エイリアンの卵
宇宙人並びに如何とも形容し難い隣人を住まわしておく事の意義。
私の周りには、基本的に宇宙人しかいない。それは、他の星から実際にやって来た異星人という意味ではなく、想像不可能な他者として立ち現れてくる、ということである。その距離は無限に遠いようであり、しかし誰もが等しくその彼方にいる。むしろ、ひとつの生命体が姿形を変え、私の前に顔を覗かせていると言った方が正確かもしれない。
私がそのように感じているということは他者からも概ねそのように感じられているのだろう。これらは鏡像の関係にあるのだ。私が彼ら彼女らの事を異邦人であると認識していれば、彼ら彼女らの方も同様にそうである。万が一そうではなかったとしてもその錯覚が排他性の現れである。捉えていそうで捉えられないこと、捉えていたはずのしっぽがすり抜けていくこと、景色が崩壊していくこと、茅葺き屋根の質素な家屋がガラガラと音を立てて瓦解すること、歴史が欠落していくこと、絵画を押し込めていた額縁がほろほろと溶解しその形を失っていくこと。距離が……我々の間にしかと横たわる距離が、それを告示するだろう。
しかし、他者は余りにも遠いということを強調したいわけではない。むしろその逆で、余りにも近いのだ。近くて遠いこと。近さとは距離の話ではない。その……その存在が……。
「……つまり、君の主張はこうだね? 何らかの大いなる存在が我々の根っこに横たわっており、言語や習慣、文化、宗教、歴史、芸術などの我々の”特徴的な”風習によってそれが覆い隠されてしまっていると言いたいんだね? それらが我々を不可逆的に分解してしまっていると。元々ひとつであったものを無数の星の欠片に分割してしまっており、それが我々を蝕んでいると」
「う〜ん……何か違う気がするなぁ。何が違うのかは分からないけど」
「得体の知れない”エイリアン”がいて、その身体のどこかに”私”や”彼ら彼女ら”がそれぞれ集約されている。そして私や彼ら彼女らの距離が余りにも離れすぎているが為に、そのエイリアン性が析出しているというわけではないのか? バイパスとなるエイリアンの身体が、我々を妨害し滑らかな回路を遮断している」
「君のその説明だと、何らかの偉大な生命体に統合するためにあるいは傑出した目的のためにいらないものは全て排除してしまおうと言っているようだ。その異邦性が我々の結びつきを阻害しているかのように聞こえる」
「違うのか? 」
「それはあくまでも結果論に過ぎない。特定の文化や歴史がそれを阻害しているように見えたとしてもそれが必ずしも思った通りの働きをしているとは限らない。まやかしとは異邦性のもたらす鳴き声みたいなものだ。特徴的であるように思える。少なくとも我々の目に映る姿はそうだ」
「では……」
「しかし……我々の間にのっぺりと横たわる距離が、煩わしいかのように思える距離が、腹立たしささえ覚える距離が、我々の欠片なのだ。こぼれ落ちた星の結晶なのだ。エイリアンとは何も特別な存在ではなく、私のことであり、そして彼ら彼女らのことでもあるのだ。私や彼ら彼女らはエイリアンの働きによってオーバーレイされているのだ。我々をエイリアンの一器官としてみれば他者は果てしなく遠く感じられ、それらが脱落すれば余りにも近く感じられるのだ。理解不能な隣人が耳をつんざくような金切り声で叫ぶ意味不明な文言がひょっとしたら私の心臓を駆動させているの”かも”知れないのだ。巨大なエイリアンの身体にメスを入れて、グロテスクな色合いをしたビクンビクンと震える得体の知れない何らかの器官、あるいは物質、あるいは本当に形容し難い何かを取り出したとしてそれをどうしようというのだろうか? ポイっと捨ててしまうのだろうか? それともむしゃぶりついてまた新たな身体の糧にしようとでも言うのだろうか? それが何かも分からないのに? 」
「でもそれはいつか排出されるものだったのかも知れない」
「その通り。しかし、右も左も分からない我らにとって、何がエイリアンの礎であり、何が排斥すべきものであるかなんて誰にも分かりやしないんだ。だから……そう、だから……理解不能な隣人を、異邦人を、エイリアンを住まわせておくのだ。どこでも良い。ただどこかへ置いておきさえすれば。それらはいつまでも待ち続けているのだ。いつかそして唸るほど昔に、我々の指となり、爪となり、足となり、目となり、鼻となり、耳となり、萌芽となり、歌となり、ひいてはカラカラに干からびた我々の心臓を駆動させる、その時を。我々はエイリアンの卵を守らなければならない。なぜならば我々はみな生まれきっての異邦人だからだ」




