第16話:魔法供給の違和感
七階は、それまでとは完全に違っていた。
通路ではなく、巨大な空間。
天井は見えないほど高く、床は磨かれた石造り。まるで宮殿のような造り。
「……すごいわね」
セリアが呟いた。
律の視界にも、表示が出ていた。
『ダンジョン階層:7F』
『環境:古代遺跡・管理層入口』
『脅威レベル:極高』
『警告:魔力流動異常検知』
魔力流動異常。
「……魔力が、おかしい」
「何が?」
「流れが、乱れてる」
律は空間を観察した。
空気中に、薄く光る粒子のようなものが見える。
魔力の可視化。
だが、その流れが、不規則だった。
まるで、水道管の水圧が不安定なように。
時々強くなり、時々弱くなる。
「気をつけて。魔法が安定しないかもしれない」
「どういうこと?」
「魔力供給が不安定です」
その時。
空間の奥から、重い足音が響いた。
「来るぞ!」
ガルムが盾を構える。
影が現れた。
巨大な騎士。
全身が銀色の鎧に覆われている。高さは五メートル以上。手には巨大な槍。
「守護者……」
クロウが呟いた。
律の視界に、情報が表示される。
『敵:Guardian Knight(守護者)』
『レベル:25』
『HP:600/600』
『特性:高防御、範囲攻撃、再生能力』
『警告:単独での撃破は困難』
レベル25。
HP600。
今までで最強の敵。
「どうする?」
セリアが杖を構えた。
「……戦うしかない。逃げ道がない」
律は空間を見回した。
柱が何本か立っている。
壁際に、いくつかの出入口。
床は平坦。
「柱を使います。四階のストーンライオンと同じ戦術で」
「了解」
ガルムが前に出た。
守護者が槍を構える。
そして――
突進してきた。
速い。
巨体なのに、驚くほど速い。
「ガルム、柱の後ろ!」
ガルムが柱に隠れる。
守護者の槍が柱に激突。
石が砕ける。
「セリア、今!」
セリアが詠唱を始めた。
「風よ、刃となれ――」
だが。
魔法が、発動しなかった。
「……え?」
セリアが驚いた顔をする。
「魔法が、出ない」
律の視界に、警告が浮かんだ。
『魔法実行失敗』
『原因:魔力供給不足』
『システム:不安定』
魔力供給不足。
「もう一度!」
セリアが再び詠唱した。
今度は、魔法が発動した。
だが、威力が弱い。
風の刃が守護者を切り裂くが、浅い傷しかつかない。
『Guardian Knight HP:600 → 575』
ダメージが少ない。
「くっ、おかしい……」
セリアが焦っている。
守護者が再び攻撃してくる。
槍が横薙ぎに振るわれる。
「伏せろ!」
四人が地面に伏せる。
槍が頭上を通過する。
「クロウ、あんたは戦えるのか?」
「短剣ならね」
クロウが外套の下から短剣を取り出した。
「でも、あの鎧は硬い。短剣じゃ無理だ」
「なら、動きを止めて」
「了解」
クロウが走り出した。
守護者の足元に潜り込み、足首に短剣を突き刺す。
だが、刃が通らない。
「やっぱり無理だ!」
守護者が足を振り上げる。
クロウが吹き飛ばされた。
「クロウ!」
クロウは壁に叩きつけられたが、すぐに立ち上がった。
「大丈夫……骨は折れてない」
律は状況を分析した。
ガルムの攻撃:効果薄い
セリアの魔法:不安定で威力不足
クロウの攻撃:ダメージなし
このままでは、勝てない。
「……仕様を、変えないと」
律は守護者を観察した。
視界に流れるログ。
『Guardian Knight:行動パターン解析中』
『攻撃対象:最も近い敵』
『再生能力:毎秒+5HP』
再生能力。
ダメージを与えても、回復される。
なら――
一気に大ダメージを与えるしかない。
「セリア、魔法をもう一度試して」
「でも、さっき失敗したわよ」
「わかってます。でも、試してください」
セリアが詠唱を始めた。
律は、魔力の流れを観察した。
空中の光る粒子。
流れが、波のように変動している。
強い時と、弱い時がある。
「……待って」
律が言った。
「今じゃない」
セリアが詠唱を中断する。
律は魔力の流れを見続けた。
弱い。
弱い。
そして――
強くなった。
「今!」
セリアが再び詠唱。
