第10話:戦わずに勝つ
南門を出て、再び森の道を歩く。
今度は途中で止まらない。目的地は、南のダンジョン。
「昨日の場所、通るけど大丈夫?」
セリアが気を使って聞いた。
「大丈夫です」
律は前を向いて歩いた。
ダリルたちが襲われた場所を通過する。
血痕はまだ残っている。誰かが簡易的に埋葬したらしい土の盛り上がり。
律は立ち止まり、黙祷した。
「……行きましょう」
さらに一時間ほど歩いた頃。
森が開けた。
そこに、石造りの遺跡のような入口が見えた。
「あれがダンジョン?」
「ええ。正式名称は『忘れられた地下神殿』」
近づくと、入口の前に数人の冒険者がいた。
三人組。全員、武装している。剣、弓、杖。バランスの取れた構成だ。
「おい、お前ら」
剣を持った男が声をかけてきた。三十代くらい。傷だらけの顔。
「これから入るのか?」
「ええ」
「何階まで行く?」
「最深部まで」
男が笑った。
「最深部? お前ら、見たところ新米だろ。無理だ」
「……どうしてですか?」
「三階から先は、まともな冒険者でも死ぬ。お前らみたいな素人じゃ、二階も無理だ」
セリアが口を開いた。
「あんたたちは、どこまで行くの?」
「俺たちは二階だ。魔石の採取依頼でな」
「なら、一緒に行かない? 二階までは同行させてもらうわ」
男は考えた。
「……まあ、いいか。お前らが死んでも、俺たちには関係ないしな」
失礼な物言いだが、セリアは気にしなかった。
「よろしくね」
五人でダンジョンに入った。
入口を抜けると、石造りの通路。松明が壁に設置されている。だが、半分は消えている。
薄暗い。湿っている。カビの匂い。
律の視界に、文字が浮かんだ。
『ダンジョン環境:検知』
『階層:1F』
『脅威レベル:低』
「松明、持ってるか?」
男が聞いた。
「ああ、あります」
セリアが鞄から松明を取り出した。
「じゃあ、行くぞ。俺たちの後ろについて来い」
一階は比較的安全だった。
モンスターはスライムとゴブリンが数匹。男たちが難なく倒していく。
律は戦わない。後方で観察しているだけ。
だが、その間に律は多くのことを学んだ。
戦闘の流れ。
モンスターの動き。
魔法の発動タイミング。
そして、視界に浮かぶログ。
『戦闘検知:Goblin × 3』
『敵HP:35, 38, 32』
『行動パターン:突進→攻撃』
すべてが、数値化されて見える。
「お前、戦わないのか?」
男が振り返って聞いた。
「俺は戦闘が得意じゃないんです」
「はっ、じゃあ何しに来たんだよ」
「……調査です」
「調査? 変なやつだな」
男は笑って、先へ進んだ。
階段を下り、二階へ。
二階は一階より広かった。通路が複雑に入り組み、部屋が点在している。
「ここからが本番だ。気を引き締めろ」
男たちが慎重に進む。
だが――
突然、通路の先から音がした。
重い足音。
複数。
「……何だ?」
男が剣を構える。
通路の先から、影が現れた。
狼。
だが、普通の狼ではない。体長は二メートル以上。黒い毛皮。赤く光る目。
「ダイアウルフ!」
男が叫んだ。
「なんでこんなところに!」
律の視界に、文字が浮かんだ。
『敵検知:Dire Wolf × 4』
『レベル:12』
『HP:180/180 (×4)』
『脅威レベル:高』
四匹。
しかも、レベルが高い。
「撤退だ!」
男が叫ぶ。
だが、背後からも足音がした。
振り返ると、別の二匹が通路を塞いでいる。
「囲まれた!」
六匹のダイアウルフ。
前後を塞がれている。
男たちは背中を合わせて構えた。
「……まずいな」
「どうする!」
「戦うしかない!」
だが、勝ち目は薄い。
六対五。しかも敵のレベルが高い。
律は冷静に状況を分析した。
ダイアウルフのHP:180×6 = 1080
味方の戦力:不明だが、おそらく全滅する。
戦ったら、負ける。
なら――
「待ってください」
律が言った。
「何だ! 今はそれどころじゃ――」
「戦わないでください」
「は?」
男が振り返った。
「戦わないって、どうしろってんだ!」
「……少し、時間をください」
律は目を閉じた。
集中する。
視界に浮かぶログを、すべて読む。
『敵:Dire Wolf × 6』
『行動パターン:群れ行動』
『索敵範囲:視覚、聴覚、嗅覚』
『攻撃条件:敵対行動検知』
敵対行動検知。
つまり、攻撃されたと認識したら、反撃する。
なら――
攻撃しなければ?
