第22話:セリアの恐れ
地下牢は、暗く、冷たかった。
石造りの壁。鉄格子。天井から滴る水音。
三人は同じ牢に入れられた。
広さは四メートル四方ほど。わらのベッドが三つ。
「……最悪ね」
セリアが壁に寄りかかった。
「すみません」
律が頭を下げた。
「俺のせいで――」
「謝らなくていいわよ」
セリアは疲れた顔をしていた。
「あんたが悪いんじゃない。王国が頭固いだけ」
ガルムが鉄格子を確認している。
「……頑丈だな。魔法で補強されてる」
「壊せない?」
「無理だ。力ずくじゃ開かない」
律は視界のログを見た。
『拘束状態:検知』
『脱出難易度:極高』
『同期開始まで:残り 22日』
22日。
そして、魔族が来るまで3日。
「……間に合わない」
「何が?」
「魔族が来る前に、出られない」
セリアが言った。
「リーネに頼めないかしら」
「無理でしょうね。王の命令ですから」
「じゃあ、どうするのよ」
律は考えた。
だが、答えが出ない。
牢から出る方法。
王を説得する方法。
魔族との会談を実現する方法。
すべてが、行き詰まっている。
「……ごめんなさい」
律は二人を見た。
「俺が、勝手なことをしたから」
「だから、謝らなくていいって」
セリアは立ち上がった。
「あんたは、正しいことをした」
「でも――」
「でもじゃない」
セリアは律の前に立った。
「世界を救うために、魔族と接触した。間違ってない」
「でも、結果は――」
「結果なんて、まだわからないでしょ」
セリアの目は、真剣だった。
「あんた、すぐ諦めるのね」
「……そんなつもりは」
「あるわよ」
セリアは律の胸を突いた。
「あんた、自分を責めすぎ。うまくいかなかったら、すぐに自分のせいにする」
「だって、実際――」
「実際、何?」
セリアの声が、少し震えた。
「あんたがいなかったら、私たちはここまで来られなかった」
「……」
「情報掲示板も、ダンジョン攻略も、古代装置へのアクセスも。全部、あんたがいたから」
セリアは拳を握った。
「なのに、あんたは自分を軽く見すぎてる」
律は黙った。
「あんたがいなくなったら――」
セリアは言葉を切った。
そして、小さく息を吐いた。
「私、困るのよ」
「……セリア」
「だって、あんたがいないと」
セリアは律の目を見た。
「世界の真実、誰が教えてくれるの?」
律は答えられなかった。
「私は、ずっと疑問だった。この世界の矛盾。神殿の嘘。文明の消失」
セリアは壁に寄りかかった。
「でも、誰も答えてくれなかった。資料を読んでも、学者に聞いても、何もわからなかった」
「……」
「そこに、あんたが現れた」
セリアは小さく笑った。
「ステータスが測定できない、変な男。でも、世界の仕組みが見える男」
セリアは律を見た。
「あんたは、私が探してた答えを持ってる」
「でも、俺もまだ全部はわかってません」
「わかってる」
セリアは頷いた。
「だから、一緒に探してるんでしょ。私たち」
律は黙った。
セリアは続けた。
「あんたが削除されたら、私は一人になる」
セリアの声が、わずかに震えた。
「また、誰も答えてくれない世界に戻る」
「……」
「それが、怖いのよ」
セリアは目を閉じた。
「あんたがいなくなるのが、怖い」
沈黙。
律は初めて、セリアの本音を聞いた。
強がりで、口が悪くて、いつも前を向いている彼女。
だが、その内側には、恐れがあった。
律がいなくなることへの、恐れ。
「……すみません」
律は呟いた。
「気づいてませんでした」
「気づかなくていいわよ」
セリアは目を開けた。
「ただ、忘れないで」
「何をですか?」
「あんたは、一人じゃない」
セリアは律の肩に手を置いた。
「私がいる。ガルムがいる。クロウもいる」
ガルムが頷いた。
「ああ。俺たちは、お前の仲間だ」
律は二人を見た。
仲間。
前の世界では、持てなかったもの。
「……ありがとうございます」
「だから、礼はいらないって」
セリアは笑った。
「その代わり、約束して」
「何をですか?」
「生き延びる。22日後も、その先も」
セリアは真剣な目で言った。
「あんたが削除されるなんて、認めないから」
律は頷いた。
「……約束します」
「よろしい」
その時。
牢の扉の向こうから、足音が聞こえた。
「誰か来る」
ガルムが警戒する。
扉が開いた。
現れたのは、リーネだった。
「……やっぱり、ここにいたのね」
「リーネ」
リーネは周囲を確認し、小声で言った。
「時間がない。聞いて」
「何ですか?」
「魔族が、予定より早く来た」
律は息を止めた。
「早く?」
「明日の朝、王都に到着する」
「3日後じゃなかったんですか?」
「急いで来たらしい。世界の異常を感知したって」
リーネは鉄格子に近づいた。
「王は、魔族を即座に殺すつもりよ」
「……やっぱり」
「でも、それじゃダメでしょ」
リーネの目が、真剣だった。
「魔族と協力しないと、世界は壊れる。あなたの話、私は信じてる」
「なら――」
「だから、あなたたちを逃がす」
リーネは鍵を取り出した。
「明朝、魔族が到着する前に、あなたたちが魔族と接触しなさい」
「でも、あなたは――」
「私のことは気にしないで」
リーネは鉄格子を開けた。
「王国より、世界が大事」
三人は牢を出た。
「武器と装備は、地下の倉庫に隠してある」
リーネが案内する。
「北門の警備は、私が手配した。そこから出られる」
「どこまで計画を?」
「昨日から」
リーネは振り返った。
「あなたが魔族と通信したって聞いた時から、こうなると思ってた」
リーネは微笑んだ。
「だから、準備しておいた」
「……なんで、そこまで」
「計算上は、あなたが正しいから」
リーネは前を向いた。
「世界を救うには、感情より論理よ」
倉庫で装備を回収し、三人は北門へ向かった。
リーネの言った通り、警備は手薄だった。
「ここから、森へ出られる」
「ありがとうございます」
「礼はいいわ」
リーネは律を見た。
「魔族との会談、成功させなさい」
「はい」
「それと――」
リーネは真剣な顔で言った。
「生き延びなさい。世界は、あなたを必要としてる」
律は頷いた。
三人は北門を出た。
夜の森。
月明かりだけが頼り。
「どこに行くの?」
「王都の北、森の中で魔族を待ちます」
「見つけられる?」
「多分。古代装置から、俺の位置情報を送信してあります」
三人は森の中を進んだ。
歩きながら、セリアが言った。
「律」
「何ですか?」
「さっきの、覚えてる?」
「……約束、ですか」
「そう」
セリアは前を向いたまま言った。
「忘れないでよ」
「忘れません」
律は視界の端の文字を見た。
『同期開始まで:残り 22日』
22日。
だが、今はそれより、目の前のことに集中する。
魔族との会談。
世界を救う方法。
そして――
生き延びること。
セリアとの約束を、守ること。
「……もうすぐ、夜明けね」
東の空が、わずかに明るくなり始めていた。
そして、森の奥から。
何かの気配がした。
「来た……」
律は立ち止まった。
魔族が、来る。