「風よ、渦巻き、切り裂け――!」
今度は、魔法が強力に発動した。
巨大な風の刃が、守護者を切り裂く。
『Guardian Knight HP:575 → 480』
大ダメージ。
「……当たった!」
「もう一度! 今です!」
セリアが連続で詠唱。
二発目の風魔法。
『Guardian Knight HP:480 → 385』
さらにダメージ。
だが、魔力の流れが再び弱くなった。
「……ダメ、もう出ない」
守護者が咆哮。
槍を振り上げる。
「ガルム、防御!」
ガルムが盾を構える。
槍が叩きつけられる。
ガルムが吹き飛ばされた。
「くっ……!」
だが、ガルムは立ち上がった。
「問題ない」
律は魔力の流れを見続けた。
弱い。
弱い。
まだ、強くならない。
守護者が再び攻撃してくる。
「避けろ!」
四人が散開する。
槍が地面を砕く。
律は考えた。
魔力の流れは、波のように変動している。
周期がある。
約三十秒ごとに、強くなる。
なら、そのタイミングで攻撃すればいい。
「セリア、次のチャンスまで待って」
「何秒?」
「……二十秒」
守護者が追ってくる。
四人は柱を使って、回避を続けた。
十秒。
十五秒。
二十秒。
「……今!」
セリアが詠唱。
魔法が再び強力に発動。
『Guardian Knight HP:385 → 290』
さらにダメージ。
「もう一度!」
連続攻撃。
『Guardian Knight HP:290 → 195』
守護者が膝をつく。
「最後だ! ガルム!」
ガルムが剣を構えて走る。
守護者の首に、剣を叩き込む。
『Guardian Knight HP:195 → 0』
守護者が崩れ落ちた。
沈黙。
やがて、守護者の身体が光の粒子となって消えていった。
戦闘終了。
四人は息を整えた。
「……勝った」
「何とかね」
セリアが座り込んだ。
「でも、魔法が不安定だったわ」
「魔力供給が乱れてました」
「どういうこと?」
律は空中を見た。
魔力の流れは、まだ不安定だった。
「世界のシステムが、不安定なんです」
「システムが?」
「魔法は、世界から魔力を供給されて動く。でも、その供給が不安定になってる」
律は視界のログを見た。
『魔力流動:不安定』
『原因:システム負荷増大』
『警告:長期的な供給不安の可能性』
長期的な供給不安。
つまり――
「この世界、魔力が枯渇しつつあるのかもしれません」
セリアが顔を上げた。
「枯渇?」
「有限資源だとしたら、いつかは尽きる」
クロウが言った。
「それって、魔法が使えなくなるってこと?」
「可能性はあります」
ガルムが呟いた。
「……魔法が使えなくなったら、世界はどうなる?」
「わかりません。でも――」
律は奥の扉を見た。
「古代装置なら、答えがあるかもしれません」
四人は立ち上がった。
奥の扉へ向かう。
扉には、古代文字が刻まれていた。
『管理層入口』
『権限者のみ立ち入り可』
セリアが扉に触れた。
扉が、ゆっくりと開いた。
「……開いた」
「行きましょう」
四人は扉をくぐった。
その先には――
巨大な空間。
中央に、透明な水晶の柱が立っている。
柱の中には、光が流れている。
「これが……」
「古代装置です」
律は柱に近づいた。
視界に、大量の文字が浮かんだ。
『世界制御装置:検知』
『機能:魔力分配、環境制御、生命管理』
『状態:負荷85%』
『警告:臨界点接近』
負荷85%。
臨界点接近。
「……やっぱり」
律は呟いた。
「この世界、限界に近づいてる」
セリアが律の肩に手を置いた。
「詳しく、説明して」
律は頷いた。
「この装置が、世界の魔力を管理してる。でも、負荷が限界に近い」
「なぜ?」
「使いすぎてるんです。魔法も、モンスターも、ダンジョンも。すべてが魔力を消費してる」
律は柱を見た。
「そして、供給が追いついてない」
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 25日』
25日。
そして、世界は壊れつつある。
律は呟いた。
「この世界、今のままだと破綻する」




