第13話:セリアが怒る理由
五階に降りた時、空気が変わった。
冷たい。湿っている。そして、何かが違う。
「……嫌な感じね」
セリアが呟いた。
律の視界にも、警告が浮かんでいた。
『ダンジョン階層:5F』
『脅威レベル:極高』
『警告:強力な敵性存在を検知』
通路は今までより狭い。天井も低い。
まるで、わざと人を閉じ込めるような構造。
「気をつけろ。何かいる」
ガルムが盾を構えた。
三人は慎重に進んだ。
曲がり角を曲がると――
広間に出た。
だが、すぐに異常に気づいた。
広間の四隅に、四体のモンスターがいた。
全身が黒い鎧に覆われた騎士。身長は二メートル以上。手には大剣。
「ブラックナイト……」
セリアが息を呑んだ。
律の視界に、情報が表示される。
『敵:Black Knight × 4』
『レベル:20』
『HP:350/350 (×4)』
『特性:高防御、高攻撃力、連携戦術』
『警告:単独撃破推奨』
レベル20。
しかも四体。
「……まずいな」
ガルムが呟いた。
「一体でも厳しい相手だ。四体同時は……」
「勝てない?」
「正面からは無理だ」
律は広間を観察した。
四隅に配置されたブラックナイト。
中央に何もない空間。
奥に、次の階層への扉。
つまり、この広間を抜けないと先に進めない。
「……引き返しますか?」
「それも選択肢だが……」
ガルムが扉を見た。
「古代装置は、最深部にあるんだろ?」
「ええ」
「なら、進むしかない」
律は再び広間を分析した。
ブラックナイトの配置。
動きのパターン。
連携の仕組み。
そして、気づいた。
四体は、互いに連携している。
一体が攻撃を受けると、他の三体も反応する。
つまり、一体でも攻撃したら、四体すべてが襲ってくる。
「……ダメだ。戦えない」
「じゃあ、どうする?」
律は考えた。
戦わずに突破する方法。
ブラックナイトの索敵範囲は?
反応条件は?
視界に、詳細なログが流れる。
『Black Knight:索敵範囲 = 半径10m』
『反応条件:侵入者が中央部に入った場合』
中央部。
つまり、広間の端を通れば、反応しない可能性がある。
「……試してみる価値はあります」
「何を?」
「壁沿いに進みます。中央を避けて」
セリアが首を傾げた。
「それで、反応しないの?」
「わかりません。でも、索敵範囲が限定されてる可能性があります」
ガルムが言った。
「危険だな」
「ええ。でも、他に方法がありません」
律は深く息を吸った。
「俺が先に行きます。反応したら、すぐに戻ってください」
「待って」
セリアが律の腕を掴んだ。
「あんたが行くの?」
「はい」
「なんで?」
「俺が一番、速く動けます。戦闘能力も低いから、囮になっても被害が少ない」
セリアの顔が険しくなった。
「……それ、本気で言ってる?」
「本気です」
「被害が少ないって、あんた死ぬ気?」
「死なないように動きます」
「保証は?」
「……ありません」
セリアは律の腕を強く掴んだ。
「ダメ」
「セリア――」
「ダメだって言ってるの」
セリアの声は低く、怒りを含んでいた。
「あんたさ……」
セリアは律を睨んだ。
「自分の命、軽く見すぎじゃない?」
「……そんなことは」
「ある」
セリアは律の胸を指で突いた。
「戦闘能力が低いから囮になっても被害が少ない? は? ちょっと待って」
セリアの声が大きくなった。
「あんたが死んだら、誰がこの世界の真実を見つけるのよ。誰が削除を止めるのよ。誰が――」
セリアは言葉を切った。
「誰が、私に真実を教えてくれるのよ」
律は黙った。
「あんた、自分が特別だって自覚してる?」
「……いえ」
「嘘つき」
セリアは律の目を見た。
「あんたは、この世界のシステムが見える唯一の存在。あんたが死んだら、誰も真実に辿り着けない」
「でも――」
「でもじゃない」
