第14話:クロウ登場
六階への階段を降りると、通路の雰囲気が変わった。
壁に刻まれた文字が増えている。古代語。警告文。
「この先は、管理層に近いわね」
セリアが壁の文字を読んだ。
「何て書いてあるんですか?」
「『許可なき者の立ち入りを禁ず』『違反者は削除対象となる』」
律の背筋が冷えた。
削除対象。
『Admin-Less』
俺も、削除対象だ。
「……気をつけましょう」
三人は慎重に進んだ。
通路は薄暗い。松明の明かりだけが頼りだ。
その時。
足音が聞こえた。
「誰か来る!」
ガルムが盾を構える。
通路の先から、人影が現れた。
一人の男。
年齢は二十代後半。黒い外套。フードで顔を半分隠している。
細身。だが、動きは軽い。
武器は持っていない。
少なくとも、見える位置には。
「おっと」
男が立ち止まった。
「先客がいたか」
軽い口調。
だが、目は鋭い。
律の視界に、情報が浮かんだ。
『対象:ヒューマン』
『レベル:16』
『職業:???』
『警戒度:高』
職業が表示されない。
珍しい。
「あんた、誰?」
セリアが杖を構えた。
男は両手を上げた。
「敵意はないよ。ただの情報屋」
「情報屋?」
「そう。クロウって言う。よろしく」
クロウは軽く手を振った。
ガルムが警戒を解かない。
「情報屋が、こんなところで何を?」
「まあ、色々ね。情報を集めてる」
クロウは律を見た。
「ところで、君」
「……俺ですか?」
「そう。君、面白いね」
クロウの目が細くなった。
「ステータスが、見えない」
律は息を止めた。
「……どうして、それを」
「職業柄。人を見る目には自信がある」
クロウは一歩近づいた。
「君、登録されてないだろ? システムに」
セリアが杖を向けた。
「あんた、何が目的?」
「だから、情報収集だって」
クロウは肩をすくめた。
「最近、噂になってるんだよ。ステータスが測定できない謎の男がいるって」
「……噂?」
「ギルドで。君、エドガーのところに行っただろ?」
律は黙った。
クロウは笑った。
「バレてるよ。エドガーが特別身分証を発行したって話、すぐに広まった」
「……そうですか」
「で、君が南のダンジョンに向かったって情報も入った。だから、追ってきた」
ガルムが剣を抜いた。
「追跡してたのか」
「まあ、そうなるね」
クロウは全く動じていない。
「でも、敵意はないって。ただ、興味があるだけ」
「何に?」
「君たちが、何をしてるか」
クロウは通路の奥を見た。
「普通の冒険者は、こんな深層まで来ない。依頼もないのに、最深部を目指すなんて」
クロウは律を見た。
「何を探してるんだ?」
律は考えた。
この男、信用できるか?
情報屋。
つまり、情報を売る仕事。
なら、俺たちの情報も売られる可能性がある。
「……答える義務はありません」
「そりゃそうだ」
クロウは笑った。
「じゃあ、こうしよう。情報交換」
「情報交換?」
「俺が知ってることを教える。その代わり、君たちの目的を教えてくれ」
セリアが言った。
「断ったら?」
「別にいいよ。でも――」
クロウの表情が真剣になった。
「この先、危険だぞ。七階から先は、まともな冒険者でも死ぬ」
「知ってる」
「いや、知らないと思う」
クロウは声を低くした。
「七階には、守護者がいる」
「守護者?」
「古代装置を守るモンスター。レベル25以上。過去に三つのパーティが全滅してる」
律の心臓が跳ねた。
レベル25。
今までとは桁が違う。
「……なぜ、それを知ってるんですか」
「生き残りから聞いた。一人だけ、命からがら逃げてきた冒険者がいた」
クロウは腕を組んだ。
「その冒険者、今は廃人だ。古代装置を見て、頭がおかしくなった」
沈黙。
セリアが呟いた。
「……それ、本当?」
「嘘をついても得はない」
クロウは律を見た。
「で、どうする? 引き返すか?」
律は考えた。
引き返す?
いや、できない。
『同期開始まで:残り 25日』
時間がない。
「……進みます」
「へえ、面白い」
クロウは笑った。
「じゃあ、俺も同行させてもらうよ」
「え?」
「だって、面白そうじゃん。君たちが何を見つけるか」
セリアが警戒した。
「信用できないわ」
「そりゃそうだ。初対面だしね」
クロウは両手を広げた。
「でも、俺は戦える。情報も持ってる。邪魔にはならないよ」
ガルムが言った。
「……お前の目的は?」
「真実を知ること」
クロウの目が、鋭くなった。
「この世界の真実。古代装置の秘密。君たちが探してるもの」
「なぜ、そんなものを?」
「真実だけが、裏切らないから」
クロウの声は、静かだった。
「俺は、人も神も信じない。でも、真実は信じる」
律はクロウを見た。
この男、何かを抱えている。
過去に、何かあった。
「……条件があります」
「言ってみて」
「俺たちが見つけたものを、勝手に売らないこと」
「了解」
「嘘をつかないこと」
「わかった」
「裏切らないこと」
クロウは少しだけ笑った。
「それは保証できない」
「……は?」
「裏切るかどうかは、状況次第」
クロウは真剣な顔で言った。
「でも、少なくとも今は、君たちと目的が一致してる。だから、協力する」
律は考えた。
信用できない。
だが、情報は貴重だ。
「……わかりました」
「律!」
セリアが反対した。
「こいつ、信用できないわよ」
「わかってます。でも、この先の情報が必要です」
律はクロウを見た。
「ただし、一つでも嘘をついたら、即座に追い出します」
「冗談だろ? この深層で追い出されたら死ぬぞ」
「それはあなたの問題です」
クロウは目を見開いた。
そして、笑った。
「はは、いいね。君、面白いわ」
クロウは手を差し出した。
「改めて。クロウ。情報屋で、皮肉屋」
律はその手を握った。
「相川律。設計者で、エラー」
クロウが首を傾げた。
「エラー?」
「システムのバグです」
「……ますます、面白いな」
四人は通路を進み始めた。
ガルムが前。
セリアが中央。
律が後方。
クロウが最後尾。
歩きながら、クロウが言った。
「で、君たち。何を探してるんだ?」
律は少し考えた。
「この世界の真実」
「具体的には?」
「世界システムの仕組み。管理者の正体。そして――」
律は視界の端の文字を見た。
「俺が削除されない方法」
クロウが歩を止めた。
「……削除?」
「ええ」
「君、削除されるのか?」
「多分。25日後に」
クロウは黙った。
長い沈黙の後、彼は呟いた。
「……冗談だろ?」
「本気です」
クロウは律を見た。
その目には、驚きと、少しの恐れがあった。
「へえ……」
クロウは小さく笑った。
「本当に、面白い男だな」
四人は暗い通路を進んでいった。
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 25日』
そして、新しいログ。
『パーティ構成:更新』
『メンバー:相川律、セリア、ガルム、クロウ』
パーティが、増えた。
信用できない男。
だが、必要な男。
律は呟いた。
「これで、情報網が増えた」
クロウが振り返った。
「何か言った?」
「いえ、独り言です」
「そう」
クロウは笑った。
「君、変な癖あるよね。独り言」
「……よく言われます」
四人は、さらに深く。
七階へ。
古代装置が、近づいている。




