5 僕のおじいさん
お爺さんが木を切り倒してから、3日めになりました。
この日は、朝からとても冷えてました。
昨日まで暖かかった雪は、とけた後に冷やされて、所々ザクザクのザラメ雪になってたり、氷のようになってたりしました。
それは、ソリがとても滑りやすい所があるということなので、登りはソリが軽く滑って楽でしたが、足元も滑るので危なくもありました。
それに、下りはとても危険なのでした。
昨日までよりも、もっとソリが勝手に滑って行ってしまうからです。
そうなると、お爺さんは、もっと強い力でソリを後ろから引っ張って押さえながら下りなくてはいけないのですが、足元も滑るのでとても危ないのです。
それでもお爺さんは、1回目の丸太をソリに載せて家まで運べました。
それは、このような雪山は、お爺さんは何度も見て知ってたので、ちゃんとした下り方を知ってたからできたのです。
「ふぅ~・・・・。さて。あと、一回でぜんぶ運べるな」
ソリから丸太を下ろしたお爺さんは、上着の袖で汗を拭いながら言うと、家が建つ丘の上から空と海を見ました。
そうして、北西の方角を見たお爺さんは、眉を潜めました。
「あれは・・・雪雲が近付いてるな・・・」
夕べのラジオでは「今日は一日晴れるでしょう」と言ってたのを、お爺さんは思い出しながら「どうやらこれは、天気予報が外れたようだな」と、言いました。
お爺さんは、昨日のように一度家に入って一休みするつもりでしたが、直ぐにソリを引いて山を登る事にしました。
それは、最後の一回分の丸太を、持って帰るためです。
切り分けた丸太を雪に埋めてしまっては、この冬を越せるだけの薪が足りなくなるかも知れないと思ったのです。
お爺さんは、自分でも少し無理をしてると思いましたが、それでも(今から急げば間に合う。まだ大丈夫だ!)と、思ったのです。
ソリを引いて雪山を黙々と登ったお爺さんは、切り倒した木の所まで着くと、切り分けた丸太を急いでソリに積んで縛ってとめました。
これで切り分けた丸太は、全てソリに積めたのです!
お爺さんはホッとました。
それら直ぐに道具を片付けながら、空模様を確かめました・・・。
見ると、太陽は南の方からお爺さんを照らしてくれてましたが、北の方からは暗い色をした雲が広がり、その下に、海まで下がる白いカーテンを引いてました。
それは、雪雲が雪で作ったカーテンです。
水平線の近くでは、激しい白波が立ってるのが見えます。
「これは、吹雪くな・・・・」
あと少しすれば、お爺さんが居る場所も、あの水平線に見える雪と風の中に入ってしまうのが、お爺さんには見えました。
お爺さんは、それまで丸太を縛る事に一生懸命過ぎた自分を悔やみました。
もっと早く空模様を気にしてればと思ったからです。
でも、もう後戻りはできません。
『丸太を積んだソリをここに残して山を下りるか』
それとも『吹雪に吹かれても、丸太を積んだソリを家まで持ち帰るか』
お爺さんは今直ぐ、そのどちらにするかを決めなくては、ならなくなったのです。
今からソリを下ろすのは、とても危ないのはお爺さんも分かってます。
ですから、本当はソリを置いて、家に戻りたいと思いました。
でも、それでは、この冬を越すだけの薪が足りなくなるかも知れません。
次に薪を集められる晴れる日があるとは限らないからです。
それに、丸太を積んだソリを置いて帰れば、ソリはあの吹雪で埋まって、そのまま春まで見つけ出せないかも知れません。
そうなれば、次に丸太を運びたくてもソリが無いのです。
そして、春までソリを見つけ出せなければ、ソリは丸太と雪の重さで壊れるかも知れないのです。
お爺さんは、吹雪が近付く短い時間に、そうして色々と考えました・・・。
「あの北風よりも、先に家に帰ろう・・・・このソリと一緒に」
お爺さんは、自分に言い聞かせるようにつぶやくと、そう決めました。
