エピローグ 早春の夕日は|一際《ひときわ》海を輝かす
3月の始め。
お爺さんは、暖炉に近付けた椅子に座ったまま薪を掴むと、それを暖炉に投げ込み焚べました。
暖房の中には赤く燃えた薪が崩れて火の粉を飛ばし、それがパッと舞い上がると、直ぐに煙突の方へと吸い込まれて行きました。
外は北風がビュービューと音を立てて騒ぎ、雪で白く曇った窓を叩いてました。
「蒔は足りそうだが・・・北風は最後まで騒ぐなぁ・・・」と、言ったお爺さんは、写真立ての中のお婆さんに微笑みかけました。
あの吹雪の日。
男の子と二人で運び終えた薪のお陰で、春まで蒔は足りそうでした。
お爺さんは、あの男の子の事を思い出しては、自分の子供の頃も思い出してました。
それは、どちらも同じで・・・。
どちらも違う思い出です・・・。
早春。
太陽が西に傾く頃。
お爺さんは、数日ぶりに家の外に出ました。
家の周りは、まだ雪深かったので、長靴にカンジキを縛ってでした。
辺りはまだ冬景色でしたが、雪は、日増しに高くなってきた太陽と温かさで湿ってました。
海は早春の強い風に吹かれて白波を立ててます。
丘の上から見ると、海岸線の雪は多くが解けてました。
誰が作ったのか、砂浜には小枝と毛糸のミトンで手をつけられた『雪だるま』が、海風に吹かれてミトンを揺らしてます・・・。
空には、風に乗って飛ぶカモメに混じって、一羽のカラスが飛んでました。
海岸線を見てたお爺さんは、また海を見ました。
西に傾いて赤くなりかけてる太陽は、海をオレンジ色に染めてました。
そこに、白波の白い兎が飛び交います。
それは、キラキラとした秋の草原をたくさんの兎が跳んで駆け抜けてるようにも見えました。
お爺さんは(もう少しで春が来るのに、秋の草原を兎が跳ぶ・・か・・・)と、思いました。
微笑んだお爺さんは、上着のポケットから写真立てを取り出しました。
それは、薔薇の花束を持ったお婆さんの白黒写真が入れられた写真立てです。
「お婆さん・・・見えるかい?・・・春の海になるはずなのに、秋の草原を兎たちが跳びはねてるよ・・・。」
お爺さんは、写真の中のお婆さんに、そう語りかけました。
お爺さんの目には、ちょっと寂しい涙がキラキラとにじんでました・・・。
春はもう少しです・・・。
おしまい




