兄と妹
目覚めた直後、俺はすぐさま窓の外を見た。日の光が入っている穏やかな朝……しかし、何かが違うと瞬時に悟る。
それは間違いなく、レオンの差し金であるのは間違いなく……すぐに支度をして、外に出た。次いで王城へと目を移す。
「……動き出したか」
見た目には何も変化がない。王城内もいつもの朝が来たことだろう。だが、確固たる予感がした。今日、世界の行く末を決める最後の戦いが始まる。
そう思うと同時、俺の足は自然と王城へと向かっていた。周囲の人々が笑っている中、俺だけは表情を引き締めしっかりとした足取りで歩みを進める。
その道中でレオンの動きとシャル王女の動向を探る……双方とも城内にいるが、シャル王女は騎士などと一緒にいる。おそらく訓練場かどこかにいて汗を流しているのだろう。
一方でレオンは……王城の上の方にいる。動いてはいないが、そのまま魔法でも使って行動を開始するのか。
俺は王城へと入る……事前に王女から入れるかどうかの確認はしてある。そして王女の下へ向かい、
「レオン王子に会わせて欲しい」
その言葉で、何が起こるのかを理解した様子。彼女は鍛錬を中断し、俺と共に王城の上階へと向かう。
俺とシャル王女の動きはレオンも把握しているはずだが……相手に動きは何一つなく、俺は彼がいる部屋の前へと到達する。
そこはどうやら自室らしい……王女がノックをする。相手は軽い返事でこちらに応じると、彼女が扉を開けた。
そして――窓際に立つ往時の姿を確認する。
「ようこそ、ラグナ殿」
「……ここに来た意味は、理解できているようですね」
シャル王女は黙ったまま腰の剣に手を掛ける。レオンの体には、明らかに禍々しい気配が宿っていた。
「ああ、そうだな……もう取り繕う必要もないな」
「あなたは、何者ですか?」
驚きもせずシャル王女は問い掛ける。
「本当の兄はどこに?」
「俺はレオンだよ。君の兄であることは間違いない……しかし、そこに破壊衝動を携えた人間の記憶が宿った。ただそれだけの話だ」
「……あなたを排除すれば、兄は元に戻りますか?」
「残念ながらそういうわけにもいかない。俺はレオンの人格でもある……とはいえ、躊躇う必要性はどこにもないぞ」
と、魔力を噴出するレオン。その気配で、俺は全てを悟った。
「お前、既に人を捨てているのか?」
「ああ、貴様を倒すために色々試行錯誤したからな……そちらが勝利したら、俺が全ての元凶だと触れ回ればいい。人を捨てていることはまあ頑張ればできるだろう。それで事件は全て解決だ」
「ずいぶんと優しいな……ただ、別に俺達を慮ってというわけではなさそうだ」
「ああ、今は人の身を捨てているが、元に戻る方法もある……貴様達を始末できれば、その方法を使う。そして、貴様達が謀略を巡らせていた、と触れ回る」
――俺達は魔物の王を始め数々の敵を打倒してきた。その中で俺達が首謀者、というのはいささか無理がある話だと思うが、彼が持つ権力ならば事実をいくらでもねじ曲げることができる、という話なのだろう。
「つまり、この戦いの勝利者が英雄となり、敗者は全ての元凶になる。わかりやすくていいだろう?」
「そして、お前が勝てば世界は終わる」
「俺を止めることができるのは、貴様が持つ剣だけだ。貴様を始末できれば、その剣も、王家の剣も全て破壊できる」
レオンは剣を抜く。この狭い部屋の中で戦うのか――最初はそう思ったが、違う。
彼の足下には魔法陣が刻まれている。この部屋を脱出する何かなのか、それとも――
「勝負の方法は、こちらが決めていいだろう?」
「俺達に選択肢はないんだろ?」
「ああ、そうだ……貴様の活躍に免じ、生きている間は他の人間を手に掛けることはしない。というより、下手に被害を出すような動きをすれば、貴様達に罪をなすりつけることは不可能になるからな」
「それはありがたい。俺は人々のことを心配せずに済むからな」
「場所も移動しよう。俺の足下に存在する魔法陣により転移する……ああ、移動先は郊外の森だ。そう心配する必要はない」
「ここまでお膳立てするとは、思った以上に気を遣う人間なんだな」
「馬鹿を言え。これは最後の慈悲だ。貴様達を滅するときに、少しでも引っかかりがあれば自分が許せない。貴様達との戦いは、全力を賭して行われるべきだ、という話だ」
そう述べた後、レオンは笑う――王子とは思えない、醜悪な笑み。
「もっとも、全力でぶつかり勝負になるかは別問題だが」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
「剣の力を過信しているな? 俺には全て理解できている……意志によって強くなる剣。だが正面から当たっても、俺には勝てない」
告げた瞬間、部屋全体が魔法陣の光によって包まれる。
「では始めようか……たった三人の戦い。だが、それで世界の命運が決する」
光が俺達を包み――気付けば、森に囲まれた広い空き地の上に立っていた。