ガリガリ!・・・・ガリガリ!・・・・。
冷たい北風に吹かれて凍った雪を割ながら、丸太を積んだソリが雪山を下ります。
お爺さんは両脚で踏ん張り、ソリの後ろと結ばれたロープを、体を後ろに倒しながら引っ張って、手綱も使ってソリをおさえます。
ソリの足に取り付けた木の枝のブレーキも強く立て、ソリが勝手に滑って行かないようにしてますが、それでもソリはガリガリと雪を削って勝手に行ってしまいそうになります。
お爺さんの顔には、苦しい表情と脂汗が浮き上がってました・・・。
そうして雪山を下って、どれぐらいの時間が過ぎたのでしょう・・・。
お爺さんは、ソリを引っ張って押さえ込むのが、やっとになってました。
さっきから脚がガクガクして、思うように力が入らないのです。
それでもお爺さんは、一歩・・・また一歩・・・と、踏ん張りながら雪山を下りてました。
始めは冷たい風だけだった北風は、白いカーテンと一緒に島の周りの海を白く波立たせると、その先を見えなくしました。
それからそのカーテンは、『どっ!』っとした風と一緒に、丸太を積んだソリとお爺さんを包み込んでしまいました・・・!
辺りは吹雪に入ったのです!
空から降る雪だけでは無く、海から吹き上がる風が地吹雪を引き起こし、吹き上げられた凍った雪の粒が、お爺さんの顔を激しく打ちました。
お爺さんは、あまりの痛みに、目も開けてられなくなりました。
それでお爺さんは、目を守ろうとして・・・ソリの手綱から片手を離してしまったのです・・・。
するとソリを支えてる体の片方に急に力が掛かってしまったお爺さんの体は、ほんの少しバランスを崩してしまいました・・・。
その時でした!
ソリが氷にのったのです!!
『ズザァ!!』っという音と一緒に、ソリが急に早く滑りました!
「うっ・・・あ!!」
同時に、お爺さんがソリの力に負けて、しりもちを突くようにして倒れたのです!
『ガガガガ!!』っと、ソリが大きな音を立てて、斜面を滑り始めました!
お爺さんは倒れた体を起こそうとしながら、手綱を必死に掴み、ソリの勢いを押さえようとしました!
それでもソリは止まりません!!
ソリは少しづつ、滑る速度が早くなってきました!
木の枝で作ったブレーキも、まるで効いてないかのように滑って行きます!
お爺さんは踏ん張りながらもソリに引きずられてました!
(ソリと丸太は・・・あきらめよう!)
お爺さんは思うと、自分とソリをつないでる腰に縛ったロープを解いて、ソリを捨てる事を決意しました!
命の方が大事だと思ったからです!!
ですが・・・。
ですが寒さで手が思うように動かないのです!!
「ええい!・・・・」
お爺さんは、自分と自分の体の不甲斐なさに苛立ちました。
もう、自分1人の力でソリを止める事が無理だと思いました・・・。
(もう・・・だめだ!!)
お爺さんは、もう・・・疲れた体を休ませて楽になりたいと思いました・・・。
それは、もう力を抜いて、このままソリに引きずられて山を下り落ちて、大怪我をするか・・・。
死ぬということでした・・・。
ほんの一瞬。
お爺さんは時間がゆっくりと流れるのを見ました。
目の前を流れる飛ぶ雪の結晶まで見えたのです。
それは、とても美しい光景でした・・・。
(婆さん・・・・なんてキレイなんだろうか・・・ここは・・・)
お爺さんが、そう思った時でした。
「お爺さん!!右!!」
突然、子供の声がしました!
「力いっぱい右を引っ張ってぇ!!」
あの男の子の声です!!
地吹雪で目を細めながらもお爺さんは、声の方を見ました!
ソリのすぐ近く!
その山側の方に、あの男の子が居ます!
しかも、男の子はソリの前にある手綱を握って、ソリを山側へと向かって力いっぱい引いてるのです!!
どうしてこんな所に、あの男の子が居るのかわかりません・・・。
でも今はそれどころでは無いのです!!
