再会
渓谷周辺の魔物をあらかた片付けた時、戦闘開始から二時間が経過していた。発見した魔物は全て瞬殺し、一体あたりの戦闘は極めて短かった。
しかし、短くとも剣が持つ機能はそれなりに解放できたはず……二時間動きっぱなしだったのだが、疲労感はない。剣に魔力を込めることで発動した機能によって、体力なども自動回復する。この調子だとどこまでも――それこそ、一昼夜戦い続けることができるかもしれない。
そういったことも今後検証していく必要があるだろうか……と、思いつつ今後のことを考える。
「残る日数を考えると……今から王都へ向かわないと間に合わないよな」
身体能力が強化された今なら、全速力で移動すれば魔物の襲来までに王都へ辿り着くことはできるはず。なら――そこまで考えた時、あることに気付いた。
「いや、待てよ……そもそも、王都で待ち構える必要はないのか」
魔物の王、オルザークについてはゲーム上で突如王都に出現した。しかし王都の近くに潜伏していたわけではなく、どこからか魔物と共に押し寄せてきていたはず。
ではその場所はどこか……俺は空を見上げる。剣の性能を多少なりとも解放したためわかる――ロイハルト王国において西部に位置する場所から、空へと立ちのぼる殺気立った魔力を感じ取ることができた。
「まだ距離はあるが……間に合うか?」
自問自答しつつ、俺の足は西へと向かう。全ては犠牲者を出さないようにするため――
国境にも近い場所に存在する山脈地帯から最寄りの町へ、俺は数日掛けて辿り着く。町の名はレトリカ。入口を抜けた瞬間、すぐに雰囲気が普通の町とは異なっていると気付いた。
通りを歩く人の表情が皆一様に硬い。加えて兵士の姿が多い……俺は宿を手配した後、昼間から開いている酒場に入って同業者の男性から話を聞くことに。
「兵士が多いのは魔物が山岳地帯に現れたらしくて、その対処のために騎士団が来ているんだよ」
どうやらそれで物々しいらしい。国は魔物の気配を察知し調査のため部隊を派遣した……は、いいのだが、さすがにそれが強大な存在なのかの判断はついていないだろう。
ゲームでは王都へ攻め込んだわけだが、その準備をこのレトリカ近くでやっていたようだ……俺は山の方角を見据える。遠くからでも観測できた殺気立つ魔力が強く感じることができる。その中で特に強い気配が山の麓にあって、剣によって能力が向上した俺なら、一時間と経たず到達できる場所だ。
「どうするかな……」
力は得た。でもさすがに、単身オルザークの所へ向かって倒せるとは思っていない。ただここまで来て何もせず、というのも避けたい。
色々と頭を悩ませた結果、ひとまず山の中にある気配……オルザークが率いる魔物について確認すべきという結論に達した。
「今から向かうべきか? それとも、夜……うーん、どっちの方が見つかりにくいんだろう?」
再び意識を山へ向ける。そこで、森の中に群れのように固まって動く魔物がいることに気付く。
「騎士が来たことで魔物を斥候として出しているのか……? 少し、様子を見た方がいいか」
王都へ侵攻するまで日はもうない。一両日中に決断をしなければならないだろう……そう思いながら宿へ戻ることにした。
やがて夜を迎え、俺は気配を探り魔物が山のある一点に集結したのを確認。森を抜けるのは問題なさそうだったので、調査に向かうことにした。
魔物を集めているのは騎士達が夜に動かなくなったためか……それとも、いよいよ集結し進軍を開始しようとしているのか。どちらにせよ兆候であるのは間違いなさそうだし、いよいよタイムリミットは近づいている。
動き方としては、まず魔物を確認し騎士達に状況を伝える。魔物の数や規模などを克明に伝えれば、俺の発言でもある程度は聞き入れてもらえるだろう。
そして王都へ攻め寄せる前に食い止める……全てを知っている俺の行動でどこまで犠牲を減らせるのか。プレッシャーに押しつぶされそうになりつつ、俺はゆっくりとした足取りで山の中へと向かう。
まず町の外、街道に出ると月明かりくらいしか光源はなく、昼間見えていた山も輪郭すら見えない……その中で立ちのぼる気配だけは明瞭にわかる。俺はそこへ向け歩み、やがて森へと入った。
「……明かりはない方がいいか?」
一応、気配をつかめば歩けるし、剣の備わった能力かわからないけど暗視の魔法みたいなものも使えるようになっている……のだが、周囲に魔物の姿はないし俺の存在を見咎める者もいない。
肉眼で視界は確保しておきたいかな……というわけで俺は魔法の明かりを生み出し、森の中を進む。
念のため周囲を確認しつつ進むつもりなので、想定よりも時間は掛かるかもしれない……そんな風に考えた時、俺は一つ気付いた。
「……あれ?」
俺は森の中に気配を見つけた。それは魔物ではなく、人間のものだ。
発せられる魔力は洗練されており、普通の人とは明らかに違う――町に入って俺は様々な人の魔力を捉えた。その結果、森の中にいるのは兵士や騎士といった、戦いの中に身を置く者であると理解する。
「でも、一人だぞ?」
首を傾げる。例えば魔物の調査であれば兵士や騎士なら複数人で行動するだろう。けど、たった一人で森の中を進んでいる。しかもその方角は明らかにオルザークがいる場所だ。
「……どうする?」
俺は呟きつつ、明かりの光量を少し落としてそちらへ歩む。魔力を捉えても誰なのかまでは判別がつかない。兵士や騎士なら鉢合わせになっても何をしているか聞かれる程度で終わると思うが、同業者の場合はどうか。
「さすがに魔物の所へ向かっている以上、無関係というわけじゃないよな……確かめないとまずいか」
俺は気配のする方向へ足を進める。ガサガサという音を立てつつ歩んでいると、まだ距離はあるのに立ち止まり、どうやら俺のいる方角に注意を払っている……相手も俺のことを気づいたらしい。
やはり同業者だろうか……胸中で考えながら向かうと、その人物の姿が見えてきた。そして、
「あれ、ラグナさんじゃないですか」
その人物は、俺に向けて声を放った……女性の声であり、その姿を視界に映した瞬間に、固まった。
――装備は革製の鎧と腰に剣。出で立ちとしては傭兵であり、格好に憶えはあった。
それは間違いなく、先日の魔物討伐の際に出会ったシャル=アルテンのもの……だが、着ているのは別人だった。
「お互い様だと思いますが……どうしたんですか? こんなところで」
俺へ向け屈託無く語るその姿は、間違いなく彼女のものである――けれど、顔立ちが違う。長い栗色の髪と、暗い森の中で一切輝きを失っていないその笑み……声は、魔物討伐で出会った時、そのままだ。
――間違いなく、その姿はシャルミィア王女だった。王女がなぜシャルの格好をしているのか、そしてどうして彼女がここにいるのか、どうして俺のことを知っているのか……様々な疑問が浮かび上がり、俺はどこまでも沈黙してしまった。
「……ラグナさん? ラグナさーん?」
名を呼ばれる中、唯一わかったことがある。なぜ傭兵シャルの格好を王女様がしているのか。俺の名を知っているということは、王女様と傭兵シャルは同一人物……たぶん幻術か何かで姿を誤魔化していたが、『終焉の剣』を手にしたことで、彼女の魔法を貫通して本当の姿が見えている。それだけは理解できた。