4 閉ざされし冬は残りの薪を数えて
お爺さんの住む島は、冬になってました。
この島の冬は、もともと雪が多くて寒さも厳しいのですが、この年の冬は特別に雪が多くなってました。
冬の始めから強い北風が吹き付ける日も多く、お爺さんの家の中には、その度に冷たい隙間風が入り、冷えました。
11月の終りころから降り続いた雪は、12月に入ると大雪と一緒に大寒波まで連れて来ました。
お爺さんは、家の中でも厚着をして寒さを凌ごうとしましたが、それから年が明けて1月に入ると、それでも我慢できなくなり、いつもの冬よりも多くの薪を暖炉に薪を焚べて暖を取ろうとして居ました。
家の外でビューっと、強い風の音がした後に、少し遅れて家の中にスゥーっと隙間風が吹きます。
そこは、お爺さんの家の中です・・・。
「うう・・・・寒いなぁ・・・・」
今は1月の半ばです。
お爺さんは、毛布を肩から掛け暖炉に椅子を寄せてまでして暖まってる筈なのに、ちっとも暖かいと思えませんでした。
お爺さんは、すきま風を恨めしく思いながら、じっと目を閉じ、体を震わせました。
「こんなにも寒い冬は、初めてだ・・・」
お爺さんはそう言うと、目を開け、まだ暖炉に焚べてない薪を見ました。
暖炉の近くの薪の置場所には、4本の薪が残ってるだけでした。
薪はまだ、家の裏口とつながってる薪置き場へ行けばたくさんあります。
たくさん・・・?
いいえ。本当はたくさんでもありません。
今の寒さが続いて、今までのように薪を使ってると、春になる前に薪は足りなくなるからです。
薪置き場には、お爺さんが去年の春に、危ない目に会いながらも集めた薪が積まれてますが、それはまだ乾燥が足りないので、使ってもよく燃えなかったり、煙ばかり出して煤を出し、それで煙突を早く詰まらせてしまうので、あまり良くないのです。
お爺さんの家は、煙突掃除を自分でする事ができますが、それでも天気が穏やかで暖かい日にやらないと、家の中が煤だらけになりますし、煙突掃除は暖炉の火を消してからでなくてはできないので、寒いとその間に凍えてしまうからです。
煙突が詰まって煙が家の外に出なくなると、煙に巻かれて死んでしまいますから、お爺さんは、その事も心配してました。
「もう、随分たくさんの薪を燃やしてるから、煙突掃除もしなくてはいけないのだが・・・・」
お爺さんはそう言って、窓の方を見ました。
バチバチと弾けながら燃える暖炉の薪の音が、少しだけ書き消してましたが、雪と氷が張り付き白くなった窓は、ガタガタと震えながら吹きすさぶ雪風を押さえてくれてました。
「あの窓のガラスが、もし何かの拍子に割れたり外れたりしてしまったら、私は
ここで凍えて死んでしまうのかも知れないなぁ・・・・そうしたら、私はお前のところへ・・・・」と、お爺さんは言いながら、部屋の壁に置かれてる棚の上の写真立ての中のお婆さんの顔を見ました。
白黒写真のお婆さんは、薔薇の花束を持って、笑顔でこちらを見詰めてます。
「あの日、お前が薔薇の花束を持った写真を撮ったのは、そんな日のためだったろうかなぁ・・・」
お爺さんはそう言うと、毛布を肩から外しながら立ち上がりました。
そして、毛布を椅子の背もたれに掛けると、残ってた4本の薪を1つづつ向きを変えながら暖炉に焚べました。
それから少しの間、暖炉の火の具合を確かめると、薪置き場の横に置いてあった手籠を手に取り、家の裏口へと向かい、残り少なくなってる薪を取りに行こうとしました。
すると突然・・・。
ジリリリリ〜ン!・・・・ジリリリリ〜ン!・・・・と、電話のベルが鳴ったのです。
こんな日の、こんな時間の電話。
お爺さんには、おおよそ察しがついてました。
お爺さんは、薪を入れるための手籠を一旦床に置くと、話器を取りました。
「はい。もしもし・・・」
電話の相手は、お爺さんの子供である長男からでした。
お爺さんの住む島では吹雪が続いてるとラジオのニュースで聞いて、心配になって電話してくれたのです。
