第21話:魔族の噂
ダンジョンの七階、古代装置の前。
律は透明な水晶柱に手を触れた。
冷たい。
そして、情報が流れ込んでくる。
視界に、大量のログが浮かんだ。
『世界制御装置:アクセス中』
『システム負荷:88%』
『警告:複数の異常検知』
「……見えますか?」
セリアが聞いた。
「ええ」
律は情報を読み続けた。
魔力分配システム。
環境制御プログラム。
生命管理データベース。
すべてが、限界に近づいている。
「負荷の原因は……」
律は深く読み込んだ。
『負荷要因分析:』
『- ダンジョン維持:35%』
『- 魔法実行:28%』
『- モンスター生成:22%』
『- 環境制御:10%』
『- その他:5%』
ダンジョンと魔法で、6割以上。
「やっぱり、魔法とダンジョンが負荷の大部分を占めてます」
「減らせるの?」
「……難しいです」
律は別のログを見た。
『ダンジョン制御:委任先 = 魔族管理領域』
魔族管理領域。
「……魔族?」
「何?」
「ダンジョンの制御が、魔族に委任されてる」
セリアが目を見開いた。
「魔族が、ダンジョンを管理してるってこと?」
「そう読めます」
律はさらに深く読み込んだ。
『魔族文明:役割 = 世界保守管理』
『目的:人類文明の暴走防止、システム負荷調整』
『状態:自律運用中』
自律運用。
つまり、魔族は自分たちの意思で動いている。
「魔族って、敵じゃないんですか?」
ガルムが聞いた。
「敵……ではないかもしれません」
「どういうことだ?」
「魔族は、世界を守るために存在してる」
律は水晶柱から手を離した。
「人類が魔法を使いすぎると、システムに負荷がかかる。だから、魔族が人類を抑制する」
「抑制?」
「戦争です」
セリアが息を呑んだ。
「人類と魔族の戦争って……」
「システムの調整機能だったんです」
律は視界のログを見た。
『人魔戦争:機能 = 人類拡張制御アルゴリズム』
『頻度:約50年周期』
『目的:人類の魔法使用量削減、領土拡大抑制』
50年周期。
人類が増えすぎると、魔族が戦争を起こす。
人口を減らし、魔法使用量を減らす。
「……ひどいわね」
セリアが呟いた。
「人間を、調整してるなんて」
「でも、それで世界が保たれてたんです」
律は拳を握った。
「バランスが取れてた。人類と魔族、両方が存在することで」
「じゃあ、今は?」
「バランスが崩れてます」
律は別のログを指差した。
『警告:魔族領域との通信異常』
『最終接続:15年前』
『状態:応答なし』
15年前。
魔族との通信が途絶えている。
「魔族が、応答してない」
「なんで?」
「わかりません。でも、これが原因かもしれません」
律は考えた。
魔族がいなくなった。
だから、人類の拡張を抑制できなくなった。
人口が増え、魔法使用量が増え、システム負荷が上がった。
律は呟いた。
「魔族がいないから、世界が壊れてる」
沈黙。
ガルムが言った。
「じゃあ、魔族を探すのか?」
「はい」
「どこにいる?」
「……わかりません。でも」
律は水晶柱を見た。
「この装置に、情報があるかもしれません」
律は再び水晶柱に触れた。
『魔族領域:最終座標記録』
『位置:北方大陸、凍結山脈』
北方大陸。
「北の大陸に、魔族の領域があります」
「遠いわね」
「王都から、馬で二週間以上です」
律は視界の端を見た。
『同期開始まで:残り 22日』
22日。
時間が、足りない。
「……行けません」
「え?」
「時間が足りないんです。魔族を探してる間に、俺は削除される」
セリアが律の肩を掴んだ。
「じゃあ、どうするのよ」
「……わかりません」
律は頭を抱えた。
選択肢が、ない。
魔族を探す時間はない。
だが、魔族がいないと世界は壊れる。
そして、俺も削除される。
「……待って」
律は何かに気づいた。
「魔族が応答しないなら、こっちから呼び出せばいい」
「呼び出す?」
「この装置を使って、魔族領域に通信を送る」
律は水晶柱の制御インターフェースを探した。
視界に、メニューが浮かぶ。
『通信機能:利用可能』
『対象選択:魔族管理領域』
「……できる」
律は通信を起動しようとした。
だが――
『警告:権限不足』
『管理者権限が必要です』
権限不足。
『Admin-Less』
俺には、権限がない。
「……ダメだ」
「何が?」
「権限がないんです。通信を送れない」
