森の奥へ
深夜の森で王女様との邂逅――そういえば、と俺はゲームの出来事を思い出す。彼女はイベントなどで剣士風の衣装に身を包んだり、町の人間のような服に着替えたりと、色々な衣装に身を包んでどこかへ出かけたりしていた。それはゲーム的なイベントだと思っていたけれど、現実になった今でも同じらしい。
で、目の前の光景がある……王女様がここにいる理由だが、魔物討伐を行った後、ここに魔物がいるということで調査にやってきたのだろう。この点についてはゲームと違うように思えるが、さすがに一から十まで同じだとは思わないし、特段変だとは思わない。まあ、どうして王女様が傭兵の格好をして単独行動をしているのか、というのは最大の疑問だし、いくら何でも危ないだろと思うのだが。
「……ごめん、知り合いに遭遇して驚いたんだ」
俺は少し緊張しながら返答した。今まで単なる同業者だと思っていた相手が王女様だったのだ。ただ俺が正体を見破ったことは当然彼女はわからないので、傭兵シャルとして接しないといけない。
なんだか胃がキリキリ痛みそうなんだけど……そんなことを思っている間に王女様は笑った。それはやはり、俺なんかに向けていいのかと思うほどに美しい。
「そうですか。しかし夜の森で遭遇するなんて、偶然にしても無茶苦茶ですね」
「……聞き返すようで悪いんだけど、そちらはどうして?」
「依頼を請けたんです。森に魔物がいるから調査してくれと」
「こんな真夜中に?」
「昼間の方が魔物がうろついていて、危ないと判断しまして」
ここについては事実なのだろう。俺も夜に調べようと思ったくらいなので。
「ラグナさんはどうして?」
「……俺も仕事だよ。ただ知り合いからの依頼だ」
俺はもっともらしい嘘をつくことにする。
「山の方にある薬草を採ってきて欲しいという依頼だ。ただし、そちらが言ったように昼間は魔物がうろついていたから、おとなしくなった夜にしようと思って」
ちょっと苦しいかな、などと思ったのだが彼女は俺の話を受け入れた様子。
「なるほど、わかりました……ただ、薬草採りは止めた方がいいと思います」
「どうして?」
「森の魔物ですが、どうやら夜は奥に集まっているみたいです。なので、ラグナさんが行く方角には魔物がたくさんいるかもしれません」
「集まっている……それは、同業者からの話?」
「ギルドからの情報です。ギルドはたぶん、騎士団から情報をもらっているんでしょう」
「そう、なのか……ん、調査といっても具体的には何を? 騎士団がいるなら、索敵魔法とかで魔物の数とか調査できないのか?」
確か、先日行った魔物討伐も事前に魔物の数などを索敵魔法で調査していたはず。ここでも同じ事をすれば、わざわざ王女が動く必要はないと思うんだが――
「ラグナさんは先日の魔物討伐に参加しましたよね?」
「ああ」
「その魔物とは違う……索敵魔法でも、霧が掛かったように数などを特定できないそうです」
それはたぶん、魔物の王であるオルザークが何か仕掛けを施したのだろう。
「騎士団は私達剣士なんかにも情報を募るべく、情報を流した」
「それで、シャルさんは依頼を請けて調査している」
「はい」
「なら……シャルさんは、危険な、魔物がいる場所へ行くのか?」
「はい、調査名目ですけど」
……ここで「王女様だろ」と告げて町へ返すというのも一つの手だ。彼女は今から向かう場所にいる存在が世界に破滅をもたらす危険性があるほどだとわかっていないのだ。
ただ、ここで俺が説得したとして、聞き入れてくれる保証はない……むしろ「それだけ危険であれば調査は続行」だと言いかねない。彼女から発せられる気配から、俺はそれを深く感じ取る。
彼女は調査としてここにいる。それはおそらく事実だろう。なら、魔物と交戦してしまった場合に助力できる人間が必要だろう。
「わかった……シャルさん、俺も付き合うよ」
「え?」
「事情があって、俺も薬草を諦めるわけにはいかないからな。ただ、危険だと判断したらおとなしく逃げるよ。それまで、調査に付き合う」
