第19話:王国の隠蔽癖
翌朝、リーネが部屋に来た。
「報告会の時間です」
「わかりました」
三人は身支度を整え、リーネに従った。
廊下を歩く。
すれ違う貴族たちが、露骨に嫌な顔をする。
「気にしないでください」
リーネが小声で言った。
「彼らは、変化を嫌うんです」
報告会が行われるのは、大会議室だった。
扉を開けると、広い部屋。
長いテーブル。その周りに、二十人ほどの貴族や官僚が座っている。
奥の席には、一人の男。
五十代くらい。白髪。威厳のある顔。豪華な服。
「……あの方が?」
「ええ。アルディア王です」
律の視界に、情報が表示された。
『対象:アルディア王』
『レベル:???』
『職業:国王』
『状態:疲労、ストレス(高)』
疲労とストレス。
王は、何かに追い詰められている。
「入れ」
重い声。
三人はテーブルの前に立った。
周囲の貴族たちが、冷たい目で見ている。
「お前が、相川律か」
王が言った。
「はい」
「情報共有システムを提案した男」
「そうです」
王は律をじっと見た。
「リーネから報告を受けた。冒険者の死亡率が15%減少したと」
「はい」
「だが」
王の目が細くなった。
「お前は、ステータスが測定できないそうだな」
「……はい」
「なぜだ」
律は考えた。
本当のことを言うべきか。
だが、リーネの言葉を思い出す。
「この城の人間は、真実を嫌います」
「……わかりません」
「わからない?」
「測定不能の理由は、不明です」
王は黙った。
一人の貴族が口を開いた。
「陛下、こんな者を顧問にするのは危険です」
太った男。五十代。顔は赤い。
「正体不明の男を、王国に入れるなど」
「だが、実績がある」
別の貴族が反論した。
「冒険者の死亡率削減は、事実だ」
「それでも、危険です」
議論が始まった。
賛成派と反対派。
だが、律は違和感を覚えた。
議論の内容が、表面的すぎる。
本当の問題を、避けている。
「静まれ」
王が手を上げた。
「相川律。一つ聞く」
「はい」
「お前は、なぜ冒険者制度の改革を提案した?」
律は真剣な顔で答えた。
「人が死ぬのを、減らしたいからです」
「それだけか?」
「それだけです」
王は目を細めた。
「……わからん」
「何がですか?」
「お前の目的が」
王は腕を組んだ。
「平民が、なぜそこまで制度改革に執心する?」
「人の命が、大切だからです」
「命など、いくらでもある」
律は息を止めた。
王は淡々と言った。
「冒険者は消耗品だ。死んでも、また新しいのが来る」
周囲の貴族たちは、黙っている。
誰も、反論しない。
「ですが、死亡率を下げれば、長期的には――」
「長期?」
王が笑った。
「我々に、長期などない」
律は違和感を覚えた。
「……どういう意味ですか」
「何も」
王は話を打ち切った。
「まあいい。お前の制度は有用だ。他のギルドにも導入する」
「ありがとうございます」
「だが、条件がある」
王は律を見た。
「お前は、王城に住め」
「……王城に?」
「そうだ。監視下に置く」
周囲がざわついた。
「陛下、それは――」
リーネが口を開きかけた。
だが、王の一瞥で黙った。
「これは命令だ」
王は立ち上がった。
「相川律、セリア・ノルディス。お前たちは、王城に住む。それが、顧問の条件だ」
律は考えた。
監視下に置く。
つまり、自由を奪う。
「……断ったら?」
「契約は破棄だ。そして――」
王の目が冷たくなった。
「お前は、王国から追放される」
沈黙。
セリアが律の袖を引いた。
「律……」
律は考えた。
受け入れるか。
拒否するか。
だが、今断ったら、制度改革は止まる。
「……わかりました」
「律!」
セリアが反対した。
だが、律は王を見た。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「王国の資料に、自由にアクセスさせてください」
王が眉をひそめた。
「資料? 何の資料だ」
