表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

第8話 夏祭り(2)

第8話公開しました

「幸助」


私は、さっきの出来事を振り払うように、できる限り明るい笑顔を作って近づいた。


「加奈、なんか変なことされなかった?」


幸助は、まっすぐ私を覗き込むようにして心配してくれる。

その優しさが今は少し胸に痛い。


「なにもされてないよ。ほんとに大丈夫。」


嘘じゃない。

でも、店主の言葉だけは、心の奥に重く沈んだままだった。


「でもさ…涙の跡あるよ? 何かあったなら言って。俺に気を遣って黙るようなこと、しなくていいから。」


ほんとにもう…この人はどこまで優しいんだろう。

けどいまの私は、“何があったか”なんて言えない。


「大丈夫だってば。心配しないで。」


「そう? ……でさ、店主とはどんな話したの?」


ほら、来た。

やっぱり聞かれるよね。でも言えるはずがない。

“同じ能力の持ち主だった”なんて。


「ごめんね。今はまだ言えないの。夏祭りで話すことじゃないから…」


周りでは子どもたちがはしゃぎ、屋台の灯りが揺れているのに、

幸助だけはその喧噪から切り取られたみたいに、真剣に私の言葉を受け止めていた。


「でもね。いつか必ず話すよ。あなたが生きているうちに。」


幸助は微笑んだ。

けれどその奥に、ほんの少しだけ寂しさが揺れたのを、私は見逃さなかった。


「そっか。大丈夫だよ加奈。君にとって大事な話なんだろ? 待つよ。十年でも二十年でも。」


――十年なんて、簡単に言わないで。


加奈の能力を知る店主。

何も知らない幸助。

その“温度差”が、胸をぎゅっと締めつけた。


「十年なんて…そんな軽く言わないでよ。死んじゃったら意味ないじゃん…」


思わず口からこぼれた。


幸助は驚いて、少しだけ視線を落とした。


「…ごめん。俺、深く考えずに言った。加奈を傷つけるつもりなんて、全然なかったのに。」


違う。

悪いのは幸助じゃない。

こんな数字なんて見えてしまう私の能力だ。


「そうじゃないの。ごめん、変な言い方して。気にしないで。」


幸助はほっと息をついた。


「そっか…。ならよかった。でもさ、これだけは約束する。何があっても、俺は生きてる限り加奈を守る。」


その言葉が、苦しくなるほど優しくて、胸が熱くなった。


私は店主という“理解者”を得た。

でも幸助は、何も知らないまま、それでも私を全力で守ろうとしてくれている。


「…ありがとう、幸助。そう言ってくれるだけで、もう十分すぎるよ。」


本当にうれしかった。私の最愛の幸助にそんなことをいわれて

でも、このままだと泣きそうになる。だから私は、無理やり話題を変えた。


「ね、ほら。金魚すくいしよ? 店主さん、五号のポイくれたんだし!」


幸助は、さっきまでの心配を一旦横に置くように笑った。


「そうだな。せっかくの夏祭りだし、楽しもう。」


金魚すくいの水槽は、提灯の明かりを反射してゆらゆらと揺れていた。

金魚たちはひらひら泳ぎながら、赤と金の影を水面に映している。


「幸助、見て! あの金魚めっちゃかわいくない?」


「ほんとだ。あいつ、なんか“俺をすくえ”って顔してる。」


「金魚に顔とかないでしょ!」


笑った。ほんと、涙がどこかへ飛んでいくくらい。


私は五号ポイを水にそっと沈め、金魚の動きを目で追った。

破れにくいとはいえ、油断したら負ける。


「よし…今だっ!」


狙いの金魚がふわっとポイに乗った瞬間、幸助が横で声を出した。


「いけ! 加奈ならいける!」


その応援で、手が少しだけ震えた。

けど、なんとか、ゆっくり、そーっと…


ポトン。


「やったー! すくえた!!」


自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

幸助も本気で喜んで、私の頭をなでてくる。


「すげぇじゃん加奈! 一発目でいくとか、天才か?」


「ふふん、惚れ直した?」


「元から惚れっぱなしだよ。」


そんなふうに言われたら、もう勝てない。

心がふわっと浮く。


「幸助もやってみなよ!」


「よし、見てろよ~」


幸助はポイを構えたけれど、金魚は彼の動きをおちょくるかのように、ひらひら避けていく。