力を無くし掛けてたお爺さんは「わかった!!」と言うと、山側の手綱を強く引きながらソリを押さえ込もうとしました!
お爺さんは、また驚きました・・・!
それは自分でも信じられない力が湧いて出たからでした!!
ソリは、お爺さんと男の子の力が合わさって山側へと向きを変えました!!
それでソリは、ほんの少し山を登るような向きになり、止まったのです!!
(と・・・・止まった!)
お爺さんは「はぁ~・・・・」っと、息を長く吐きました・・・・。
心の底からホッとしたのです。
手綱を持ったままの男の子が、「危なかったね!・・・お爺さん!」と、吹雪に負けじと大声で言いました。
お爺さんは「ああ・・・!ああ・・・・!」とだけ応えるのがやっとでした。
言葉が出て来なかったのです。
「お爺さん!一休みしたら、二人でこのソリを家まで運ぼう!」
お爺さんは(この子は、何を言ってるんだ?)と思いました。
それは、こんな危険な事になってるのに、知らない子供まで巻き込めないと思ったのと、子供がこんな危険で難しい仕事を手伝っても役に立たないだろうと思ったからでした。
お爺さんが息を整えながら考えてると、男の子は「お爺さん!僕と二人なら、ちゃんと家まで丸太を運べるよ!」と、言いました。
お爺さんは「なにをいって・・・子供には無理だ!」と、言うと、かじかんだ手に息を吹き掛けて温めようとしました。
指が思うように動くようになったら、お腹の前でとめてたロープをほどこうとしてたのです。
それは、ここにソリを置いて、男の子と一緒に山を下りようと思ったからでした。
「お爺さん!僕は父さんの仕事を手伝ってて、ソリで丸太を運ぶのも何度も手伝ってるんだ!手綱の使い方も知ってる!だから!二人なら下ろせるよ!!」
お爺さんは(この子は、私と同じように育ったと言うのか!?)と、思いました。
両手をこすり合わせてながら、お爺さんは、ソリを止める時に男の子が「山側の手綱を引いて」と言ったのと、男の子の動きを思い返しました・・・。
(あれは、ソリの扱いを知らないとできない事だ)と、お爺さんは思いました。
そして(確かに、あの子は・・・私に似た育てられ方をしてるだのろう・・・。)と思ったお爺さんは、男の子に「私が着けたソリの跡が見えるかい!」と聞きました。
男の子は「見える!僕には見える!!」と答えました。
「そうか!わかった!」と、お爺さんは答えました。
お爺さんは(これ以上、ここから動かなかった、お爺さんが着けたソリの跡が地吹雪に吹き消されれてしまう・・・!)と、思いました。
見ると、男の子は子供とは思えないキリッとした顔でお爺さんの次の言葉を待って居ました。
お爺さんは、男の子の顔を見た後、風上に顔を向け吹雪を睨み返しました・・・!
吹雪はますます強くなるようにしか見えません・・・。
「よし!行こう!!二人でソリを下ろそう!!」
この男は、グッと顔を引き締めると「わかった!」と、答えました。
吹雪の雪山で、男の子とお爺さんは、丸太の積まれたソリの手綱を握り直しました。
命ががけの運命を共にする事を決めた二人には、笑顔はありませんでした。
ただ覚悟があっただけでした。
「二人でソリを押さえながらゆっくりと下ろう!・・・ソリの行き足が早くなりすぎたら、お前さんが持ってる手綱を、さっきのように山側へ向かって引いてくれ!」
お爺さんが、そう言うと、男の子は「わかった!・・・しっかりやる!」と、応えました。
「では!いくぞ!」
「うん!」
二人は息を合わせて、ソリを斜面の下りに向けました。
すると、ソリはザラメ雪をジャリジャリと踏み散らしながら、滑り始めました。
お爺さんは、さっきのように体全体を使ってソリを操ります。
すると直ぐに、さっきよりも楽にソリを下ろせてる事にお爺さんは気が付きました。
男の子が、ソリとお爺さんの動きに合わせてくれ、動いてくれてるのです!