セリアは律の腕を離さなかった。
「あんた、計算してるでしょ。自分を変数に入れてないでしょ」
律は息を止めた。
「……その計算に、あんたは何回入ってるの?」
セリアの声は、静かだった。
だが、怒りと悲しみが混ざっていた。
律は答えられなかった。
「……入れてない」
「でしょうね」
セリアは深く息を吐いた。
「なら、却下。次の案、出しなさい」
「でも、他に――」
「あるでしょ。あんた、設計者でしょ。別の方法を考えなさい」
ガルムが口を開いた。
「……セリアの言う通りだ」
「ガルムまで」
「律。お前は指揮官だ。指揮官が死んだら、俺たちは動けない」
ガルムは真剣な顔で言った。
「お前が死ぬ前に、俺が死ぬ。それが盾役の仕事だ」
「そんな……」
「お前は、俺たちを守る。俺は、お前を守る。それでいい」
律は二人を見た。
セリアの怒った顔。
ガルムの真剣な顔。
「……すみません」
律は頭を下げた。
「俺、間違ってました」
セリアの表情が、わずかに和らいだ。
「わかればいいわ」
セリアは律の腕を離した。
「じゃあ、別の方法。考えて」
律は再び広間を見た。
自分を囮にする案は却下。
なら、別の方法。
視界に浮かぶログを読む。
『Black Knight:連携戦術』
『行動条件:中央侵入時、全体で対応』
全体で対応。
なら――
「……音で誘導できるかもしれません」
「音?」
「三階のゴーレムと同じです。音に反応させて、位置をずらす」
セリアが頷いた。
「それなら、私ができるわ」
「お願いします。広間の反対側に、できるだけ大きな音を」
「了解」
セリアが詠唱を始めた。
「風よ、渦巻き、轟け――」
広間の反対側で、空気が爆発した。
轟音。
四体のブラックナイトが、一斉に反応した。
音のした方向へ向かって歩き出す。
「今です!」
三人は壁沿いに走った。
ブラックナイトは音の方向に気を取られている。
扉が近い。
あと少し。
「もう一度!」
セリアが再び魔法を放つ。
ブラックナイトが反応する。
その隙に、三人は扉に辿り着いた。
扉を開け、次の通路へ飛び込む。
扉を閉めた。
沈黙。
三人は息を整えた。
「……成功したな」
ガルムが言った。
「ええ」
セリアが律を見た。
「今度は、ちゃんとした作戦だったわね」
「……はい」
「わかってるなら、いいわ」
セリアは律の肩を叩いた。
「あんた、二度と自分を囮にするとか言わないで」
「……すみません」
「謝らなくていい。約束して」
律は頷いた。
「約束します」
「よろしい」
セリアは少し笑った。
「あんたがいないと、私、困るのよ」
「……ありがとうございます」
「礼もいらない」
セリアは前を向いた。
「さあ、行きましょ。まだ先がある」
三人は通路を進み始めた。
歩きながら、律は考えた。
セリアが怒った理由。
それは、俺が自分を軽視したから。
自分を計算に入れなかったから。
律は呟いた。
「自分も、変数に入れないと」
システムを設計するとき、すべての変数を考慮する。
それが正しい設計。
なら、自分も変数として扱わないと。
俺が死んだら、システムは破綻する。
そのことを、忘れてはいけない。
「律」
セリアが振り返った。
「何?」
「……また、そういう顔してるわよ」
「え?」
「自分を責めてる顔」
セリアは呆れたように笑った。
「謝ったんだから、もういいの。前向きなさい」
「……はい」
律は前を向いた。
セリアは、本当に強い。
そして、優しい。
「ありがとうございます」
「だから、礼はいらないって」
セリアは笑った。
視界の端に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 25日』
25日。
時間は減っている。
でも、今日また一つ、学んだ。
自分を大切にすること。
それも、生き延びるための条件だ。