「えっ、なんで逃げるの。俺そんな怖い顔してる?」


「いつも優しい顔だよ。でも金魚にはバレてるんじゃない? 鈍くささ。」


「おい! そこはフォローしてくれるとこ!」


わいわい騒ぎながら、幸助はなんとか一匹すくった。

二人分の金魚をカップに移したとき、店主がぼそっと言った。


「…いいな、あんたら。ほんとうに、いい。」


その声はさっきまでと違い、穏やかで、どこか懐かしむようだった。


私は金魚の入ったカップを見つめながら思った。

この幸せを、大事にしなきゃいけない。

どんなに時間が残酷でも、奪われる未来が見えていても。


「幸助、帰りにさ…名前つけようよ、この子たちに。」


「いいね。じゃあ帰り道、二人で考えよ。」


こんな小さな約束でさえ、宝物みたいに思える。


私はそっと幸助の手を握った。


――今だけは、数字のことを忘れていいよね?


夏祭りのざわめきの中、カップの中で金魚がゆらりと尾を揺らした。

その水音が、ふっと胸の奥に落ち着きをくれる。


そして私たちは、花火を見るために少し離れた高台へ向かって歩き出した。

屋台の灯りが背中の方へ小さくなっていくほど、空気はひんやり静かになり、

それまで耳にまとわりついていた祭りの喧騒が、ゆっくりと遠ざかっていく――。

幸助が隣で、ふいに息を吐くように言った。


「さ…加奈。」


「ん?」


「普通さ、恋愛って…何度もするもんなんだろ? 失恋したら、また誰かと出会って、また好きになって…って。」


提灯の明かりの残り香を背に、幸助の横顔は夜の方へ向いていた。

その表情は、いつもの明るさじゃなくて、どこか“覚悟”を決めた人のそれだった。


「でも俺はさ…なんかもう、加奈以外考えられないんだよ。」


足元の砂利が、ぎりっと小さく鳴った。

静かな道に、その音だけが落ちる。


「だって…他の誰かと歩く自分が、全然想像できない。

 加奈とじゃなきゃ、どんな景色見てもきっと半分しか綺麗じゃないんだと思う。」


歩くたびに、二人の影が街灯に伸びて、ゆらいで、また重なる。

それがまるで、彼の言葉を肯定しているようで、胸が熱くなる。


私は答えようと口を開いたけれど、言葉がうまく出てこなかった。

幸助があまりにも真っすぐで、まっすぐすぎて、胸の奥を掴まれたみたいに苦しくなる。


「…そんな顔すんなよ。困らせたいわけじゃないんだ。」


幸助はふっと笑う。

けれどその瞳の奥には、隠しきれない本気があった。


「ただ…俺は本気だから。ちゃんと言っときたかった。」


やがて、高台に着く。

街の灯りが小さく瞬き、夜空は深く静かで、遠くで花火の準備を示す音が響いた。


私たちは並んで座り、しばらく無言で夜景を眺めた。

やがて――


ドンッ。


大きな花火が夜空に咲いた。

光がふわっと降り注いで、幸助の横顔を照らす。


その光に照らされた彼の表情は、さっきの言葉の続きのように真剣で、

なぜだか胸がぎゅっと締めつけられる。


「加奈。」


呼ばれた瞬間、花火の音が遠のいた気がした。


幸助がゆっくりと私の顔を見つめる。

茶化しも、甘えも、一切ない。

ただ、ひとりの人として、私を見ていた。


「…しても、いい?」


その小さな確認が、あまりにも優しくて、息が詰まる。


私は、言葉じゃなく、小さくうなずいた。


幸助は、花火の光に照らされながら、そっと私に顔を近づけてきた。

その動きひとつひとつが丁寧で、慎重で、まるで壊れものに触れるみたいだった。


そして――


唇が触れた。


甘さよりも、熱よりも、

“これが二人の最初のキスなんだ”っていう確かな重さがあった。


触れ合った瞬間、花火の音さえ消えて、

世界が二人だけになったような静けさに包まれた。


幸助は長くは触れない。

でも、決して軽くもしなかった。


離れたあと、彼は小さく息を吸い、真剣な目で言った。


「…加奈。俺、これからもずっと隣にいたい。」


胸の奥が熱くてたまらなかった。


私は小さく呟いた。


「…うん。私も。」


その瞬間、花火が大きく夜空を裂いて、

私たちの初めてのキスを、静かに祝福しているように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