剣を手にして
剣を引き抜き一息ついた直後、俺は今までにはない感覚を得ていることに気付いた。それは魔力に関することだ。
優れた剣士は、体に魔力をまとわせて戦う――それは体を保護する防具となり、あるいは身体能力の強化にもなる。さらに言えば魔力を察知する能力も向上し、気配をつかむことだって容易にできるようになる。
剣士として弱い俺はこうした能力が低く、技法を扱うことはできるけど必要最低限といったレベルだった。魔物と戦うにはあまりに心許ない……だが、剣を抜いて状況は変わった。今の俺は体の奥底から湧き上がる魔力を自由自在に扱える。どれだけ鍛錬しても手にできなかった技術……それを体得し、体の内に秘めていた魔力に内心驚いた。
剣は魔力を利用した技法まで提供してくれるらしい……そのおかげで自分の魔力を完璧に制御し、周辺の気配を探れるようになっていた。
結果、渓谷内に魔物はいないが渓谷が存在する森に魔物がいることがわかった……俺は『終焉の剣』について、能力を思い出す。ゲームと同じ特性だとすれば、この剣は使えば使うほど強くなることができる。
ただそれは、ゲームで言うレベルアップとは少し違う。剣の所持者が強くなるのではなくて、使えば使うほどこの剣に備わっている能力を行使できるようになる。俺自身の魔力を剣に込めることで、その能力が使えるようになる、という形だ。
こんな特性を持つ『終焉の剣』が一体どういう物なのか気になるけれど……ゲーム上でも詳細はなかった。もしゲームが続いていれば、語られる日もあったのだろうか。
ともかく、剣は手にした。後はこれを俺が使いこなせるかどうか……そして、オルザークという魔物の王を倒すことができるのか。
疑問ばかりだが、剣を手にした以上はやるしかない……頭の中で王女様の姿を思い起こすと共に剣を軽く素振りし、刃を見据える。
腰に差している剣と比べると、少し刀身に厚みがある……のだが、俺は今まで使っていた剣を頭の中でイメージする。それによって剣が光り始め――腰に差した剣とまったく同じ形状に変化した。
剣の特性についても抜いた瞬間から頭に入っている。これは魔力によって作られた武器であり、手から離れてもすぐ引き戻したり魔力として身の内に入れたりもできる。そして今やったように、形状だって変えることができる。
剣を自由に出し入れできるなら腰に剣を差す必要もないが、さすがに手ぶらで剣士として動くのはまずい。よって俺は腰の剣を引き抜き、代わりに『終焉の剣』を収めた。
残った剣はどうしようか、と思った時に『終焉の剣』が突き刺さっていた場所に目を向け、そこに刺した。特段意味はない……のだが、これからは『終焉の剣』を使って、戦う……過去の自分と決別する、という意味合いも少しだけあった。
洞窟を出る。そしてすかさず浮遊魔法を使用する。
今までの俺なら、この魔法を扱うだけで四苦八苦していたのだが、剣を手にした俺は違う。スウッ、と足が地面から離れると、そのまま一気に崖上へと向かう。
俺は魔法を自由自在に制御し、その気になれば大空へ飛翔することもできるくらいになっていた。これが剣の力かと内心で驚く間に、崖上に到達する。
さて、どうするか。現時点ではまだまだ剣を使いこなせているわけではないので、オルザークと戦っても敗北は必至。なおかつ時間もない……すぐにでも魔物と戦って剣の能力を引き出すべきだ。
俺は目を閉じる。そして周囲の気配を探ると森の中に存在する魔物の動きが明瞭となった。
「まず、魔物を倒そう」
剣を手にしてどれだけ強くなっているかの確認にもなる……決断し、森の中を駆ける。雑草や木の枝などが邪魔をするのだが、魔力を体にまとわせ当たっても痛くないため、邪魔などと感じることなく動ける。
気配を感じる方向へ足を進めると、やがて魔物の姿を視界に捉えた。見た目は、灰色の体毛を持つ狼。魔物、といってもその種類は千差万別であり、自然界に存在する魔物は同じ見た目をしている個体はない。もし画一的な魔物ばかりなら、それは間違いなく誰かが生み出したものだ。
目の前にいる狼は、自然に生まれた個体……魔物がこちらに気づき、威嚇してくる。だが俺は真っ直ぐ魔物へ足を向ける。剣を抜き放つと、意識しないまま強く握りしめ、魔力を込めた。
その所作は、今までの俺とは違う……魔物と戦う時に右往左往していた頃の自分はいない。目の前の標的を倒すために――剣の力によって強化され、肉体的にも精神的にも大きく違う自分がいた。
内心でこの変化に驚く自分もいたけれど、視線は魔物を射抜き冷静に思考できている――魔物がこちらの首筋を狙うべく跳躍した。だが俺はその動きを予測し、剣を振った。
勝負は一瞬。迫る狼の頭部へ剣戟を叩き込むと、あっさりと刃が魔物を斬った。感触はほとんどないままだったが、魔物は力をなくし地面に倒れ、塵と化す。
「……戦えるな」
一つ呟いた後、俺は別の魔物を見つけた。同じ狼の姿をしているが先ほどよりも一回り大きく、その体毛は青色だ。
魔物はこちらに気付くと突撃してくる。人間を見つけた時の反応は魔物でそれぞれ違うが、あの狼は好戦的な性格らしい。
以前の俺なら、足が竦んでしまう状況だったが……剣を構え直す。それと同時に体当たりを仕掛けてくる魔物へ、真正面から剣を振り下ろした。
勝敗は――斬撃が魔物の頭部へ当たると腕に衝撃が伝わってくる。結構な大きさの個体であり、正面から激突したら吹き飛ばされてもおかしくないが、今の俺は衝撃を難なく受け、ダメージもない。
そして剣戟によって魔物の勢いがなくなり、頭部に刃が入ったことで消滅する。
「……楽勝、というレベルか」
感想を述べつつも、俺は油断なく周囲の気配を探る。先ほどの魔物、正面から当たっても問題ないと判断して戦ったが、本来なら攻撃を避けつつ切り結んだ方がいいだろう。
そして、二体の魔物を撃破したことによって先ほどまでとは異なる変化を悟る。ほんの少しだけ、剣から露出する魔力量が増えた。
魔物と戦い、剣を使えばそれだけ応えてくれる……俺は森の中に存在する気配を探り周辺にいる魔物を倒すことに決めた。来たる決戦までに剣を少しでも使いこなせるようにしておくべきだ。
どれくらい時間が掛かるのかはわからないが、ここで経験を積むことで魔物の王に対抗できる確率が上がるはず……決断と同時に俺は魔物の気配がする方角へと向かう。
戦意を抱いた瞬間に集中力が高まった気がした……どこまでも戦える。そんな気さえしてしまう。ただ、これは力を手にして高揚しているだけだ。
ゲームの主人公だったリュンカは元から強かった。けれど俺は最底辺の傭兵……素の力差がある以上は、今の俺は主人公と比べて確実に弱いはず。
だから、少しでも強くなるために……そういう思いを抱きながら次の魔物へ剣を振るう。最初に交戦した魔物を倒した時と比べて、少しずつ動きが良くなっている気がする。
とはいえ、果たして魔物の王を倒すことができるのか……不安を抱きつつも、俺はひたすら剣を振るい続けたのだった。