第11話:ガルム加入
三階は、それまでとは違っていた。
通路が広い。天井が高い。壁には古代文字が刻まれている。
「ここから先は、古代遺跡の部分ね」
セリアが壁の文字を見た。
「読めますか?」
「少しだけ。『禁域』『管理層』……それから、『警告』」
律の視界にも、文字が浮かんだ。
『ダンジョン階層:3F』
『環境:古代遺跡』
『脅威レベル:中〜高』
通路を進むと、広間に出た。
石柱が立ち並び、中央には石造りの祭壇のようなものがある。
「……誰かいる」
セリアが囁いた。
広間の奥、石柱の陰に人影が見えた。
一人の男。大柄。重装備。盾と剣を持っている。
だが、様子がおかしい。
男は膝をついている。盾でかろうじて身を守っているが、傷だらけだ。
そして、男の前には――
二体のゴーレム。
石で作られた巨大な人型。高さは三メートル以上。重い足音で、男に迫っている。
「……まずいわね」
セリアが杖を構えた。
律は状況を分析した。
『敵:Stone Golem × 2』
『レベル:15』
『HP:280/280 (×2)』
『防御力:高』
『弱点:魔法攻撃』
「あの男、死ぬわよ」
「助けますか?」
「当然でしょ」
セリアが詠唱を始めた。
「風よ――」
だが、律が手を上げて止めた。
「待ってください」
「何よ、今すぐ助けないと――」
「少し、観察させてください」
律は男とゴーレムを見た。
男は盾を構えたまま、動かない。
ゴーレムは男に近づいているが、攻撃はしていない。
まるで、何かを待っているかのように。
律の視界に、ログが流れる。
『Stone Golem:行動パターン解析中』
『待機状態:侵入者排除モード』
『攻撃条件:対象が移動した場合』
「……動いたら、攻撃される」
「え?」
「あの男、動けないんじゃない。動かないようにしてる」
セリアが目を細めた。
「どういうこと?」
「ゴーレムは、動く対象を攻撃する。だから、動かなければ攻撃されない」
「でも、いつまでもそのままじゃ……」
「ええ。膠着状態です」
律は考えた。
どうやって、ゴーレムを無力化する?
戦闘は無理だ。セリアの魔法でも、二体を倒すのは厳しい。
なら――
「セリア、ゴーレムの注意を引けますか?」
「注意?」
「音で。できるだけ大きな音を、別の場所で」
セリアは一瞬考え、頷いた。
「風の爆発音なら」
「お願いします。広間の反対側で」
セリアは広間の端へ移動した。
そして、詠唱。
「風よ、渦巻け――」
広間の反対側で、空気が爆発した。
轟音。
ゴーレムが振り向いた。
二体とも、音のした方向へ向かって歩き出す。
「今です!」
律は男のもとへ駆け寄った。
「動かないでください。俺が誘導します」
男は驚いた顔で律を見た。
だが、すぐに理解したようで、頷いた。
律はゴーレムの動きを観察した。
『Stone Golem:索敵中』
『対象:音源』
音の方向へ向かっている。
だが、すぐに反応がないと気づけば、戻ってくる。
「セリア、もう一度!」
「わかった!」
再び、爆発音。
ゴーレムが反応する。
その隙に、律は男を支えた。
「立てますか?」
「……ああ」
男は重い身体を起こした。血が滴る。
「出口はどこだ」
「来た道を戻ります。ゆっくり、音を立てずに」
二人はゆっくりと後退した。
セリアも合流する。
ゴーレムはまだ、広間の反対側を探している。
三人は通路に戻った。
十分に距離を取ったところで、男が膝をついた。
「……すまない。助かった」
「大丈夫ですか?」
セリアが治療魔法をかける。
緑色の光が男の傷を包む。
『回復魔法:発動』
『対象:HP 52/180』
『回復量:+30』
男の顔色が、少し良くなった。
「……ありがとう」
