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Amanoru

作者: Amanoru

薄暮の祖笛町、養老の山々に隠されていく夕日を左頬に含んだ。彼女は右頬に。東から僕らを楽しめばそれは、ロマンチックな画になっただろう。観測者はいない、僕らだけの時間。僕らは同じことを想像している。それは過去でも未来でも現在でもない、僕らはこの世に存在していることを忘れている。「好きだよ。愛している」僕は自分の語彙力を憎んだ。「私も、愛してる」その言葉の響に、僕は彼女が喉を震わせ唇を開いたことさえも忘れてしまう。僕の中には彼女と彼女の言葉しかなく、それが僕の世界だった。これほど幸せなことは無いと、本気で思った。

しばらく僕らは愛の波に身を漂わせ、そして家に帰った。「スマートフォンを介して会話しても、満たされないね」「君と離れていても話すことができるんだ。この機器に毎日感謝してるよ」「君じゃないよ。名前で呼んで」「そうだった、----」「うん。満足よ」こんな短い会話の連続が生を実感させた。自分は愛により生まれ、愛により育ち、今愛を育んでいる。その事実は心地よい温かさを心に灯し、親に強く当たったことや、自分は不幸で恵まれていないと思っていた頃の自分の未熟を掘り返し、僕に僕を生かす全てに感謝するように促しながら涙へ姿を変えた。ある一定の愛を手にしてしまえば、心身に染み込んで静かにしていた幸福感が全身を温めるために動き出す。僕らは互いに、毎日その感覚を得るために生きていた。

「ねえ、今週の土日遊びに行かない?」「いいよ、どこ行こうか」「大名古屋ビルヂングの屋上にある、イルミネーションを見に行きたいの」「いいね、いいよ。そしたら晩御飯も一緒に食べられるね」「食べたいね。それなら、ショッピングも一緒にしたいな」「ショッピングなら、僕は服屋と本屋かな」「私はFrancfrancとかケイトのリップとかCICAクリームとか、真冬用のアウターとか見に行きたい」「全部見に行こう、1日で足りなければ、日曜日も使ってしまえばいいよ」「やった、嬉しい」

僕は15で彼女は16。誰もが誰にも言い聞かせることができないような妄想を始める時期の真ん中だ。僕から告白をして、彼女は同じ気持ちだと答えた。正直に言うとその時僕は少し怖かった。これから僕は運命の人に出会って、大恋愛の毎日を過ごし、そして僕のここ、胸の内に眠った心臓のような愛のハートを脈打たせるんだ。そんな痛々しい僕の理想の大恋愛の妄想が、もうほんの少し勇気を持って彼女に時間を費やし、コミュニケーションを取ってしまえば、現実に実現してしまうような、そんな感じの小さな恐れ。

僕は、タロットの大アルカナでいえば隠者であろう。自分の心の内にまで耳を潜めて、自分の醜い本音を塞いでしまわないように聞き探っている。歴史上のどこの誰かは忘れたが、人は誰しもがペルソナを駆使して生きていると考えた。人は大きな人海の波を生き抜くためにあらゆる環境でペルソナを駆使している。それが人の人格であり心なのだと。それならば、僕が僕と接する時にはどのような仮面を被っているのだろう、それともそれは素顔であろうか、僕はそれが知りたいのだ。それを知ることができれば、彼女にも素顔を見せてやれる。


狭山池町、深く深く色が楕円に沈んで、黒がその表面を優しく撫でて赤い光を吸収していく時、わたしは東の空にオリオン座を見つけた。目の前には大好きな男の子。わたしの心は好きという気持ちで侵略されて、頭も心も体も、この人のおかげで何の動作もすることができなくなっていた。ただ、目と喉と唇だけは欲望に満ちていた。太陽はどこへ行ってしまったのだろう、この人の姿を照らして欲しい。長閑な惜春の気持ち香る夜、わたしは------が好き。

彼と物理的距離が離れてしまっても、心の距離はスマートフォンによって確かめられた。彼の言葉は暴風のようで、その短い言葉の連なりはわたしの体を震わせ、心を動揺させた。彼を正々堂々愛すことができる資格、それを持っているわたしは、わたしの世界の中で唯一無二の無敵であった。なぜわたしはこんなにも彼のことを好きなのだろう、そんな1ミリも悩みとは思えないような悩みが確かに降り積もってわたしの心を彼が支配する。

今週の土日、デートの約束をした。今日はまだ火曜日、時期がもう少し遅かったら焦熱地獄のようになっているだろう。わたしの想いがきっとそうさせる。

今日は水曜日、自分をタロットの大アルカナに例えてみて、と彼に言われた。大アルカナを詳しく知らなかったわたしは調べた。そしてどうやらわたしは1つに決められない質らしい。ある気持ちは戦車でありまたある気持ちは悪魔であった、22のアルカナより1つに決めるとするならばわたしは、希望を込めて星のように輝きたいと思う。


僕/わたしが何千年も前から結んでいたように感じる約束の日、僕/わたしが幾千の時を超えて果たす運命の再会の4分前、地球が亡くなった。地球はまるで牛スジでとったダシの中で、2晩じっくり火を入れた鶏つみれのように軽く咀嚼され、瞬く間に崩れて散開した。1つ1つ漆黒の無限に輝く遠く星、太陽、月、一瞬にして広がる暴力的な非現実と宇宙そらは、愛を知るほとんど全ての生物に平等に感動を与えた。そこに僕/わたしは含まれていなかった。わたし/僕もそんなことはどうでもよかった。そんなことに僕/わたしの思うところはなかった。僕/わたしが想っていたのは、ただ1つ、たった1つ。身体のタンパク質が破裂しても、その想いはここにある、


「 かのじょがまっている 」


「 かれしがまっている 」


あのひとのもとへ


僕/わたしは再会した。想いあって惹き付けあった。身体はないけれど、確かに意識が彼女/彼の胸に頬を擦り付けていた。愛おしい。幻でもよかった。確かに感じるその感覚が僕/わたしの世界だった。


その時僕は気づいた。僕らはお互いを惹き合い尽くしたのだ。僕らは約束の、会うその時まで待てなかった。好きという想いに比例するその引力が猶猶強まることを望んでいた僕らが、地球の中心に集中し続けていた重力、引力を僕らのランデブーのために利用してしまったんだ。きっとこれは奇跡なんだ。この宇宙そらを背景に煌めく君は、どんな星より美しい。


わたしには、彼が見えた。それが幻だとしても、確かに彼の愛を感じた。死んでいる身体を脱ぎ捨てて、彼への愛情だけが今、この宇宙そらを羽ばたいている。この一波の宇宙の中にわたしたちは在。けれど無限に広がり続ける宇宙のどこにいるのかは誰にもわからないでしょう。わたしたちだけの時間、わたしたちはゆったりぐるぐる回りながらあなたも知らないどこかへ、ランデブー。

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