傭兵と王子
「俺と貴様とでは、保有している情報量に大きな差異が存在するな」
ふいに、レオン王子は俺へ向けそう話した。
「これは裏の裏まで知っていなければ、俺の役目は務まらないという創造者の考えだろう」
「そして俺は、ゲームでわかったことのみ知っていた……」
「そういうことになるな」
「……役目だから、世界を滅ぼすのか?」
問い掛けにレオン王子は頷いた。
「ああ、そうだ」
「それは、創造者に命令されたから?」
「半分正解だ。俺は転生した直後からあらゆる真実を把握していた。同時に世界の創造者は俺の脳内に助言した。世界を滅ぼすべく活動しろと」
「そしてオルザークを始めとして様々な存在を……」
「そういうことだ」
――レオン王子、いやレオンの話を聞き俺は目を細めながら考える。
驚愕の事実ではあったが、心のどこかで受け入れる自分がいた。それは自分自身が転生者だから、なのか。
「さて、互いに素性は明かした。俺としては貴様の出現が予定外であり、貴様にとっては俺の存在が異様に映ることだろう」
「……ここから、どうする気だ?」
「別に、何も」
問い掛けに対する返答は、ひどくあっさりしたものだった。
「互いの情報を開示したが、それを世間に公表しても意味は無いだろう。俺の素性を明かしたとしても、それを信じる者は誰もいない」
「……そうだな」
「かといって、貴様の存在を明かしてもこちらにメリットはない。ならば、引き続き戦うだけだ。俺は世界を滅ぼすために。貴様は世界を救うために」
「この戦いは、いつまで続く? ゲームに登場した敵を全て倒すまでか?」
「それは『破滅の使徒』が現れるまでだな」
「使徒はお前だろう?」
問いにレオンは笑みを浮かべる……そして、
「ああ、それは認めよう。そう遠くない内に決戦の日は来る。それまで、待っていろ」
「ここで決めることもできるんじゃないか?」
俺は剣の柄に手を掛ける。だがレオンは、
「ここで俺を斬っても貴様が重罪人になるだけだ。それに、こうやって素性を明かした時点で、何も持っていないと考えるのは早計だろう?」
レオンはわずかに力を露出する。それは間違いなく第五の敵に近しい魔力……現実において第五の敵は、使徒が持つ魔力ということになっているようだ。
そして、俺は剣を抜けなかった。ここで交戦することはできる。しかし、そもそも勝てるかどうかわからない。この剣の力があれば突破もできる……可能性はあるが、これまでの敵と大きく異なる点は、レオン自身が『終焉の剣』を知っている点だ。
つまり、対策されている可能性がある……そこまで思い至った時、俺は引き下がった。
「……必ず、倒す」
「その言葉、そのまま返そう」
俺とレオンはにらみ合う――そして互いが同時に視線を外すまで、部屋の中には深海に等しい静寂に包まれた――
俺は城を出て宿へと戻った。そして自分の部屋で改めて考える。
レオンの存在……そして『破滅の使徒』。彼を倒すことができれば、間違いなくこの戦いは終わる。
だが、果たして勝てるのか……これまでの敵とは大きく違う。相手は俺が持つ『終焉の剣』を知っている。その事実から、対策を立てているだろうという確信が持てる。
なおかつ、俺は主人公とは違う……元々は最底辺の剣士だ。今から強くなろうと頑張ってもおそらく徒労に終わるだろう。そもそも、間に合わない可能性が高い。
では、どうやってレオンと戦うのか……権力的にもやろうと思えばいつでも俺を社会的に抹殺できる。そして、例えば俺が暗殺などをやろうと思っても、レオンは警戒しているだろうし、そもそも王城に忍び込むなんて芸当、まず無理だ。
真正面から戦う際は、レオン自身『終焉の剣』の対策を施し、万全な状態となって戦うことになるはず……俺には何もかも足りない。ただ座して待つしか、手段がない。
「……そういえば」
ここで俺はシャル王女のことが頭に浮かんだ。レオンは彼女をどうするつもりなのか。
現状の立ち位置に対し、何かしら妨害とかするのか……いや、変に怪しまれるような動きはしないか。それに、俺さえ始末すれば後はどうにでもなると考えれば、無理なことはしないだろう。
――もし、俺に打てる手があるとすれば、シャル王女に話をすることだ。しかし、相手は彼女の兄。到底信じてもらえるとは思えない。
「いくら信じていると言っても、肉親を疑えというのはいくらなんでも無理だろうな……俺の言説の方が信頼に値しないと思われても仕方がない」
しかし、他にやれることは……沈鬱な面持ちで悩んでいるとノックの音が聞こえてきた。
この部屋を訪れるのは一人しかいない……俺は扉を開ける。シャル=アルテンの格好をした王女が立っていた。
「どうも、ラグナさん」
「どんな用ですか?」
「少し話がしたくて」
……どういう目的なのか。俺は頷きつつ彼女を部屋へと招き入れた。