「世界の記録です。古代文明、ダンジョン、魔法の起源。すべて」
王は黙った。
一人の貴族が口を開いた。
「そんなもの、見せられるわけがない」
「なぜですか?」
「機密だからだ」
律は貴族を見た。
「機密? 何を隠しているんですか?」
貴族の顔が、わずかに引きつった。
「何も隠していない」
「では、見せてください」
「それは――」
王が手を上げた。
「よい」
「陛下!」
「見せてやれ」
王は律を見た。
「だが、見つけたことは口外するな」
「……何をですか?」
「お前が、何を見つけるかは知らん。だが、王国の秘密は守れ」
律は頷いた。
「わかりました」
王は再び座った。
「では、会議は終了だ。下がれ」
三人は部屋を出た。
廊下で、リーネが追いついてきた。
「……よく、承諾しましたね」
「他に選択肢がありませんでした」
「そうですね」
リーネは歩きながら言った。
「ただ、一つ忠告します」
「何ですか?」
「王国の資料庫には、見ないほうがいいものがあります」
リーネの声は、低かった。
「それを見たら、あなたは後悔するかもしれません」
「……何があるんですか?」
「それは、あなたが自分で見つけてください」
リーネは立ち止まった。
「私は、これ以上は言えません」
そう言って、リーネは去っていった。
三人は部屋に戻った。
セリアが怒っていた。
「あんた、何勝手に決めてるのよ」
「……すみません」
「謝らなくていいわよ。でも、相談くらいしなさい」
ガルムが言った。
「だが、あれは正解だ」
「ガルムまで」
「断ったら、俺たちは追放される。制度改革も止まる」
ガルムは窓の外を見た。
「律は、最善を選んだ」
セリアは黙った。
「……わかってるわよ。でも」
セリアは律を見た。
「あんた、また一人で背負ってる」
律は黙った。
セリアはため息をついた。
「いいわ。でも、次は相談してよね」
「……はい」
律は視界の端の文字を見た。
『同期開始まで:残り 23日』
そして、新しいログが浮かんだ。
『王国資料庫:アクセス権限取得』
『隠蔽情報:検知可能』
隠蔽情報。
王国は、何かを隠している。
その日の午後、律は資料庫へ向かった。
城の地下にある、古い部屋。
扉には鍵がかかっていたが、リーネが用意してくれた鍵で開いた。
中は薄暗かった。
松明に火を灯す。
棚が並んでいる。
古い書類、羊皮紙、石板。
律は一つずつ、調べ始めた。
古代文明の記録。
ダンジョンの調査報告。
魔法の研究資料。
だが、どれも不完全だった。
ページが破られている。
記述が消されている。
年代が飛んでいる。
「……意図的だ」
律は呟いた。
誰かが、情報を隠している。
そして、ある一冊の報告書を見つけた。
【王国機密文書:世界の真実について】
律はその報告書を開いた。
最初のページには、こう書かれていた。
『この世界は、周期的に崩壊している』
律は息を止めた。
『過去五回、文明は滅び、再生している』
『次の崩壊まで、推定三十年』
三十年。
律は次のページをめくった。
だが――
ページが破られていた。
残りのページも、すべて。
「……隠蔽だ」
律は拳を握った。
王国は知っている。
世界が崩壊することを。
だが、隠している。
なぜ?
「……民に知られたくないのか」
律は報告書を閉じた。
そして、視界の端に警告が浮かんだ。
『警告:システム負荷 87%』
『崩壊予測:30年以内』
30年。
報告書と同じ。
「……やっぱり」
律は呟いた。
「この世界、今のままだと破綻する」
そして、王国はそれを知っている。
知っていて、隠している。
律は資料庫を出た。
「王国の隠蔽癖、確定だ」
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 23日』
23日。
そして、世界崩壊まで、30年。
だが、俺はその前に削除される。
「……止めないと」
世界の崩壊を。
俺の削除を。
王国の隠蔽を。
すべてを。