お爺さんは、長男の言葉に元気を出して答えると「こっちは、何も心配ないから、お前は安心して、自分の家族を大事にしなさい」と言って電話を切りました。
それからお爺さんは、もう一度、薪を入れる手籠を手にすると、家の裏口へと向かって行きました。
お爺さんが家の裏口を開け電球の明かりを点けると、木造の小屋の中には、たくさんの薪が積まれてました。
でも、その多くは、去年の秋に山の木を切って作った薪で、まだ乾燥が足りない薪なのです。
その去年の薪とは、板で仕切った隣に、2年前の秋に作った薪が積まれてました。
その数は、だいぶ少なくなってたので、薪の置き場には大きな空きがありました。
それは積み重なってる去年の薪の数と比べると、ずっと少なくなってるのが分かります。
小屋の外の軒下にも去年の秋の薪が積まれてますが、それは雪を被って半分は埋もれてました。
この冬に使える薪は、あと1ヶ月分もありません。
それでも足りなければ、まだ乾き切ってない薪を無理して燃やすしかありませんが、それでも足りるのかどうか・・・。
暖炉に火を入れなくても、どうにか凍えずに済むのは、早くても3月の終りでなのです。
このままでは、この冬を越す薪が足りなくなるのは、お爺さんにも見えてました。
それでも寒いのです・・・。
若い時とは違って、我慢ができないのです・・・。
お爺さんは黙って、薪を手籠に積めました。
お爺さんが、手籠に薪を入れる度に、外から聞こえる吹雪の音に混じって「カラン・・・・コロン・・・・」と、音がしました。
カラン・・・・コロン・・・・。
カラン・・・・コロン・・・・。
カラン・・・・コロン・・・・。
カラン・・・・コロン・・・・。
お爺さんは、その音を聞く度に、自分の死期が近付いて来るような気がしました。
まるで、冬の死に神が、自分の薪置き場にやって来るような・・・。
今、振り替えれば・・・・そこに死に神が立っているような・・・・。
でも、お爺さんはそう思いながらも、ちっとも怖くはありませんでした。
それは、寒いのは辛いですが、そうなったらそうなったで、お婆さんに早く逢えるだろうと思ってたからです・・・。
それから吹雪は5日も続きました・・。
それは突然でした。
それまでの猛吹雪が嘘のような、穏やかな朝が島に訪れてたのです。
それは、お爺さんや島の人々に、島の神様が「まだ死ぬな」と言ってくれたかのような、穏やかな天気でした。
家の中から窓の外に見える朝日を見ながらお爺さんは、お婆さんの写真を振り返って見ました。
するとお爺さんには、写真の中のお婆さんが自分に向かって「まだ生きてなさいね」と、言ってくれてるような気がしました。
お爺さんは、久しぶりに暖かくなった家の中で「うん。お婆さん・・・お陰で私は、まだ生きてるよ」と、微笑みながら言いました。
それから、朝食もそこそこに、お爺さんは山に入ると支度を始めました。
木を切り倒して、薪にしに行くのです。
薪は秋に作るのが基本ですが、冬の寒い時期にも作る事ができるのです。
それは、秋の終わりと同じく、冬は木が水を吸わなくなって、早く乾燥するからです。
ただ、冬は雪が多いのと、天気が荒れる日が多くて大変なので、薪の多くは秋に作ってるのです。
今日、木を切り倒して薪にしても、良くは燃えません。
乾燥には、本当は1年以上もかかるからです。
それでも、2年前の薪に去年の秋の薪を混ぜて燃やして使ってる内に、それを暖炉の横で乾燥させれば、3月には、どうにか使えるだろうとお爺さんは思ったのです。
そうすれば、何とかこの冬は乗り越えられ、来年の秋に集めなければならない薪も間に合いそうだと、お爺さんは思ったのです。
お爺さんは、暖かい服を着込み、背負子とカンジキを用意しました。
カンジキとは、深い雪の上でも歩けるように、長靴等に縛り付けて使う輪っかのような形をした道具です。
