自分にできること
ゲーム『ワールドエンド・アルカディア』の主人公、リュンカが手にした武器は『終焉の剣』と呼ばれる物だった。これはリュンカの功績によって付けられた名称であり、剣本来の名前ではない。
彼はロイハルト王国に押し寄せる魔物との戦いの中で、とある山の谷底に迷い込んだ。そこにあった小さな洞窟内に、岩に突き刺さった剣を見つけ出す。
それを引き抜いたことで力を得て魔物を倒し始め、ロイハルト王国は彼を城に迎え入れて反撃を開始する。
――その剣によって、主人公は強くなり成長していく。ゲーム的にはプレイヤーランクが設定され、クエストを攻略することでランクが上がりキャラが強くなっていくのだが、その剣の特性であるという演出が成されていた。
現実になった今、その剣があるのかどうもわからない……が、俺にできることは何かと問われれば、それを使うしかないと思った。
ただ、剣を抜くのも条件がある――頭の中でゲームのことを思い返しているといつのまにか深夜帯になった。見張り以外が眠り始める中で俺もまた毛布にくるまり横になる。
そして眠る直前まで、明日のことを考える……やがて頭の中で予定がまとまった時、意識は途絶えた。
翌日早朝、騎士達が周囲を見て回り魔物が出現していないことを確認すると解散の運びとなった。報酬は傭兵達が集うギルドを介し支払われるということで、同業者達は相次いで移動を開始する。
その中で俺もまた町へ向かう……が、拠点としている町の方角ではなかった。俺が見据えるのは『終焉の剣』が突き刺さる場所がある方向だ。
知り合いには「行く所がある」と告げ、一人行動を開始する。他の人達が討伐を終え明るい表情がする中、俺だけは表情を引き締め町へと向かう。
そうして辿り着いた町で、俺は支度を始める。必要な物資を買い、目的地へ向かうべく準備を行う。
程なくして装備を整えた俺は、町を出て歩き出す。その間に、俺はひたすら考える。魔物の王、オルザークの侵攻が始まるまで残り時間は十日――いや、九日か。余裕はなく、可能な限り急がないといけない。
一度決断したら、自分が思った以上に体が動く……覚悟を決めたためか、それともやることが明確になったためなのか。ともあれ、迷いなく街道を進んでいく。
移動する間にゲームの主人公、リュンカのことを思い出す。彼はそれなりに名が売れた冒険者で、世間の評価とオルザークを倒した功績で王城の滞在を認められる。そして彼に会いに来る仲間キャラなどもいて、城内はどんどんと賑やかになっていった。
残念ながらゲームでは半ば打ち切りエンドみたいな終わり方だったけど……そんな彼が使っていた剣。俺に扱えるかどうかは、正直未知数だ。
「さすがにゲーム知識を持っていても、自在に操るなんて無理だろうからな……」
――もし、剣があっても抜くことに失敗したら全てが無に帰す。俺の行動は何の意味もなく、王国は蹂躙されるだろう。
一瞬、誰かにオルザークという存在について伝えておくべきか、とも思ったがやはり信用されないだろうということで、足は止まらなかった。暖かい日差しを受けながら、俺はひたすら進んでいく。
とりあえず今日はひたすら歩いて距離を稼ぐ……目的の場所にはどんなに急いでも片道三日から四日は掛かる。目的の剣を手に入れたとしても、王都へ舞い戻るだけでギリギリだろう。
正直、間に合うかどうかも不明だけど、剣を手に入れたのならその力で舞い戻ってくることはできるか……? 色々と思案しつつ、俺は街道を進み続けたのだった。
剣がある場所は王都からずいぶん離れた山の中。俺は可能な限り急いで三日ほどでどうにかこうにか目的地へ辿り着く。
こういう場所には魔物――魔力で形作られた、人間を捕食する存在――がいるので本来なら一人で入るような真似はしないのだが、俺は意を決して入った。知り合いに同行してもらうという選択肢もあるにはあったが、仮に「山の中にある剣を抜きに行くから手伝ってくれ」と言われて同意するわけがなかったので、どうあがいても一人で進むしかなかった。
そもそも、剣がない可能性もあるし迷惑は掛けられない……やがて俺の前に渓谷が現れた。人の手がほとんど入らない山なので、当然ながら反対側に渡るような橋もない。
