絶望的な状況
ゲーム世界が現実になったとして、騒動が何も起きない可能性だって考えられる……けど、俺が何もできなかった今回の魔物討伐など、兆候はいくらでもある。十日後、王都へ魔物の大軍が押し寄せるのだろうと、心のどこかで確信した。
そして俺に何がやれるのか……色々考えたが一つだけ、可能性はある。けれど成功率はかなり低い――俺に到底できるとは思えないもの。
でも、それしか……頭を抱えたくなりそうな気持ちの中、元いた場所まで戻ってくる。先ほど会話をしていた傭兵が「大丈夫か?」と問い掛けつつ、俺を不思議そうに見た。
「人に何か尋ねていたみたいだが……さっきのリュンカ、という名前の戦士についてか?」
「……ああ、知り合いなんだけど、これだけ大規模な魔物討伐だから、どこかにいるんじゃないかと思って」
適当な嘘をついた。それで相手は納得したか引き下がった。
ここでお腹が鳴った。そういえば食事をしていない。糧食は提供されるとのことだったし、どこかに取りに行けばいいのだろうか――
「はい、どうぞ」
ふいに横から女性の声がした。振り向くと腰まで届く黒い髪に革製の鎧を着た女性が、俺に向けて何か差し出していた。
それがパンとカップに入ったスープだと気づき、受け取る……相手は見覚えのある人物であり、
「……どうも」
「はい」
「お、あんたもいたのか」
傭兵の一人が女性へ向けて声を上げた。
「姿を見かけなかったが、別働隊だったか?」
「そうですね。王女様と一緒の隊に入りたかったんですけど」
「間近で見れなくて残念だったか?」
「はい。大ファンかつ、私とよしみのある王女様の戦いぶりをしかと目に焼き付けたかったんですが」
そんな言葉に対し俺は苦笑する。
「よしみって……名前が似てるだけだろ、シャルさん」
指摘に彼女は「あはは」と笑った。
彼女の名はシャル=アルテン。名前の一部分が同じだからと、なぜか王女様に親近感を持ち、王女の大ファンを公言する人物である。
剣士としての実力は一流で、人当たりの良さもあって同業者間での評判も高い。実力的に最底辺に近しい俺に対しても分け隔て無く接し、一度顔を合わせた人の名はちゃんと記憶している頭の良さ……正直、なんで傭兵稼業やっているのか疑問に思う人物である。
俺は食事を持ってきてくれた彼女に「ありがとう」と述べつつ、
「ここに来たのは理由でもあるのか?」
「ラグナさんが何やら動き回っているのが気になりまして」
「……知り合いがいるのか気になって尋ねて回ってたんだよ。残念ながらいなかったけど」
「そうなんですか」
語りながら彼女は俺の横に座る。
「怪我とかはありませんでしたか?」
「あー……頭の上にこぶができたけど、今は痛みも引いた」
「お、そういえばお前王女様と話をしていなかったか?」
ふいに投げかけられた問いに、俺ではなく先んじてシャルが反応した。
「え、話をしたんですか?」
「えっと、俺が座り込んでいたから気になって声を掛けたんだと思うよ」
「なるほど、それで実際に話をしてみてご感想は?」
やけに食いつくなあ……さらに苦笑しつつも返答はする。
「……同業者の誰かが魔物討伐の際に会話をしたことがあると言ってた。その時、王女様が先陣を切るなら自分もやらなきゃ、みたいなことを思ったらしい」
「ラグナさんも同じように思ったんですか?」
「うーん、会話したといっても短かったし、俺は緊張してロクに喋れなかったから、そんな風に思うだけの時間はなかったよ。でも、気持ちはわかる……騎士や兵士が身命を賭して王女様と共に戦い、守ろうとするのは、理解できた」
「すげえよな、王女様」
どこか尊崇の念を抱くような雰囲気と共に、話を聞いていた男性が語る。
「一度会話をすれば俺達傭兵ですらその気にさせちまうんだからな」
「……あんたは、命を懸けようとする側か?」
「どうだろうな。でも、王女様が退きもせず戦っているのなら、俺達も尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないよな、って思ってる」
――火を囲む他の者達は相次いで首を縦に振っていた。同じように考えている同業者が結構いるらしい。
「間近で戦っている姿を見たけど、凄かったぞ。魔物が紙切れみたいに斬られていくんだ。思わず見とれていたくらいだ」
「戦えよ」
俺がそう言うと男性は苦笑。周囲からも笑いが漏れる。
「……ま、王女様が最前線で戦っているんだ。俺達だって頑張らないといけないな」
――間違いなく、王女様は多くの人に好かれている。魔物と戦い続ける姿を目の当たりにすれば、彼女のために戦おうと思うのはむしろ当然かもしれない。
俺は会話を行った王女様の姿を思い出す……ゲームの広告を見て俺は彼女に一目惚れした。現実になった今は……ゲームとはもちろん姿は違うけれど、風格や品格は、その神々しさは圧倒的だったし、胸を打つものがあった。
そんな彼女が、気付かない内に絶望的な状況に晒されている……十日後に起こる悲劇を思い起こし、俺は――
「ラグナさん」
ここでふと、シャルに名を呼ばれた。
「何かあったのなら相談に乗りますよ?」
「……唐突にどうした? 顔に何か書いてある?」
「それはもう。魔物討伐が終わり皆さん明るい表情の中で、一人怖い顔をしていますし」
顔に出ていたらしい。さすがに原因を話しても信じてもらえないし、詳細は語れない。
でも、と俺は一つ思い立ち……彼女へ問い掛ける。
「仮の、話だけど」
「はい」
「自分ではどうにもならないような敵……例えばロイハルト王国に、人間では手も足も出ないような強大な敵が現れたら、シャルさんはどうする?」
問い掛けに彼女は小首を傾げた。その反応は、無理もない。
「ふむ、国を脅かす強大な敵、ですか」
けれど彼女は考え始めた。頓狂な発言だがちゃんと答えてくれるらしい……これも人柄か。
「そうですねえ、自分ではどうにもならない……だとしても、きっと私は自分にできることをやると思います」
「自分に、できること……」
「例えば王女様なら、戦う選択をするでしょう。私達のような人間は逃げたって構わないのかもしれませんが、この国で生きている以上は、戦う選択をします」
「国で、生きている以上は……か」
「はい」
明瞭な返事だった……俺達の会話を聞いていた傭兵の中には同意するようにうんうんと頷く人が結構いた。
王女のために戦う人もいるし、傭兵身分であっても国を守りたい……そういう意思を持っている人もいる。これはもしかすると、王女様の武勇を目の当たりにして、そういう風に考えたのかもしれない。
彼女の存在によって、傭兵達も国を守る気になっている。そうした中で俺は……前世の記憶が戻ったことで、複雑な感情が宿っているけれど――
「……ありがとう、シャルさん」
「え?」
「ちょっと、自分では解決できない問題に直面していたんだけど……俺も、やれるだけのことをやってみるよ」
事情を知らない彼女は頭の上にクエスチョンマークをつけていたが……やがて、
「お役に立てたのであれば何よりです」
「うん」
返事をした後に食事を始める。それをしっかりと味わいながら、これからのことを考える。
――魔物の襲来は十日後。今日はまともに移動できないため、明日から行動開始。そう頭の中で決意する。
何をするのか――俺にできること。それはゲームの主人公であるリュンカが所持していた、世界を救う武器を手にすることである。