらない。
「ちょっと待って」
女性は奥に向かって声をかけた。
「マスター! ちょっと来てください!」
奥から、白髪の老人が現れた。長いローブ。杖を持っている。魔法使いらしい。
「どうした?」
「この人、ステータスが表示されないんです」
老人――ギルドマスターらしい――が律を見た。鋭い目。
「……もう一度やってみろ」
律は三度目の測定を受けた。
やはり、何も表示されない。
ギルドマスターが眉をひそめる。
「水晶は正常だ。他の者で試してみろ」
受付の女性が、近くにいた冒険者を呼んだ。若い男が手を置くと、すぐに文字が浮かび上がる。
【名前:ガレス】
【レベル:8】
【HP:98/98】
【MP:23/23】
正常に動作している。
周囲がざわつき始めた。冒険者たちが集まってくる。
「何だ何だ?」
「ステータスが出ないって?」
「そんなことあるのか?」
ギルドマスターは律をじっと見た。
「お前……異界の者か?」
律は黙った。
「答えろ。お前は、この世界の住人ではないな?」
その瞬間、律の視界に文字が浮かんだ。
『検知:魔法探査』
『対象:Self』
『防御:自動実行』
ギルドマスターが何か魔法を使った。
だが、律には効いていない。自動で防御された。
ギルドマスターの目が見開かれた。
「……魔法が、弾かれた?」
周囲がさらにざわつく。
「魔法が効かないって、どういうことだ?」
「抵抗値が異常なのか?」
「いや、レベルが低いはずなのに?」
律は冷静に状況を分析した。
ステータスが表示されない。
魔法が効かない。
この二つは、同じ原因だ。
俺は、このシステムに登録されていない。
だから、ステータスというデータベースにアクセスできない。
だから、魔法というAPIの対象にもならない。
「……仕様的に言うと」
律は呟いた。
「俺、このシステムの管理外なんです」
ギルドマスターが目を細める。
「システム? 何を言っている?」
「この世界の仕組みのことです」
律は水晶を見た。
「これ、端末ですよね。データベースにアクセスして、登録情報を表示する」
「……何?」
「魔法も同じ。世界のシステムに接続して、機能を実行する」
ギルドマスターは黙って律を見ている。
「だが、俺はそのシステムに登録されていない。だから、アクセスできない。魔法の対象にもならない」
沈黙。
周囲の冒険者たちは、意味が分からないという顔をしている。
だが、ギルドマスターだけは違った。
彼の目に、理解の色が浮かんだ。
「……来い」
そう言って、彼は奥の部屋へ向かった。
律は従った。セリアも後ろからついてくる。
部屋は狭かった。本棚、机、椅子。壁には古い地図が貼られている。
ギルドマスターは机の引き出しから、古い羊皮紙を取り出した。
「これを読め」
羊皮紙には、見慣れない文字が書かれていた。
だが――
律には、読めた。
文字が、自動的に意味に変換される。まるで翻訳ソフトが脳内で動いているかのように。
『世界制御層:接続確認』
『管理権限:未検証』
『対象識別:不明』
「……読めます」
「何と書いてある?」
律は羊皮紙の内容を伝えた。
ギルドマスターは深く息を吐いた。
「やはりな」
「これは、何なんですか?」
「古代装置の記録だ。この世界の、裏側の記録」
律の心臓が跳ねた。
「裏側……」
「お前が言った通りだ。この世界は、システムで動いている」
ギルドマスターは椅子に座った。
「私の名はエドガー。三十年前、ダンジョンの最深部で古代装置を見た。そこで理解した」
エドガーは律を見た。
「お前は、何だ?」
「……わかりません」
「嘘をつくな」
「本当にわからないんです。ただ、俺にはシステムログが見える。世界の仕様が見える」
律は視界の端の文字を意識した。
『同期開始まで:残り 27日』
「そして、27日後に何かが起こる」
エドガーが立ち上がった。
「27日……」
「何か、知っていますか?」
「……いや」
だが、彼の顔には不安の色があった。
「だが、一つだけ言える」
「何ですか?」
「お前は、危険だ」
律は黙った。
「システムの外にいる存在。管理されていない変数。そういうものは、通常――」
エドガーは言葉を選んだ。
「削除される」
背筋が冷えた。
削除。
『Admin-Less』
管理者なき例外。
つまり、システムにとってのエラー。
バグ。
不正データ。
「……削除、ですか」
「可能性だ。だが、お前のその状態は異常だ。システムがそれを放置するとは思えない」
律は拳を握った。
27日後。
同期が始まる。
その時、何が起こる?
削除処理が始まるのか?
「……なら、止めないと」
「止める? どうやって?」
「わかりません。でも、このまま何もしないわけにはいかない」
律は立ち上がった。
「エドガーさん。俺に、情報をください」
「情報?」
「この世界のシステムに関する情報。古代装置の場所。管理層へのアクセス方法」
エドガーは黙って律を見た。
長い沈黙の後、彼は頷いた。
「……わかった。だが、お前は正式な冒険者ではない」
「登録できないんでしょう」
「そうだ。だが――」
エドガーは机から、一枚の金属プレートを取り出した。
「これは特別身分証だ。ギルドマスターの裁量で発行できる」
「それで、活動できますか?」
「依頼は受けられない。だが、ダンジョンには入れる。情報にもアクセスできる」
律はプレートを受け取った。
冷たい金属。刻印された文字。
【特別身分証:相川律】
【発行者:ギルドマスター・エドガー】
「ありがとうございます」
「礼はいい。その代わり――」
エドガーは真剣な目で言った。
「生き延びろ。そして、真実を見つけろ」
律は頷いた。
部屋を出ると、セリアが腕を組んで待っていた。
「……聞いてたわよ」
「全部?」
「全部」
セリアは呆れたような顔をした。
「あんた、本当に何者なのよ」
「……ただの、エラーです」
「エラー?」
「システムのバグ。削除対象」
セリアは黙った。
そして、小さく笑った。
「面白いじゃない」
「え?」
「削除されるなら、削除される前に全部ひっくり返せばいい」
律は目を見開いた。
セリアは肩をすくめた。
「私、翻訳者でしょ。古代語読めるし、システムの話も多少は理解できる」
「……協力してくれるんですか?」
「あんたが死んだら面白くないもの」
セリアは笑った。
「行きましょ。27日しかないんでしょ?」
律は頷いた。
二人はギルドを出た。
空は青い。風が吹いている。
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 27日』
削除まで、27日。
律は呟いた。
「今のままだと、破綻する」
だから。
仕様を、変える。
システムを、読む。
世界の裏側を、暴く。
そして――生き延びる。




