第15話:日常という回復
七階への階段を降りる前に、クロウが止まった。
「待って」
「どうした?」
「疲れてるだろ。一旦休もう」
クロウは通路の脇にある小部屋を指差した。
「あそこ、安全地帯」
「安全地帯?」
「ダンジョンには、モンスターが入ってこない部屋がある。冒険者の休憩所」
ガルムが部屋を確認した。
「……本当だな。魔物の気配がない」
「冒険者の間では有名だよ。五階と六階の間にも一つあった」
律の視界にも、表示が出た。
『安全地帯:検知』
『モンスター侵入:不可』
『休息推奨』
「じゃあ、休みましょう」
セリアが鞄を下ろした。
四人は小部屋に入った。
部屋は狭い。三メートル四方ほど。だが、乾いていて、暖かい。
壁際には古いベンチ。天井には魔法の明かり。
「へえ、ちゃんと明かりがある」
「古代装置の一部だろうね」
クロウがベンチに座った。
「さて、飯にしようか」
「飯?」
「持ってきてないの?」
セリアが鞄から干し肉とパンを取り出した。
「これだけよ」
「少ないな。俺のも分けるよ」
クロウも食料を出した。
チーズ、ドライフルーツ、水筒。
「情報屋は、準備がいいのね」
「職業柄。いつ逃げることになるかわからないから」
四人で食料を分け合った。
硬いパン。塩辛い干し肉。だが、疲れた身体には染みる。
しばらく、無言で食べた。
やがて、ガルムが口を開いた。
「……久しぶりだな、こういうの」
「こういうの?」
「仲間と飯を食う」
ガルムは干し肉を噛みながら言った。
「前のパーティでも、よく休憩で飯を食った」
「……そう」
「みんな、うるさかった。いつも喧嘩してた。でも、楽しかった」
ガルムの目が、遠くを見ている。
「今は、いない」
沈黙。
セリアが水筒を渡した。
「飲みなさい」
「……すまない」
ガルムが水を飲む。
クロウが言った。
「俺も、昔は仲間がいた」
「情報屋にも?」
「ああ。師匠と、相棒」
クロウは天井を見た。
「師匠は、俺に情報の集め方を教えてくれた。相棒は、いつも一緒に仕事をした」
「今は?」
「死んだ」
クロウの声は淡々としていた。
「情報を売る相手を間違えた。報復された」
「……」
「俺だけ、生き残った」
クロウは笑った。
「だから、今は一人。誰も信じない」
セリアが言った。
「……辛いわね」
「まあね。でも、慣れる」
クロウはドライフルーツを口に放り込んだ。
「人は裏切る。でも、真実は裏切らない。だから、俺は真実だけを追う」
律は黙って聞いていた。
みんな、何かを失っている。
ガルムは仲間を。
クロウは師匠と相棒を。
そして――
「律」
セリアが声をかけた。
「あんたは?」
「……俺?」
「前の世界で、誰かいた? 家族とか、友達とか」
律は少し考えた。
「……いました」
「どんな人たち?」
「家族は、両親と妹。友達は、何人か」
「仲良かった?」
「まあ、普通に」
律は昔を思い出した。
仕事が忙しくて、あまり連絡を取っていなかった。
年に数回、会うくらい。
「……でも、もっと大切にすればよかったと思います」
「何で?」
「もう、会えないから」
セリアは黙った。
「……そっか」
律は視界の端の文字を見た。
『同期開始まで:残り 25日』
「俺が削除されたら、誰も俺を覚えてない」
「そんなことないわよ」
セリアが言った。
「私が覚えてる」
「……セリア」
「ガルムも、クロウも、覚えてる」
ガルムが頷いた。
「ああ。お前は、忘れられない」
クロウも笑った。
「俺も同意。君みたいな変な男、初めて会ったから」
律は少し笑った。
「……ありがとうございます」
「礼はいいわよ」
セリアはパンをちぎって、律に渡した。
「はい、食べなさい」
「もう十分食べましたけど」
「いいから」
律はパンを受け取った。
温かい。
「……美味しいですね」
「でしょ」
セリアは笑った。
四人は、しばらく無言で食べた。
だが、その沈黙は心地よかった。
緊張から解放される。
警戒を解く。
ただ、仲間と時間を共有する。
「なあ」
ガルムが口を開いた。
「お前ら、この先どうするつもりだ?」
「どうするって?」
「古代装置を見つけた後」
律は考えた。
「……わかりません」
「わからない?」
「削除を止める方法が見つかるかもしれない。見つからないかもしれない」
律は天井を見た。
「でも、少なくとも真実はわかる」
「それで?」
「それで……どうするかは、その時考えます」
ガルムは頷いた。
「そうか」
クロウが言った。
「ちなみに、俺は真実を知ったら離脱するよ」
「は?」
「だって、情報を手に入れたら終わりでしょ。俺の目的は達成」
セリアが呆れた顔をした。
「あんた、本当に自分勝手ね」
「情報屋だから」
クロウは笑った。
「でも、それまでは協力する。約束は守るよ」
ガルムが言った。
「俺は、最後まで付き合う」
「なんで?」
「お前たちに、恩がある」
ガルムは拳を握った。
「それに、お前たちは俺の仲間だ」
律は目を見開いた。
「……仲間、ですか」
「ああ。新しい仲間」
ガルムは律を見た。
「前の仲間は守れなかった。でも、今度は守る」
その目は、真剣だった。
セリアが笑った。
「じゃあ、私も最後まで付き合うわ」
「セリアも?」
「当然でしょ。私がいないと、あんた死ぬし」
セリアは律の頭を小突いた。
「それに、私もあんたの仲間だから」
律は胸が温かくなった。
仲間。
前の世界では、仕事仲間はいた。
でも、本当の意味での仲間は、いなかった。
「……ありがとうございます」
「だから、礼はいらないって」
セリアは笑った。
「さあ、もう少し休んだら出発ね」
「ああ」
四人は再び、しばらく休んだ。
ガルムは盾の手入れをしている。
セリアは魔法の復習をしている。
クロウは何かの地図を見ている。
律は、視界のログを眺めていた。
『同期開始まで:残り 25日』
25日。
短い。
だが、今はそれでいい。
今この瞬間が、ある。
仲間がいる。
笑顔がある。
律は呟いた。
「これが、日常か」
セリアが聞いた。
「何?」
「いえ。いい時間だなって」
セリアは笑った。
「そうね。たまには、こういう時間も必要よ」
十分後。
「じゃあ、行きましょうか」
四人は立ち上がった。
装備を整え、武器を手に取る。
「準備はいいか?」
「はい」
ガルムが扉を開けた。
再び、暗い通路。
冷たい空気。
緊張が戻ってくる。
だが、今度は違う。
一人じゃない。
仲間がいる。
「行くぞ」
四人は七階への階段を降り始めた。
守護者が、待っている。
古代装置が、待っている。
だが、恐れはない。
仲間がいるから。
視界の端に、文字が浮かぶ。
『パーティ連携:良好』
『士気:高』
律は小さく笑った。
「戦える」
四人は、暗闇の中を進んでいった。