保温ポットに入れて用意した暖かな紅茶と、昨日の夕方に焼いたパンの入った小さなバックを、ノコギリと手斧と鉈を縛り付けてある背負子に一緒に括り付けました。
それから、壁に掛けてあった大きな斧も背負子に載せて縛り付けました。
「これで良し」
お爺さんはそう言うと、内開きの玄関ドアを開きました。
見ると、雪が玄関ドアの高さの半分近くまで積もってます。
お爺さんは玄関の近くに立て掛けてあったスコップを手に取ると、その雪をスコップで退け始めました。
そうして、雪になだらかなスロープを作って玄関から外に出やすくすると、お爺さんは玄関で屈んで、履いてる長靴にしっかりとカンジキを縛り付け、背負子を背負い、外に出ました。
3日続いた吹雪は、たくさんのフワフワとした新雪を積もらせてましたが、昨夜から暖かな風に変わってたので、雪の表面は湿ってました。
それは、カンジキで山に入ろうとしてたお爺さんには幸いでした。
なぜなら、フワフワの雪ばかりが積もってたら、カンジキを履いてても雪に埋まってしまい、雪山を登って歩くのは無理だったからです。
お爺さんはその事を、玄関の雪掻きをしてる時に一緒に確かめてたのです。
家の外に出たお爺さんは、湿って少しの固さのある雪を「ギュッ・・・・ギュッ・・・」っと、1歩ずつ音を立てながら、家の裏山へと向かって歩き出しました。
それから暫く雪山を登ったお爺さんは、一度立ち止まると、そこから家の方を振り返りました。
遠く下の方には、丘の上に建つ自分の家が見えて、その向こうには青い海が広がってました。
お爺さんは、そうして、ほんの少しの休むと、また山の斜面へと向き直り「ギュッ・・・ギュッ・・・」っと、雪を踏み鳴らしながら登って行きました。
それから少しの時間と距離を登ったお爺さんは、1本の木の近くに来ると、その木が立つ斜面の上の方に背負子を下ろし、背負子から斧の紐を解きました。
お爺さんは斧を手に取ると、これから切ろうとしてる木に立て掛けました。
それから、お爺さんは雪に埋まって低くなってる木の幹の周りをカンジキを使って「ギュッ!ギュッ!ギュッ!ギュッ!」と、雪を踏み鳴らしながら回り踏み固めました。
この木が立ってる場所は、お爺さんが秋に木を切り倒してた所と比べると、お爺さんの家から、そんなに遠くはありません。
それは、お爺さんは、いつかこんな冬になった時に備えて、近くのちょうど良さそうな木を切らずに残してたからでした。
お爺さんのそんな日頃の準備が、今日は役に立つことになったのです。
「こんなもんかな」
お爺さんは、雪を踏み均して足場を作ると、一度、雪の上に置いてある背負子へと戻り、小さなバックに入ってる紅茶の入ったポットを取り出すと、それを手に、木のもとへと戻りました。
それから、お爺さんは木に片手を当てると目を閉じ「すまんが、今日は、お前さんを切らして頂きます」と言って、木にお願いとお詫びの気持ちを伝えました。
それから少しの間、木に手を当てたまま黙って立っていたお爺さんは、目を開けると、木に立て掛けてた斧を握りました。
そうしてお爺さんは、この木に、最初の一打を打ち込みました。
音が雪に吸い込まれて静かだった山には、カァーン・・・・!っと言う乾いた音が響き渡るのと同時に、近くに居た小鳥が驚き「ピィー!」っと一鳴きしながら飛び立ちました。
それから暫く、お爺さんが斧を振るう音が、この辺りの冬山の音を支配していました・・・。
ミシ!!っと、幹が鳴ったので、お爺さんは一度、木の倒れ具合を確かめました。
お爺さんは(後、何回か斧を降るったら倒せるだろう)と思い、最後の仕上げに慎重になりました。
「去年の秋は危なかったからな・・・」お爺さんは、そう呟くと「はぁ~・・・」っと、息を吐いてから深呼吸をしました。
そうして、気持ちを引き締め直してから、木を倒す方向に合わせて斧を振りました。
それから、お爺さんが5回目の斧を振って、幹に斧を打ち込んだ瞬間でした。
「バキ!!・・・バキバキバキバキ!」っと、大きな音を立てながら木が倒れたのです。
