第10話 帰省(2)
第10話書きました
母は私にこうつぶやいた。
「結婚なんてとんでもない。彼氏さん、なんか今にも死にそうな顔しているじゃないの。お前にはもっといい人がいる。」
その瞬間、胸の奥で、何かがぷつりと切れた気がした。
どうしてそこまで言えるの。どうして、私が選んだ人をここまで否定できるの。
そして“死にそう”──私が一番触れられたくない言葉。母が私の私情を知らないとはいえ、その言葉だけは聞きたくなかった。
気づいたら、口が勝手に動いていた。
「ふざけないで! お母さんに何が分かるの。私は、お母さんよりずっと幸助を知ってる。だから知ったような口きかないで。
しかも“死にそう”って……そんなのありえない。私の最愛の人が死ぬって言いたいの?
お母さんは私を不幸にしたいの? 私の“大好き”を壊すのがそんなに楽しいの?
……もう、お母さんのこと、お母さんだなんて思えない。さようなら。」
私は幸助の手をつかみ、そのままおばあちゃんの家へ逃げるように飛び出した。
その頃、家に残ったおばあちゃんは、母を勢いよく叩いていた。
「言っていいことと悪いことがあるでしょ! あんな立派な彼氏さんに“死にそう”なんて……。
あんた、旦那さんが亡くなってから変わっちまった。それまでは本当にいい子だったのに、どうしてだい」
母は震えながら吐き出すように言った。
「お母さんに……わかるわけないでしょ。
私の最愛の旦那が死んだとき、私はどうしようもないくらい悲しかった。でも、私は、旦那のぶんまで、加奈を愛したかった。幸せにしたかった。だから、間違ってほしくなかった、同じ地獄を見せたくなかった。私は、今まで、たくさんの人間関係に苦しんでいた。だから、加奈にはそうなってほしくなかった。結果として加奈をたくさん束縛してしまっていた。
でも、私が最も後悔したのは、旦那が死んで孤独になったときだった。
だから、
せめて──寿命の長い人と結婚してほしかった」
おばあちゃんは黙って聞いていた。責めもせず、ただ受け止めるように。
母はさらに続けた。
「……私、人の寿命が見えるの。
それで見たの。加奈の彼氏の寿命……“310日”って。
私は思ってたの。寿命なんてなくても、愛があればいいって。
でも違った。旦那が死んだとき、“なんで私だけ取り残されるの”って、ずっと思ってた。
友だちの旦那さんが生きているのを見るたびに、心の底から羨ましくて……恨めしかった。
だから、加奈だけは……あの子だけは、そんな人生を歩ませたくなかったの」
すべてを吐き終えたとき、おばあちゃんはゆっくりと口を開いた。
「そうかい。寿命が見えるのかい……。確かに、あんたは私の子だ。だから、その言葉が嘘じゃないこともわかるよ。
でもね、それでも──自分の痛みを、加奈にそのまま押し付けちゃいけないよ。
彼氏さんが死んだら、加奈は悲しむだろうさ。あんたと同じ道を歩むかもしれない。
でもね、今ここで二人の仲を引き裂いたら……あの子は、あんた以上の絶望を味わうよ。
長年の勘でわかるんだ。だから、これ以上あの子たちを壊すのはやめておくれ」
お母さんは、小さくうなずいた。
そして、おばあちゃんは柔らかく続けた。
「それとね……あんた、本当につらかったんだろう。
自分だけ寿命が見えるなんて力を持って、誰にも言えず、誰にも頼れず……孤独だったんだろう。
よく頑張ったねぇ」
母は、昔のことを思い出した。
あの事件、忘れることはない。
焼野原事件
あの事件は、人生に絶望した男性がやけくそで家を燃やした。その火が燃え移り、この周辺約20軒燃え移った事件。
母は、友人と一緒に助けに回っていた。しかし、助け出そうとした人のうちの一人が残り数分しか寿命がなかった人であった。
たぶんここで死ぬのを悟ってか、母は、その人を助けるのをあきらめていた。
その時友人は、「早く助けよう!なんでただ、立ちすくんでいるの」と言った。母は、「どうせ死ぬよその人、だから、助けても無駄だ。」といった。
その時、空気が変わった。
逃げ遅れた人の家族だったか、その男は、私を殴った。
私の友人は、私の眼を軽蔑したような目で言った。
「不謹慎だ。お前には、人の心がないのか」
と言われた。
その時母は気づいた。
これは言ってはいけなかった。
だって、その場にいた誰もが、「まだ助かる」と信じていたから
その時から、母は、演じ続けていた。
どんなに、頭の数字が短かったとしても。
「大丈夫あきらめちゃだめだよ。」
とたすかる希望がさもあるように、演じ続けていたのだ
本当は、希望なんかないのに…
母は、その場で泣き崩れていた。
「おばあちゃん……ほんとに、つらかった……。
みんな死ぬ直前まで希望を抱いて……死ぬってわかってても手放さなくて……。
だから、私は、誰一人理解されなくて……誰にも話せなくて……ずっと、ずっと、しんどかった……」
おばあちゃんは母をそっと抱き寄せた。
「そうかい、そうかい……。よく頑張ったよ。
今だけは、昔みたいに甘えておくれ」
母はおばあちゃんの胸に顔をうずめ、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。