セリアが言った。
「じゃあ、権限を取得すればいいじゃない」
「どうやって?」
「わからないけど、この装置に方法があるんじゃない?」
律は再び水晶柱を調べた。
『管理者権限取得:条件』
『- 世界制御試験に合格すること』
世界制御試験。
「……試験があるみたいです」
「試験?」
「世界制御の試験。これに合格すれば、権限が得られる」
ガルムが言った。
「どんな試験だ?」
「……わかりません。でも」
律は試験の詳細を読んだ。
『世界制御試験:内容』
『シミュレーション空間で、世界の危機を解決すること』
『制限時間:なし』
『失敗時のペナルティ:なし』
ペナルティなし。
なら、試す価値はある。
「やってみます」
「大丈夫?」
「わかりません。でも、他に方法がありません」
律は試験を起動した。
『世界制御試験:開始』
瞬間、視界が真っ白になった。
意識が、別の場所へ飛ばされる。
気づくと、律は別の空間にいた。
白い空間。
何もない。
ただ、目の前に文字が浮かんでいる。
『試験問題:以下の状況を解決せよ』
『状況:人類が魔法を過剰使用している』
『結果:システム負荷が限界に達している』
『選択肢:』
『A: 魔法使用を全面禁止する』
『B: 人口を強制的に削減する』
『C: 世界をリセットする』
『D: その他の解決策を提示する』
律は考えた。
A、B、Cは、すべて非人道的だ。
なら、Dしかない。
「D。その他の解決策」
『詳細を提示してください』
律は答えた。
「魔法使用の効率化。不要なダンジョンの停止。魔族との協力体制の再構築」
『解答を評価中……』
長い沈黙。
やがて、文字が浮かんだ。
『評価:合格』
『理由:人類と世界の共存を選択した』
視界が元に戻った。
律は、再び古代装置の前にいた。
「……戻った」
「大丈夫?」
セリアが心配そうに見ている。
「はい」
律は水晶柱を見た。
新しいログが浮かんでいた。
『管理者権限:付与』
『アクセスレベル:準管理者』
権限を得た。
「……できました」
律は通信機能を起動した。
『通信先:魔族管理領域』
『送信中……』
数秒後。
『応答あり』
律は息を止めた。
視界に、文字が浮かぶ。
『こちら、魔族管理領域』
『15年ぶりの通信、確認しました』
『状況を報告してください』
魔族が、応答した。
律は急いで状況を送信した。
システム負荷88%。
世界崩壊の危機。
人類との協力が必要。
しばらく待つと、返信が来た。
『了解しました』
『代表者を派遣します』
『到着予定:3日後』
3日後。
律は視界の端を見た。
『同期開始まで:残り 22日』
間に合う。
「……魔族が、来ます」
「本当に?」
「ええ。3日後に」
セリアが安堵の表情を浮かべた。
「よかった……」
ガルムが言った。
「でも、王国は納得するか?」
「……しないでしょうね」
律は考えた。
王国は、魔族を敵と見なしている。
協力なんて、受け入れない。
「でも、説得するしかありません」
三人はダンジョンを出た。
空は明るくなり始めていた。
朝だ。
「王城に戻りましょう」
「追手、来てないかしら」
「多分、もう気づいてます」
案の定、街道には王国の騎士たちが待ち構えていた。
「そこまでだ!」
騎士たちが剣を抜く。
「逃亡の罪で、拘束する!」
律は両手を上げた。
「抵抗しません」
三人は、拘束された。
王城へ連れ戻される。
謁見の間で、王が待っていた。
怒りに満ちた顔。
「……裏切り者め」
王の声は、低く、重かった。
「言い訳は聞かん。牢に入れろ」
騎士たちが律たちを連行しようとした。
だが、律は叫んだ。
「待ってください! 魔族と接触しました!」
王が動きを止めた。
「……何?」
「魔族と通信しました。3日後、代表者が来ます」
王の顔が、歪んだ。
「魔族だと……?」
「世界を救うには、魔族の協力が必要なんです」
「貴様……何を勝手に」
王は拳を震わせた。
「魔族は敵だ。協力など、ありえん」
「でも――」
「黙れ!」
王は立ち上がった。
「貴様は、王国を裏切った。牢に入れろ。魔族が来たら、即座に殺せ」
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 22日』
そして、魔族到着まで、3日。
律は呟いた。
「交渉失敗だ」
三人は、地下牢へ連れて行かれた。