木はお爺さんが狙ったとおりの方向にキレイに傾くと、湿った雪の上に「ノシ!」っと音を立てて倒れました。
それはまるで、木が長い眠りに就こうと、白くて柔らかな布団の上に寝転がるようにも見えました。
お爺さんに切り倒された木は、これで『永遠の眠りに就いた』のかも知れません。
でも、それと引き換えに、この木は『薪としての短い命が始まろうとしてる』のかも知れません。
お爺さんは、背負子から手斧を取って切り倒した木の近くに戻ると、それを使って枝を払い始めました。
ただ、お爺さんは闇雲に全ての枝を払ってる訳ではありませんでした。
後で幹をノコギリで切る時に、転がらないよう支えとして使えそうな枝は短くして残し、邪魔になりそうな枝は払い落としてるのです。
そうして、払い落とした枝だけでも結構な量になりました。
お爺さんは足に着けてたカンジキを外すと、踏み固めてた雪の上でノコギリを持ちました、それから枝の片方をを倒した幹に載せて、もう片方を雪に突き刺し、それを片足で固定し、ノコギリで枝を短く切り始めました。
お爺さんは、そうした作業を何度も何度も繰り返し、背負子で背負って5往復ぐらいすれば、今日の夕方までには家に運び切れそうな数の薪を作りました。
お爺さんは、ここまで休み休みで仕事をしてましたが、空を見上げ太陽を見て、それで今が丁度、お昼頃だろう思いました。
それで、ここで持って来たパンと紅茶でお昼ごはんにしました。
「やれやれ・・・。きつい仕事だが・・・こうしてるの気持ちが良いもんだ」
お爺さんは、固いパンを噛り、それを紅茶で流し混みながら、久しぶりの外での食事に気持ちが晴れていくのを感じました。
それでお爺さんは(もう一頑張りできるぞ!)と、思ったのです。
簡単な食事を終えたお爺さんは、立ち上がると直ぐに、背負子で背負える程度に短く切った枝を両手で抱えると、それを雪の上に置いてある背負子に載せ始めました。
背負子には、持って来た道具も縛り付けてあり重たいので、持ち帰る枝は少な目にしました。
それから、その枝をしっかりとロープを使って背負子に固定すると、カンジキを足に縛り付けてました。
いよいよ、山を下るのです。
お爺さんは、こんな時は登山よりも下山の方が危険だと思ってたました。
それでお爺さんは、登る時に自分で着けた足跡も利用しながら、慎重に足場を見定め、山を降りました。
そうして、家の薪置き場までの1回目の運搬が終わると、お爺さんは背負子から枝を下ろす時に、ノコギリと手斧と斧も外して下ろしました。
それは、今日のところは、これ以上は木を切らないからです。
それで少しでも背負子を軽くして、沢山の木を背負って運べるようにするためでした。
使う度に、重たい道具を雪山まで運ぶのは疲れます。
でも、この先の天気は分からないのですから、道具を雪山に置いてくる訳にはいきません。
もしそんな事をして、明日が大雪なら、大切な道具が雪に覆われて見付けられなくなってしまうからです。
背負子を軽くしたお爺さんは、休む間も惜しんで、また外に出ました。
急がなければ日が暮れてしまい歩くのが大変になるのと、それよりも先に寒さが強くなるからです。
それからお爺さんは、切り倒したと家の間を4往復して、枝を運びました。
運び終えたのは・・・いや、家に着いて、それで運ぶのを止めたのは、日暮れの少し前でした。
それでも、切り分けた枝を山に少し残して来ましたが、お爺さんは『今日、やれるだけの事はしたから良い』と思いました。
今日のお爺さんには、何も悔いはありませんでした。
明日の天気は誰にもハッキリとは分かりませんが、ラジオでは「数日は晴れが続く」と言ってました。
お爺さんはラジオの天気予報を聞くと、(後は、自分のための夕食を作って、明日に備えて寝るだけだ)と、思いました。
心配して考えても、できる事が無いからでした。
この日。
良く働いたお爺さんは、何時もよりも簡単な夕食を作りましたが、いつもよりもずっと美味しく食べる事ができました。
