第23話:最初の衝突
森の奥から、人影が現れた。
いや、人ではない。
角。
尖った耳。
青白い肌。
魔族だ。
ガルムが剣に手をかける。
「待って」
律が止めた。
「敵じゃありません」
魔族が近づいてくる。
一人。
女性。
年齢は二十代に見える。長い銀髪。青い瞳。黒いローブ。
だが、その目には感情が薄い。
まるで、何かを観察するかのような、冷たい視線。
「……人類、ですね」
魔族が立ち止まった。
「私はエリシア・ルーン。魔族管理領域の代表者です」
律の視界に、情報が浮かんだ。
『対象:魔族』
『レベル:17』
『職業:外交官』
『状態:冷静、警戒(低)』
「相川律です。世界制御装置にアクセスした者です」
「ああ、あなたが」
エリシアは律を見た。
「通信を送ってきた、準管理者」
「はい」
「では、状況を説明してください」
その口調は、礼儀正しいが、感情がない。
まるで業務報告を求めているかのような。
「システム負荷が88%に達しています」
「確認しました」
「魔力濃度も上昇し、人体への影響が出始めています」
「それも確認済みです」
エリシアは腕を組んだ。
「原因は、人類の魔法過剰使用ですね」
「……はい」
「予測通りです」
エリシアは淡々と言った。
「15年前、我々が人類との接触を停止した時点で、この結果は計算されていました」
律は息を止めた。
「計算?」
「ええ。人類の拡張速度、魔法使用量の増加率、システム負荷の上昇。すべて予測範囲内です」
エリシアは感情のない目で律を見た。
「あと推定で18ヶ月後、システムは臨界点に達します」
「18ヶ月……」
「その時、世界は崩壊します」
セリアが口を開いた。
「わかってたなら、なんで止めなかったの!」
「止める必要がありませんでした」
エリシアは首を傾げた。
「我々の役割は、世界の保守管理です。人類の救済ではありません」
「は?」
「人類が滅びても、世界は残ります。新しい文明が生まれます。問題ありません」
セリアが怒りを露わにした。
「ふざけないで! 人が死ぬのよ!」
「そうですね。約12万人が死にます」
エリシアは平然と答えた。
「ただし、一部は生き残るでしょう。辺境の村、地下都市、孤立した集落。人類が完全に滅ぶわけではありません」
「それで、納得しろって言うの!?」
「納得は不要です。これは事実です」
ガルムが剣を抜きかけた。
「この女……」
だが、律が止めた。
「待ってください」
律はエリシアを見た。
「あなたは、なぜここに来たんですか?」
「あなたが呼んだからです」
「それだけ?」
「いいえ」
エリシアは律を真剣に見た。
「あなたが、準管理者権限を取得したからです」
「……権限?」
「ええ。準管理者は、通常の人類では取得できません」
エリシアは一歩近づいた。
「あなたは、世界制御試験に合格した。人類と世界の共存を選択した」
「そうです」
「それは、我々にとって予測外でした」
エリシアの目に、わずかに興味の色が浮かんだ。
「人類は通常、自己中心的です。世界より自分を優先します」
「……」
「だが、あなたは違った」
エリシアは律の目を見た。
「あなたは、変数です」
「変数?」
「計算に含まれていなかった要素。予測不能な存在」
エリシアは小さく笑った。
「だから、私は来ました。あなたを観察するために」
律は考えた。
魔族は、感情がない。
合理的で、冷徹。
だが、だからこそ――
「エリシアさん」
律は真剣な顔で言った。
「協力してください」
「協力?」
「世界を救うために」
エリシアは首を傾げた。
「なぜ、救う必要があるんですか?」
「人が死ぬからです」
「それは、自然淘汰です」
「違います」
律は強く言った。
「これは、システムの設計ミスです」
エリシアの目が、わずかに見開かれた。
「設計ミス?」
「人類が魔法を過剰使用するのは、制限がないからです」
律は続けた。
「魔法は無料で使えます。コストが見えません。だから、みんな使いすぎる」
「……」
「これは、システムの設計が悪いんです」
律はエリシアを見た。
「人類を滅ぼすより、システムを修正すべきです」
エリシアは黙った。
長い沈黙の後。
「……興味深いですね」
エリシアは律を見た。
「あなたは、人類を責めない。システムを責める」
「そうです」
「なぜ?」
「システムが悪ければ、人はミスをします」
律は真剣な顔で言った。
「だから、システムを直す。それが設計者の仕事です」
エリシアは考え込んだ。
「……なるほど」
そして、小さく頷いた。
「計算してみます」
「計算?」
「システム修正の可能性。成功率。コスト。すべて」
エリシアは律を見た。
「結果次第では、協力します」
その時。
森の向こうから、馬の蹄の音が聞こえた。
「来たわね……」
セリアが呟いた。
王国軍だ。
木々の間から、騎士たちが現れた。
十数人。
全員、剣と槍を持っている。
先頭に立っているのは――
「相川律!」
怒りに満ちた声。
中年の騎士。鎧に王国の紋章。
「逃亡の罪、魔族との密通の罪。お前を拘束する!」
騎士たちが包囲する。
エリシアを見て、嫌悪の表情を浮かべる。
「魔族……!」
「殺せ!」
騎士たちが剣を構える。
「待って!」
律が叫んだ。
「戦わないでください!」
「黙れ、裏切り者!」
騎士が槍を振り上げた。
エリシアに向かって。
「危ない!」
律が前に出た。
槍が、律の肩を掠める。
血が飛ぶ。
「律!」
セリアが叫んだ。
エリシアは、律を見た。
「……なぜ?」
「あなたを、殺させたくないからです」
律は肩を押さえた。
「あなたは、敵じゃない」
エリシアの目に、初めて感情が浮かんだ。
驚き。
「あなたは、私を守った?」
「当然です」
律は騎士たちを見た。
「この人は、世界を救うために来たんです!」
「嘘をつくな!」
「本当です! 話を聞いてください!」
だが、騎士たちは聞く耳を持たない。
「魔族は敵だ! 殺せ!」
再び、攻撃が来る。
ガルムが盾で防ぐ。
セリアが風魔法で押し返す。
だが、数が多い。
「……計算完了」
エリシアが呟いた。
「この状況、戦闘は不可避」
エリシアは手を上げた。
「ですが、あなたの行動は興味深い」
エリシアの周囲に、魔力が集まる。
強大な魔力。
「だから、協力します」
瞬間、エリシアが魔法を放った。
闇の壁が、騎士たちを包み込む。
「何だ、これは!」
「前が見えない!」
騎士たちが混乱する。
「今です。逃げましょう」
エリシアが言った。
「この魔法は5分しか持ちません」
四人は走り出した。
森の奥へ。
騎士たちの声が、遠ざかる。
走りながら、エリシアが言った。
「相川律」
「何ですか?」
「あなたは、興味深い」
エリシアは前を向いたまま言った。
「人類を理解するために、あなたを観察します」
「……観察?」
「ええ。あなたの行動、思考、感情。すべてを」
エリシアは律を見た。
「それが、私の新しい任務です」
律は何も言えなかった。
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 21日』
21日。
そして、魔族との協力が、始まった。
だが、王国は敵になった。
「……状況が、複雑になってきたわね」
セリアが呟いた。
「ええ」
律は走りながら、考えた。
王国と敵対。
魔族と協力。
世界の崩壊まで18ヶ月。
俺の削除まで21日。
すべてが、交錯している。
「……どうすればいい」
答えは、まだ見えない。




