英雄の本心
レオンという存在がいなくなったことによる混乱はおよそ三ヶ月ほどで収束し、落ち着きを取り戻すこととなった。
けれど、シャル王女はそこから先も色々と動き回る羽目になり、正式に他に敵がいないかを調査することができるようになったのは、季節が秋に入ってからだった。
「なんとか、国内を見て回るための準備を整えることができそうです」
報告へ来たシャル王女は俺へ言う……俺の部屋は長期間滞在したことで色々な物がある。とはいえあくまで宿屋なので、王女が調査に出るのであればここを引き払い、不必要な物を処分しないといけない。
「部隊編成を行い、十日後くらいには出発する目処が立つかと思います」
「俺はそれに同行する、と」
「はい。ちなみにラグナさん、敵について気配を探った限り、現れていますか?」
「いや、現れていないよ」
俺は首を左右に振りながら答える。
第六の敵は結局現れていない……いや、ゲーム開始から一年近く経過してからの出現なので、まだ予断を許さない状況ではあるのだけど。
「ただ、気配を探知できる範囲が広がったとはいえ、さすがに国内全域をカバーできるわけじゃないから、詳細を調べるには歩き回らないといけない」
シャル王女は頷く――そうして会話を行った後、報告は終わり王女が帰る時間となった。
いつもなら「それでは」と席を立ち帰って行くのだが、今日は違っていた。
「ラグナさん、今後のことを改めて話したいのですが……結局、謁見についてもうやむやなままですね」
俺は頷く――レオンがいなくなったことで王城内が混乱した結果、決戦後俺は一度も王城へ足を踏み入れていない。
よって謁見についてもいまだ果たされていない……俺としてはやってもやらなくてもどっちでも構わないのだが、さすがに幾度となく国の危機を救った俺に対し王女を含め国王も一度顔を合わせなければ、と考えているらしい。
「調査に入る前に一度、謁見の機会を設けます」
「わかった」
「……その中で、一つ」
「どうしました?」
「ラグナさんは、人知れず英雄となりました」
英雄――確かに世界を滅ぼす存在を幾度となく倒し続けたのだから、英雄という呼称は別に不思議ではない。
「とはいえ、人知れずという点がポイントです。本来英雄とは人々に称えられて生まれるものです」
「そうだな……多数の犠牲が生まれた中、その敵を倒したのなら、間違いなく英雄だ。でも俺は違う」
「はい……ラグナさんは間違いなく世界を救いました。けれど、それを知る人間がほとんどいない以上、功績なども評価が難しい」
「報酬はもらっているよ」
「それだけでは足らない、と言いたいわけです」
「……シャル王女としては、どうしたいんだ?」
つまり、英雄となった俺の処遇をロイハルト王国は考えているようだ……少し沈黙を置いて王女は、
「私としては、正式に国に迎え入れたいのですが」
「相次いで登場した敵について説明するにしても、さすがに一個人の俺が全て倒した、なんて真実だとしても人々は信じないだろ」
「はい……けれどその事実を伝えなければ、ラグナさんを英雄として認めることにはならない」
「別にそんな称号はいらないよ」
と、俺は肩をすくめながら答えた。
「王女を含め、国の上層部の人が俺のことを知っている……それだけで十分だよ」
「……本当に?」
「それに、英雄だからといって国に認められたら、黙っていない人だっているだろうからな……政治的な力を何一つ持たない俺は、逆に危ないと思う」
「私や陛下が後ろ盾になるとしても?」
「それはありがたい話だけど、だからこそ危険だと俺は思う……功績があるとはいえ、突然無名の傭兵が国王に認められても、賛同する人なんていないだろ」
そこまで言うと、シャル王女は押し黙る……不服そうなのが表情からわかる。
「俺の功績をきちんと評価して、なんとかして多くの人に認めてもらいたいという考えがあるのはわかるよ。でも、これでいいんだ。多数の犠牲が出る中で英雄になるのと、誰も犠牲が出ない世界で一人の傭兵として生きる……前者の方が華々しいけど、俺の理想は後者だ」
「ラグナさん……」
「だから、これでいい。俺は現状で満足だよ」
それは紛れもなく本心だった。ゲームの主人公、リュンカのように多くの仲間に囲まれて、という人生ではないし、あまりにも地味な英雄だが……これでいい、そう俺は確信している。
「敵への対処はこれからも続けていく……シャル王女には、今後敵が現れる可能性を考慮し、対策をしていってもらいたいけど」
「それはもちろんやります。ただ、対策イコール軍費の拡張という話になるでしょうから、政治的にも大変ではありますね」
「そこは俺にやれることはない……王女や国王の頑張り次第だな。もし俺に何かお礼をするというのなら……英雄という俺がいなくても、危機に対処できるように上手いことやってほしい」
「……あなたを英雄とするよりも、遙かに大変な話ですね」
シャル王女は、苦笑と共に応じた。