翌朝の夜明け前。
島は晴れて穏やかな天気となってました。
この日のお爺さんは、暗い内から起きると、昨日、切り倒した木を運ぶ準備をしてました。
裏口から薄暗い薪置き場に入ったお爺さんは、そこの片隅に置かれてる、雪の上を滑らせて使う木でできたソリを見ました。
「難儀だが、ソリを引いて行くしか無いな」
そう言うと、お爺さんは、少しクモの巣がついたソリを引っ張り出しました。
ソリの前と後ろには、ソリを引くための取っ手として使う太いロープが取り付けられてました。
それは昔、木材を載せて運搬するためにお爺さんが作ったソリでした。
ソリは一人でも引っ張って山を登って行ける大きさなので、そんなに大きくはありませんが、それでも、寝転がった大人よりも長さがあって、幅もそれぐらいはありました。
若い時のお爺さんなら楽に引っ張れてたソリでしたが、この数年は『とても重い』と重いながらお爺さんはソリを引いてました。
お爺さんは、裏口から外に出したソリを雪の上に置くと、そりが壊れたりしてないか確かめました。
この2年ほど使って無かったソリでしたが、幸いどこも壊れたり、ヒビが入ったりはしてませんでした。
お爺さんは、ノコギリと手斧の他に、楔と金槌も載せ、それをロープで縛りました。
それから、山からソリを滑り下ろす時に、ソリと自分の体とを縛って使う長さの違う太い2本のロープと、紅茶の入ったポットと、パンとが入った小さなバックも、忘れずに縛って止めました。
「これが無くては、途中で体力が切れてしまうからな」
お爺さんは長靴にカンジキを縛り付けると、ソリにつながれた太いロープを肩から斜めに掛け、ギュッ・・ギュッ・・・っと、湿った雪を踏み締めながらソリを引いて家の庭に出ました。
庭には、昨日、お爺さんが薪を背負子で背負って運んだ時に作られた、カンジキをはいた足で作られた足跡が、夜明け前の薄明かりに浮かんで見えました。
その足跡は、今日も向かう切り倒した木の所まで続いてる道標でもあります。
お爺さんは、昨日の自分の足跡を目で追うと(これは、この日のために、私が自分でつけた足跡だ・・・)と、思いました。
「さあ、行こうか!」
お爺さんは、そう自分に掛け声をすると、以前よりもずっと重く感じるソリを黙々と引いて、雪山を登って行きました。
黙々とソリを引くお爺さんが、始めて振り返ったのは、お爺さんの背中を朝日が照らしてくれた時でした。
「日の出か・・・」
振り返ったお爺さんは、肩に食い込んでたロープを外すと、そのロープを腰に掛けてソリを止めました。
ソリは、後ろに進むようには作ってませんでしたから、そのままでは、勝手に滑り落ちる事は無さそうでしたが、それでも手を離せばどうなるかは分かりません。
ですから、お爺さんは、山の斜面でのソリの扱いには、とても気を付けてたのです。
お爺さんは、太陽に今日の感謝を伝えると、またソリのロープを肩に掛けて雪山を登り始めました。
お爺さんは「ふぅー・・・ふぅー・・・」と、息を整えながら、ギュッ・・・ギュッ・・・っと雪を踏み締めながら、ソリを引き雪山を登り続けました。
切り倒した木の所までソリを引いて来たお爺さんは、ソリの向きを反対にすると、勝手に滑り落ちないように斜面に向かって横向きに置きました。
それから、切り倒した木の雪の下に残されてる幹に、ロープで縛ってとめました。
これで下準備はできなと思ったお爺さんは、紅茶を一杯飲んで、一休みしました。
お爺さんは、山の上から見える海と空とを見比べながら「貴重な晴れ間だ」と、独り言いました。
一休みを終えたお爺さんは、ソリに載せてた道具を小さなカバンと一緒に雪の上に置くと、そこからノコギリを持ち出し、ゴシゴシと音を立てながら雪の上に倒された木を切り始めました。
そうしてノコギリで木の幹が切れる手前までゴシゴシと切ると、最後は金槌を使って切り口に楔を打ち込んで、幹をバキッ!っと割って切り分けました。