男はゆっくりと立ち上がった。
背が高い。二メートル近い。筋肉質。顔には古い傷跡がいくつもある。
年齢は三十代前半くらいか。
「名前を聞いてもいいか」
「相川律です。こっちはセリア」
「私はセリア・ノルディス」
男は頷いた。
「俺は、ガルム・バルディア」
低い声。
重い響き。
「何で、こんなところに?」
セリアが聞いた。
「……依頼だ」
「依頼? 一人で?」
「パーティは、全滅した」
ガルムの顔が、わずかに歪んだ。
「俺が、守りきれなかった」
律は黙った。
また、仲間を失った冒険者。
ダリルと同じだ。
「何人いたんですか?」
「四人。俺以外、三人」
「……どこに?」
「二階で、モンスターの群れに襲われた。俺は盾役だった。だが、守りきれなかった」
ガルムは拳を握った。
「俺だけ、逃げた」
「逃げたんじゃないです」
律が言った。
「生き延びたんです」
ガルムが顔を上げた。
「……何?」
「あなたが死んでも、仲間は戻ってこない。なら、生き延びて帰る。それが正しい」
「だが――」
「あなたは、弱き者を守る人ですよね」
ガルムは目を見開いた。
「……なぜ、それを」
「顔に書いてあります」
律は真剣な目で言った。
「だから、生きてください。次に誰かを守るために」
ガルムは黙った。
長い沈黙の後、彼は頷いた。
「……わかった」
セリアが言った。
「ガルム、あんた一人で帰れる?」
「……わからない。傷が深い」
「なら、私たちと一緒に来なさい」
「いいのか?」
「あんたは盾役でしょ。ちょうどいいわ。私たちには前衛がいない」
ガルムは律を見た。
「……お前たちは、何のためにここに?」
「真実を探しに」
「真実?」
「この世界の真実です」
ガルムは首を傾げた。
意味が分からないという顔。
「……変わった目的だな」
「よく言われます」
ガルムは少し考えた。
そして、頷いた。
「……わかった。ついて行く」
「理由は?」
「恩を返す。お前たちが死なないように、守る」
ガルムの目は、真剣だった。
律は手を差し出した。
「よろしくお願いします」
ガルムはその手を握った。
「……よろしく」
力強い握手。
セリアが笑った。
「じゃあ、三人パーティね。よろしく、ガルム」
「ああ」
三人は再び、ダンジョンの奥へ進み始めた。
ガルムが前に立つ。盾を構え、警戒しながら進む。
セリアが中央。杖を持ち、魔法の準備。
律が後方。観察と分析。
バランスの取れた陣形だ。
歩きながら、ガルムが言った。
「……さっきのゴーレム、どうやって倒した?」
「倒してません。回避しただけです」
「回避?」
「ゴーレムは動く対象を攻撃します。だから、動かなければ攻撃されない。音で注意を引いて、その隙に逃げました」
ガルムは驚いた顔をした。
「……そんな方法があるのか」
「試してみただけです」
「だが、うまくいった」
ガルムは前を向いた。
「お前は、戦い方が違うな」
「戦わないのが、俺の戦い方です」
「……面白い」
ガルムは小さく笑った。
「お前たちと来て、正解だったかもしれない」
三人は四階への階段を下りた。
より深く。
より暗く。
古代装置が、近づいている。
律の視界に、文字が浮かぶ。
『同期開始まで:残り 25日』
そして、新しいログ。
『パーティ構成:更新』
『メンバー:相川律、セリア・ノルディス、ガルム・バルディア』
パーティが、形成された。
律は呟いた。
「これで、少しは戦力が整った」
ガルムが振り返った。
「何か言ったか?」
「いえ、独り言です」
「そうか」
ガルムは再び前を向いた。
「問題ない。俺が、お前たちを守る」
その言葉に、嘘はなかった。
律は頷いた。
「頼りにしてます」
三人は、暗闇の中を進んでいった。




