第2話:魔法は祈りじゃなくて操作だった
神殿を出たのは、日が傾き始めた頃だった。
村長の家に連れて行かれ、色々と聞かれた。名前、出身、来た経緯。正直に答えたわけじゃない。記憶がない、気づいたら森にいた、それだけを繰り返した。
嘘じゃない。ただ、全部は言わなかった。
車に轢かれたこと。前の世界のこと。システムの文字が見えること。
特に最後のは、絶対に言えない。
「まあ、とりあえず今晩はうちに泊まりなさい」
村長は困惑しながらも親切だった。六十代くらいの、背の低い男。頭は薄く、目は優しい。
「明日、街のギルドに行ってもらう。君みたいなケースは初めてでね」
ギルド。やっぱりあるのか。
案内された部屋は狭かった。ベッドと机と椅子だけ。窓からは村の中心が見える。人々が行き交い、煙突から煙が上がっている。
律はベッドに腰を掛け、視界の端に浮かぶ文字を見つめた。
『同期開始まで:残り 29日』
29日。約一ヶ月。
何が同期されるのか。誰と同期されるのか。同期されたら、何が起こるのか。
答えはない。ただログだけが、冷たく時間をカウントしている。
窓の外から、子供の声が聞こえた。
「見せて見せて!」
「待って、まだ下手だから」
少女の声。十歳くらいだろうか。
律は窓際に立ち、外を覗いた。
広場に、数人の子供が集まっている。中心にいるのは、茶色い髪の少女。彼女が両手を前に出し、何かを呟いた。
その瞬間。
少女の手のひらから、小さな炎が生まれた。
「わあ!」
子供たちが歓声を上げる。炎は手のひらの上で揺れ、数秒後にふっと消えた。
魔法だ。
律は息を止めた。
本物の、魔法。
少女は笑いながら、また同じ動作を繰り返した。両手を前に出し、口を動かす。
だが。
律には、それ以外のものが見えた。
少女が詠唱を始めた瞬間、彼女の周囲に薄い光の線が走った。幾何学的な模様。円。記号。六角形。
まるで、回路図みたいな。
そして、少女の口元から発せられる音に合わせて、模様が変化する。
一つの音が、一つの記号に対応している。
記号が揃うと、回路が完成する。
完成した瞬間、エネルギーが収束し、手のひらに炎が生まれる。
「……嘘だろ」
律は呟いた。
魔法は、祈りじゃない。
あれは、入力だ。
音声入力。コマンド実行。出力結果。
詠唱は呪文じゃない。構文だ。パラメータ指定。条件分岐。
魔法は――システムだ。
律の視界に、また文字が浮かんだ。
『魔法実行検知』
『プロセス:Fire_Small』
『消費リソース:0.3MP』
心臓が跳ねる。
見えてる。ログが見えてる。
魔法のプロセス名。消費量。すべてが数値化され、記録されている。
律は窓を開け、広場へ降りた。
子供たちがこちらを見る。少女も、不思議そうに首を傾げた。
「……もう一回やってくれないか」
律がそう言うと、少女は嬉しそうに頷いた。
「うん!」
再び、詠唱。
律は集中した。
少女の口の動き。浮かぶ記号。回路の形成過程。
『魔法実行検知』
『プロセス:Fire_Small』
『構文解析:完了』
『パラメータ:[強度:2][持続:3][範囲:1]』
パラメータ。
詠唱の中に、数値が埋め込まれている。
強度2。持続3。範囲1。
それが音声で指定され、システムが解釈し、実行される。
「すごいだろ?」
少女が誇らしげに笑う。
「ああ、すごい」
律は本心で答えた。
すごい。あまりにも精巧すぎる。
魔法という名の、完璧なAPI。
ユーザーインターフェースとして、詠唱。
バックエンドで動く、世界システム。
「お兄ちゃんも魔法使える?」
「……いや、使えない」
そう答えながら、律は考えた。
使えないんじゃない。
権限がないんだ。
『ステータス参照要求:拒否』
『対象:Admin-Less』
俺はこの世界のシステムに登録されていない。
だから、魔法という名のAPIも使えない。
アクセス権限なし。
最悪だ。
「じゃあ、教えてあげようか?」
少女が無邪気に笑う。
律は苦笑した。
「……ありがとう。でも、多分無理だ」
夕暮れが近い。子供たちは家に帰り始めた。
律は広場に一人残り、空を見上げた。
赤く染まる空。雲の形。風の流れ。
すべてが美しく、すべてが演算されている。
この世界は、誰かが作った。
神じゃない。
設計者だ。
そして、律は今。
その設計の一部を、見てしまっている。
視界の端で、文字が点滅した。
『同期開始まで:残り 29日』
29日後。
何が起こる?
俺に何が起こる?
答えはない。
でも一つだけ、わかったことがある。
「……この世界、成立してない」
律は呟いた。
魔法がシステムなら。
世界が演算されているなら。
そこには必ず、管理者がいる。
神ではなく、運用者。
だが、俺は見た。
『Admin-Less』
管理者なき例外。
つまり――
「この世界、管理者が不在なのか?」
それとも。
「管理者がいて、俺だけ外されたのか?」
どっちにしろ、ヤバい。
律は神殿の方を振り返った。
明日、街のギルドへ行く。
そこで何がわかるかはわからない。
でも、少なくとも一つ。
「仕様を、全部読んでやる」
システムエンジニアとして。
設計者として。
この世界の、裏側を。