剣はこの渓谷の底に存在する洞窟にある……はず。俺は辺りを見回し、魔物がいないことを確認した後に両手に力を込める。
それは魔法を発動させるための行為。途端、俺の周囲に風が渦巻いた。効力としては体に風をまとわせて浮力を獲得するというもの。空を自在に飛べるようなレベルではないが、渓谷をゆっくり上昇や下降をすることはできる。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ後、意を決するように渓谷へ身を投げた。そこで風を制御して、ゆっくりと下降していく。
谷底は小さいくらい距離が遠く、ここを落ちる間に魔法が切れたら間違いなく即死……そんな恐怖と戦いつつ、少しずつ底へと進む。もし魔法の魔力に反応して魔物が来たら一巻の終わりだが、幸いながら姿を見せることはなかった。
そして――時間にして五分ほど経過した時、谷底に辿り着く。魔法そのものは決して制御難易度が高いわけではないけれど、俺にとって五分という時間はかなり長い……地面に足がついた時には、体が重くなっていた。
「魔力が底をついたら全身疲労で立てなくなるからな……こんな場所でそんなことになったら終わりだ。気をつけないと」
まあ、もう魔法を使う必要はないし大丈夫か……周囲を警戒しつつ歩き始める。渓谷の端に洞窟があって、そこに剣がある……はず。もしなかったら――ここで俺は首を左右に振って、ネガティブな思考を振り払った。
仮に洞窟があったとしても、魔物に襲われたらひとたまりもないけど……それらしい気配はない。
というより渓谷の底は空気が上とは違い、生物の気配すらない。もしかすると、剣が突き刺さっていることにより何か影響があるのかもしれない――
そう思った時だった。真正面に洞窟を発見する。
「あれか……?」
少し早足になる。鼓動も速くなり、周囲の警戒すら一時忘れてしまうほど、洞窟に視線を集中させる。
太陽の光がほとんど当たっていないため、入口から先は何も見えない。これはゲームでも同じだった。リュンカは魔物をやり過ごすために洞窟へ入り、中を明かりで確認したら剣があった――
洞窟に入る。それと共に明かりの魔法を使用。目の前には、
「……あった」
それを期待しながらここまで来たのに、それでいて信じられないような気持ちになった。俺の目前に、地面に突き刺さった一本の剣があった。
――剣がなぜここにあるのか、という経緯はゲームで明かされなかった。というより、サ終してしまい語る機会がなかったというべきだろう。だが経緯はどうでもいい……どれだけ長い時間この場所に存在していたのかわからないが、まるで新品同然に白銀の輝きを放つ刀身を見て、これは間違いなく『終焉の剣』だと確信する。
剣は見つけた。後は抜くだけ。それで俺はゲームの主人公のように……なれるかはわからないけど、この世界を救うチャンスが生まれるのは確かだ。
俺は明かりが照らす中、剣の柄を握りしめる。そして、
「ふっ……!」
全力で剣を抜こうと引っ張った……けれど、地面に刺さる剣はビクともしなかった。
「やっぱり、力押しは無理だよな」
俺の目には剣がまとう魔力がはっきりと感じ取れた。この剣は魔力によって保護され、新たな使い手を待っている。
なぜゲームの主人公、リュンカがこれを引き抜けたのか――シナリオ上で、彼の仲間は語っていた。この剣は強い意志を持つ人間を探していたと。リュンカの感情に剣が応じて抜けたのだと。
ならば、俺も……世界を救う。そんな志を胸に宿しながら、もう一度力を入れて抜こうとする――でも、抜けなかった。
「俺とリュンカ……そんなに違いがあるのか?」
言いながらもう一度……さらにもう一度、世界を救いたいという気持ちと共に、抜こうとする。しかし、結果は同じだった。
――リュンカは、名の知れた冒険者だった。けれど俺は三流冒険者であり、例え世界を救う意志があろうとも、この差により剣は俺を選ぶことはないのか。
「……はは」
その時、口から乾いた笑い声がこぼれた。それと共に、自分の半生を思い出す。
それは前世のサラリーマンのものではない――この世界で生きる、ラグナという人間の人生についてであった。