一極集中
人影を見た瞬間、俺は握りしめる剣に力が入った。
まだ残存する魔物に囲まれながら、崩れゆく建物の中から黒髪の男が姿を現す。その顔は怒りが宿り、この場にやってきた騎士達をにらんでいる。
「……やれやれ、本当に面倒な展開となった」
そんな中で発言した男――ブロウは、表情とは裏腹に淡々とした口調で呟いた。
「話に乗ったのがまずかったか」
「……何?」
俺は彼の言葉を聞きとがめ、眉をひそめる。
「話? お前は何をやった?」
「おや、何か気になるのか? まあさすがに喋ることはない……というより、意味はないだろう?」
問い掛けながらブロウは右手を突き出す。その手のひらに魔力が生まれる。
「これから決戦だ。私を消せばそれで全てが終わり……なのだから」
いや、違う――俺はブロウの背後にとある存在を幻視する。それは、王都に滞在する前に得たとある事実を踏まえ、一つの結論を生み出す。
とはいえ、今はまず目の前にいるブロウを倒すことから先――そう思った直後、彼から魔法が放たれた。それは光の槍。話を向けた俺へ放たれたものであり、こちらは剣を握り直してから、剣を振った。
「ふっ!」
声と共に一閃し、槍と激突する――結果、キィンと甲高い音を上げて魔法の槍は消滅する。
「さすがだな、ここにいるのは例え戦士でも国に認められた存在というわけだ」
そう発言するとブロウは周囲を見回す。建物は完璧に倒壊し、さらに周囲に残っている魔物もそう多くない。
「戦力的にもこちらが著しく不利……とはいえ、目的達成のためにはこのままただやられるに身を任せては駄目か」
「……あなたは、何が目的ですか?」
問い掛ける王女。それに反応したブロウは首を向ける――その視線から、王女のことは知っている様子。
「答えてやろう、王女。全ては復讐だよ。ロイハルト王国――いや、この世界全てに対する」
「なぜ、そうまでして憎悪を……」
「具体的に話せるのであれば、俺は懺悔室でも訪れて実行に移さなかったかもしれない。この感情を表現できる言葉はない。全てはただ、破壊のために……あらゆるものを滅ぼすために、私は動いたまでだ」
――ゲームにおける返答も、彼が今語ってみせたようなものだった。言語化できない感情。それを胸に秘め、ブロウはただ目的を成すために執念を燃やした。
確か、ゲームではブロウの動機そのものに疑問を抱いた者がいた。おそらく彼が行動した目的そのものが、伏線だった……きっとそれは最終目標である『破滅の使徒』という、全てのきっかけとなる存在へと繋がっていくのだろう。
「余計な問答は不要だ。私はロイハルト王国を破壊する者。それだけで、私を滅ぼすには十分過ぎる理由だろう?」
問い掛けると共に、彼の後方で物音がした。崩れた建物の中から何かが姿を現す……魔物だ。
どうやら建物内にも彼を守る魔物がいたらしい――が、ここでブロウは思わぬ行動に出る。突如両手を左右に広げたかと思うと、魔力を収束させた。
そこからの変化は一瞬だった。周囲にいた魔物達――その全ての体躯が崩れ、彼の両腕へと宿っていく。
「魔力を、吸収したのですか」
シャル王女は呟く――これはゲームでも見せていたブロウの切り札。彼は魔物を使役し、また同時に如何様にもできる。例えば今目の前で起こったこと。魔物を魔力に分解し自身の体に吸収する。そういった芸当もできる。
だが、魔物の魔力を取り込んで普通の人間が無事で済むはずがない……しかしブロウは平然としている。ここからわかることは一つ。それは王女も理解したようで、
「既に人の身は捨てているのですか」
「そうだ。魔物の力を吸収し強化する、という方法を編み出したはいいが、さすがに戦闘能力のない俺が生身でそれをやれば俺自身が耐えきれなくなる」
魔物を吸収し終えたブロウは答える。
「しかし、俺自身も魔物のような特性を持てば話は別だ」
「力の一極集中……しかし、あなたは既に包囲されている。逃げるにしても大変でしょう?」
「そうだな。魔物の目によってそちらの動向は把握していたつもりだったが、ここまで完璧に動かれるとどうしようもなかった。こちらに打てる手は少ない。しかし」
ブロウは魔力を発する。魔物を吸収したことで得られた魔力は、距離のある俺から見ても禍々しく、近寄りがたいものだった。
「膨大な力を得れば、やりようはある」
――力を手にしたことによって高揚感などもあるだろう。彼の表情には絶望などない。逃げるにしても俺達を倒すにしても、できると確信している。
その中で俺はゲームの光景を思い出す。シナリオの最後で主人公はブロウと戦うことになるが、その際に吸収した魔物の数は、現実となった今と比べ多かった。
つまり――俺から見れば、力を得てもそう多くないと解釈できる。
「では――始めるとしよう」
ブロウが宣言。それと共に、俺は彼へ向け足を踏み出した。