それは、馴れてないと無理な動きでした。
男の子の動きを見ながら、お爺さんは思い出して居ました。
お爺さんが、まだ子供の頃に、お父さんが雪山でソリを下ろすのを手伝ってた時の事を・・・・。
お爺さんは、家族と一緒に、そんな仕事を手伝いながら暮らしてました。
それは、突然でした・・・。
お爺さんは、子供の時にあった『家の近くに居る不思議なお爺さん』との思い出が、よみがえったのです・・・。
そのお爺さんとは、いつも突然に出会いました。
ある時は、春の庭で水仙を見てたら・・・。
ある時は、夏の庭で海を見てたら・・・。
ある時は、秋の裏山で、一人で探検をしてたら・・・・。
そして・・・あの日は・・・・。
いえ・・・・そう!
この日!
家の裏山で一人で遊んでたら、急に霧に包まれて・・・・そして、気が付いたら吹雪に巻き込まれてて・・・・あのお爺さんが、丸太の積んだソリを・・・・!!
(私が?・・・・ソリを・・・・!!)
お爺さんは、男の子と二人っきりで吹雪の中に居るのが、夢の中に居るように思えました・・・。
遠い遠い昔に見た、夢の中に・・・・。
お爺さんが男の子と二人で、必死の思いで雪山から家の前までソリを下ろした時、男の子は、またどこかに消えてました・・・。
お爺さんは、男の子をさがしませんでした。
吹雪の中をどこかに行ってしまったとも思いませんでした。
それは、男の子が、無事にちゃんと家に帰ってるのを知ってたからです。
その日の夜。
ベッドに入ったお爺さんは、男の子の事を思いながらつぶやきました。
「あの子は、こんな年老いた私を見て、がっかりしなかったかなぁ・・・」
お爺さんは、子供の時の自分が、お爺さんの自分をどう思ってたのかを思い出そうとしました。
そして今日の後にも、子供の頃の自分がお爺さんになった自分と会ってただろか?と、思い返してました・・・。
お爺さんは、昔を思い出そうとしてる内に、だんだんと眠くなってきました・・・。
「僕・・の・・・おじいさん・・・は・・・ね・・・」
眠りに落ちるちょっと前にお爺さんはそう言うと、子供の頃の夢を見ました。
まだ子供のお爺さんは、家の裏の薪置き場で吹雪に吹かれて居ました。
「お爺さんも家にはいって!」
子供の頃のお爺さんは、そう言って裏口のドアを開けると、勢い良く家の中へ入りました。
家の中には、お爺さんのお父さんと、お母さんが、暖炉の前の椅子に座って居ました。
お父さんは「裏に誰か来てるのかい?」と、お爺さんに聞くので、お爺さんは「うん!お爺さんが吹雪の外にいるんだ!それで、寒いから入ってって僕が言ったんだ!」と、裏口を指さして言いました。
お父さんとお母さんは驚いて、それから互いに顔を見合わせました。
お父さんは「吹雪?だって?」と聞くので、お爺さんは「そうだよ!そんなの外を見たら・・・!」と言って、窓の方を見ました・・・。
家の中から見る外は、晴れて穏やかに見えました。
どう見ても、吹雪いてるようには見えないのです・・・。
キョトンとした我が子の姿を見たお父さんは「冬の真っ昼間の外で寝ぼけるなんて事があるのかな・・・?母さん?」と言って、お母さんを見ました。
お母さんは「さあ。どうなのかしら・・?」と言って、クスクスと笑いながら椅子から立ち上がると、お爺さんの頬を撫でて「この子は、何かすごい冒険をして来たみたいね」と言って、背中をさすってくれました。
お爺さんは、それまで冷たかった背中が温かくなるのを感じました。
お母さんの手は、お爺さんを安心させてくれたのです・・・。
遠い子供の頃の・・・。
『今日のあの日』の夢を見てたお爺さんは。
そのまま、幸せそうに眠ってしまいました・・・。
おわり