律は目を開けた。
「武器を下ろしてください」
「何を言って――」
「お願いします。信じてください」
セリアが言った。
「やってみましょ」
「セリア! お前も正気か!」
「あんたたちは、このままだと死ぬわよ。律の言う通りにして」
男は迷った。
だが、ダイアウルフが一歩近づいてきた。
「……クソッ!」
男は剣を下ろした。
他の二人も、武器を下ろす。
ダイアウルフが、また一歩近づく。
全員が息を止めた。
律は静かに言った。
「動かないでください。目を合わせないでください。呼吸を整えて」
ダイアウルフが、さらに近づく。
一匹が、男の目の前まで来た。
鼻を鳴らす。
男が震えている。
律は視界のログを見た。
『敵対行動:検知されず』
『攻撃判定:待機中』
まだ、攻撃していない。
ダイアウルフが男の匂いを嗅ぐ。
だが、攻撃はしない。
やがて――
ダイアウルフが、男の横を通り過ぎた。
「……え?」
男が小さく声を漏らす。
他のダイアウルフも、冒険者たちの横を通り過ぎていく。
まるで、そこに何もないかのように。
六匹すべてが、通路の先へ消えていった。
沈黙。
やがて、男が膝をついた。
「……何だ、今の」
「敵対判定を避けました」
律が答えた。
「敵対?」
「ダイアウルフは、攻撃されない限り襲わない。武器を下ろし、敵意を見せなければ、無視される」
「……そんなこと、初めて聞いたぞ」
「多分、誰も試したことがないんです」
男は律を見た。
「お前……何者だ?」
「……ただの観測者です」
セリアが笑った。
「ほら、言ったでしょ。あいつ、変わってるって」
男たちは呆然としていた。
「戦わずに……勝った?」
「勝ったというか、回避しただけです」
「でも、俺たちは生きてる」
男は立ち上がり、律の肩を叩いた。
「……すまなかった。お前を舐めてた」
「いえ」
「お前、名前は?」
「相川律です」
「覚えたぞ。相川律。変わった男だが、すげえ男だ」
男は笑った。
「よし、気を取り直して行くぞ!」
一行は再び進み始めた。
だが、今度は冒険者たちの律を見る目が変わっていた。
尊敬と、少しの恐れ。
「なあ、律」
男が聞いた。
「他にも、あんな方法あるのか?」
「……わかりません。でも、観察すれば見えてくるかもしれません」
「観察、ね」
男は笑った。
「俺たちは十年やってるが、一度も考えたことなかったな」
二階の探索を終え、男たちは魔石を採取して帰っていった。
「じゃあな、律。また会おう」
「はい」
「あと、さっきのこと、ギルドで話してもいいか?」
「……どうぞ」
「サンキュー。お前のおかげで、みんな助かるかもしれない」
男たちは階段を上がっていった。
律とセリアだけが残った。
「さあ、私たちは先に進むわよ」
「はい」
二人は三階への階段を下りた。
歩きながら、セリアが言った。
「あんた、本当にすごいわね」
「……運が良かっただけです」
「運じゃないわよ。あんた、ちゃんと仕組みを理解してた」
セリアは笑った。
「戦わずに勝つ。設計者らしいわ」
律は視界の端の文字を見た。
『同期開始まで:残り 25日』
25日。
時間は減っている。
だが、今日一つ、学んだ。
律は呟いた。
「この世界、戦闘だけが解じゃない」
観察する。
理解する。
システムの仕様を読む。
それが、俺の戦い方。
「行きましょう」
セリアが松明を掲げた。
「最深部まで、まだ遠いわよ」
二人は暗い階段を下りていった。
古代装置が、待っている。
世界の真実が、待っている。




