第四話 幸福の痛み
第四話公開します。
ねえ、加奈ちゃん私死ぬの
いや、私が死なせない。絶対に、
なんだこれは、私の過去なのか…
加奈ちゃん、なんでこんなこと…こんなことするの。私のことそんなに信用ないの…
親友じゃなかったの
最悪の過去、もうやめて、もうやめて、悪かった。すべて私が悪かったから…
「どうしたの、加奈ちゃんどうしてそんなつらい顔しているの、俺…なんかしちゃったかな」
「ううん…違うのただ、ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
「そうなんだね。何でも相談してよ、加奈ちゃんのためだったら何でもするよ」
幸助はそう言って、少しだけ眉を下げた。
その顔が優しすぎて、胸がぎゅっと縮まる。
“私のためだったら何でもするよ。”
その言葉が、最悪の記憶と重なってしまう。
あの時の愛理も、同じように優しかった。
同じように笑って、同じように私を信じていた。
──なのに私は、彼女を追い詰めた。
震える声。
泣きじゃくる愛理の顔。
隔離部屋の硬い金属音。
扉を叩く音。
それでも私は、愛理に生きていてほしかった。
「ただ、死んでほしくなかっただけなの……愛理……」
その時の言葉が喉につっかえたまま、いまも抜けない。
世界が少し揺れる。
水族館のざわめきが遠ざかっていく。
胸が痛くて、呼吸が薄くなる。
「……加奈ちゃん?」
幸助の声。
すぐ近くで、私を呼ぶ声。
私は無理やり笑顔を作った。
今にも崩れそうな顔を、なんとか繋ぎ止める。
「ほんとに大丈夫。ちょっとね……昔のことを思い出しただけなの」
「そっか。……でもさ」
幸助はゆっくりと私の横に立ち、軽く肩に触れた。
その手はあたたかくて、逃げ出したくなるほど優しい。
「加奈ちゃんが泣きそうになってたら、俺は放っておけないよ」
その言葉が、心臓の奥に深く刺さる。
なんでそんな顔するの。
なんでそんなこと言うの。
あと356日しかないなんて──どうして言えるわけがない。
私は唇を噛んで、震えそうな声を押し殺した。
「……ありがとう。幸助」
でも、その“ありがとう”の裏にある本当の想いは、言葉にできなかった。
「ねえ、あっちにペンギンがいる、行こうか」
「うん」
幸助は、何事もなかったかのように笑顔を見せてくれる。
本当にごめん、ほんとは、楽しいデートのはずだったのに
「本当にかわいいね。ペンギンも、加奈ちゃんも」
うれしい、これで普通の女の子だったらもっと楽しかったのに。
何で、こんなに寿命が短いの
せめてこんな能力なんてなかったら
私は、私の人生の理不尽さを恨んだ。
なんで、なんで私だけいつもこんなにならないといけないの
「どうしたの、ぼーっとして」
やばい、幸助に気づかれた。
「ペンギンに見とれちゃって」
「ペンギンに見とれている加奈ちゃんもかわいい」
もう嫌だ。ねえ….なんであなたは、そんなに寿命が短いの
「ねえ、加奈ちゃん。次はいるかショー見に行こうか」
私は、ふと心の中の声が漏れだした。
「いやだ…」
「え…嫌なの、ごめんね」
「いやそうじゃなくて、その…」
なんてこと言ったの私、幸助と行くところならどこでも楽しいのに
「わかるよ、たぶん違う嫌なんだよね」
「わかってくれるの」
「ううん、わからない、俺には、加奈の過去も、加奈ちゃんの気持ちも無責任に分かったなんて言えない」
少しの沈黙の後、幸助は、優しい顔をしてこう言った。
「でもね……」
幸助は、言葉を探すみたいにゆっくり続けた。
「全部を分かるなんて、俺にはきっとできない。でも……君が苦しい時、隣に立つくらいならできる。逃げないでいることくらいなら、俺にもできると思う」
ぽつり、ぽつりと落ちる言葉が胸に沁みていく。
「それが無責任だったら、ごめん。でも……加奈ちゃんが笑えるなら、俺は何だってしたい。守りたいとか、大げさなことじゃなくて……ただ、君を幸せにしたいんだ」
幸助はそこで一度息を飲んで、まっすぐに私を見た。
「……加奈。俺、君のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
その瞬間、胸の奥で何かがふっと溶けた。
恋は苦しい。
しんどくて、息がつまる。
ときどき、生きることと同じくらい残酷だ。
なのに──
どうしてだろう。
今だけは、私は世界でいちばん幸せな人間になれた気がした。