このあと家具とかに使う木ならキレイに切らないと駄目ですが、薪にするのなら、この方が早くて楽なので、お爺さんは昔からこうしてたのです。
お爺さんは今日の内に、切り分けた幹の丸太をソリに積んで家まで運べるのは、2往復までしかできないと思ってました。
お婆さんと二人暮らしだった時なら、二人で一緒に頑張れば、これぐらいの距離なら5往復ぐらいしたのですが、お爺さんは、今はそれから歳もとって力も無くなってしまってるので、2往復でも大変だろうと思ってたのです。
それからしばらくして、お爺さんは朝食にしようと思い、ソリに腰掛けました。
「しかし、それでは、この木を全部運ぶのには、もう一日かかるな・・・」
お爺さんは、2回で運べそうな分だけ切った丸太を見ながらそう言うと、ソリに腰掛けて、パンを噛りながら、湯気が立つ紅茶を飲みました。
朝食を終えたお爺さんは、1本の丸太をソリに載せると、それをロープでしっかりと縛ってとめました。
それから1本、また1本とソリに丸太を載せて縛って止め、ソリには5本の丸太が積まれました。
お爺さんは、ソリの左右の足の後ろの方に、木の枝を、雪に刺さるように縛って止めました。
それは、ソリが勝手に早く滑って行かないようにするための、お爺さんが工夫して考え出したブレーキでした。
お爺さんはカンジキを外すと、それをソリに積んだ丸太の上に簡単に縛ってとめました。
ソリで丸太を下ろす時には、邪魔になり、足に掛かる力でカンジキを壊してしまうからです。
お爺さんは、持ってきた太い2本のロープを持つと、長い方をソリの後ろの方に縛って、『引き綱』にしました。
この引き綱はソリを前に引くためでは無くて、滑って行かないようにするための綱です。
短いロープを自分の両脚の付け根に輪を作って通すと、その上を腰に巻き付け、お腹の前に輪っかを作って縛りました。
お爺さんは、そのロープを、しっかりと腰に巻き付けた、もう1本のロープに結わえました。
重たいソリがどんなにお爺さんを引っ張っても、腰が締め付けられたりはしないように縛ってありました。
しかも、お腹の前の結び目のロープを引くと、
この太いロープは、ソリとつないだ自分の体を使って、滑り落ちるソリを後ろから引っ張って、ゆっくりと下ろすためですが、もしもソリが勝手に早く滑って行ってしまて危なくなったら、ソリから自分を切り離してソリを捨て、逃げられるようにもしてあるのです。
、手綱の役目をするロープを背中から回して脇に挟み、それを両手でしっかりと掴みました。
この重たいソリを滑らせて、雪山を下るのです。
それは、この仕事に馴れてるお爺さんであっても、危険な仕事でした。
ギシギシと雪を切り分け、固めながら、ソリはゆっくりと下ろされてました。
それは、お爺さんが、ソリの後ろで降りる速度をしっかりとおさえてるからでした。
お爺さんの額には脂汗が滲んでました。
ゆっくり・・・ゆっくり・・・と。
ミシ・・・・ミシ・・・・と。
お爺さんが操る丸太が載せられたソリは、太陽に照されながら、雪山を下って行きました・・・。
そうしてお爺さんは、一度めのソリを無事に家まで下ろす事が出来ました。
お爺さんは、ソリのロープを繙いて丸太を下ろすと、薪を乾燥させてる軒下の近くに転がして置きました。
今日は山に残された丸太を運ぶ事が大事なので、薪にしてる暇は無いからです。
一度、お爺さんは家に戻り、体を少し休めました。
それから、またソリを引いて黙々と雪山を登り始めました。
最初に登った時よりも疲れてたお爺さんでしたが、さっき運んだ時にできたソリの通り道に、ソリを合わせて引っ張ると、少ない力でソリを引くことができたので、お爺さんはさっきよりも楽に感じてました。
お爺さんは一度あ「これなら、なんとかできるだろう」と、少しホッとした顔で言いました。
そうしてお爺さんはこの日、無事に2回目の丸太を家まで運ぶことができたのでした。
つづく