王女様は俺の言葉に動きを止めた……予想外の返答だったらしい。一瞬、引き返した方がいい、と言いたそうな顔をした。
ただ、俺の方も退く気はないという意思を感じ取ったらしく、やがて彼女は頷いた。
「わかりました……ならば、一緒に行きましょう」
俺も頷き、並んで歩き始める……王女様――ふと、ゲームではシャル王女と呼ばれていたなと、思い出す。
そんな彼女との出会い。これがどういう意味を持つのか。俺は横にいる彼女を意識しながら、森の奥深くへと歩み続けた。
夜の森の中で俺と王女様の会話はほとんどなく、やがて森が開け目の前に崖が現れた。そこで覗き見える崖下に光があるのを認めた瞬間、王女様は明らかに警戒を示した。
「光……?」
反射的に彼女は自らが生み出した明かりを消す。俺もそれに倣って明かりを消すと、彼女と共に屈みながら崖下を覗き込んだ。
崖下には森ではなく小さな平地が広がっていた。その先に山の麓があり、森林地帯の中で唯一開けた場所であった。
その平野には明かりが存在し、さらに魔物が多数いた。俺が『終焉の剣』を手にした時に戦ったような動物を象った個体を始め、他にも白銀の鎧に身を包んだ人型の魔物もいる……見た目からは完全に甲冑騎士なのだが、滲み出る気配が明らかに魔物のそれであった。
そういった魔物が、目算で百以上。数を見て、横にいた王女様――シャル王女は呻いた。魔物の数だけではない。おそらく発せられる魔物の力を目の当たりにして、驚愕しているようだ。
俺が先日戦った魔物とは違いすぎる大きな力を持っている。もしここにいる魔物が町を襲ったら――そんな想像を彼女はしたに違いない。
しかも、魔物はどうやら増えている……というのも、魔物の中には魔力を発して新たな魔物を生み出すような個体がいる。それは岩のようにゴツゴツとした見た目をしており、その体内から魔物が出ている……俺はゲームで見たことがある。あれはオルザークが用いた魔物を生成するための存在だ。
しかし王女様は初めて見るものである以上、この状況自体異様なものだと映っただろう。
「これは……一体……」
シャル王女は呟く。俺はそれを耳にしながら、じっと平野を見据える。明かりがあるということは、魔法を使う存在がいる……魔物の王、オルザークは人の知識を有していて魔法を使えた。ここに魔法の明かりが存在しているということは、この場にオルザークがいるという可能性が高い。
そして、俺は見つけ出した。多数の魔物がいる中で、黒衣に身を包んだ人間の姿を。
「……え?」
そしてどうやらシャル王女も気付いたらしい。視線の先にいたのは黒衣の人間。だが彼女であれば、発する気配から魔物であることには気付いただろう。
「魔物の群れ、なんて表現では済まないな」
俺はそうした中で言う。
「これは、軍勢だ。魔物の……軍勢」
王女様はそれに首肯。ここで俺は彼女を見やり、
「どうするんだ?」
「……依頼は達成しました。すぐに騎士へ連絡します」
俺よりも彼女の方が圧倒的な説得力がある以上、任せて問題ないだろう。その中で俺は何をすべきか――そう思った時だった。
突如、魔物が動き出した。狼のように四本足を持つ個体を中心に、散開する。何事かと俺が思った直後、黒衣――魔物の王、オルザークの視線が俺達を射抜いていることに気付いた。
「まずい……!」
俺が声を発した直後、シャル王女も察しすぐさま森へ視線を向けた。
「すぐに森へ!」
彼女が走り出し、俺はその後に続く。だが、森中に気配を感じ取り立ち止まった。
俺達を見つけたと同時に魔物が動き、その速度はこちらが逃げようとするより先に囲むほど……森の中から威嚇のためか獣のうなり声が聞こえてくる。強引に突破することはできるだろうが、間違いなく魔物と戦う間にオルザークに背中を狙われる。
危機的状況……俺は横にいる王女を一瞥し、彼女だけでも助けないと――そんな思いを抱く間に、崖下から男性の声が聞こえてきた。