騎士と魔術師
敵の拠点へ向かう道筋で障害はほとんどなかった。第四の敵が作成した魔物の姿も見かけることはなかった……が、これはおそらく俺達の動きを察知して魔物を拠点周辺に集めているのだろうと予想できる。
間違いなく相手は俺達のことを把握している……改めて第四の敵について俺は思い出す。名はブロウといい、姓名については不明なままだった。
黒いローブ姿の男性で、取り立てて特徴があるわけではない。しかし、胸の内に秘める憎悪はこれまで登場した敵とは比較できないほどであり、だからこそ執念が実を結びロイハルト王国を――ひいては世界を滅ぼすだけの魔法を構築した。
生み出した魔物も脅威的な能力を持つ……しかもブロウはその魔物を手足のように操ることができる。というのも、魔物達にはブロウの魂――人間には絶対に手放してはならない魂と呼称される魔力が存在する。その魂の魔力を用いれば寿命は削られてしまうが、彼は構わず魔物に付与する。その結果、魔物の視点を彼は自在に見ることができるようになっている。
もし、ブロウと相まみえた時、会話をすることができたら現状とゲームの違いがわかるようなヒントを得たいところだけど……俺としてはブロウに干渉する何者かがいると考えているが、果たして真実はどうか。
俺達の行軍は順調に進み、山岳地帯へと入った。それでも魔物と遭遇することはなく、俺達は決戦となる屋敷の手前まで到達した。
ここまで何一つ障害なく進み続けた結果、むしろ本当にブロウがいるのか疑問に思うところだが、その点について言及する人間は皆無だった。理由は明白――目的地となる屋敷周辺に、恐ろしいほど濃密で殺気立った魔力を感じ取ることができるためだ。
そこに、魔物もブロウもいる……やがて目的の別荘が見えた段階で、騎士達が一斉に臨戦態勢に入った。
この場所へ到達するより前に既に展開は済ませている。ブロウの拠点となる建物を包囲する形で騎士は布陣しており――建物周辺にたむろする魔物を見据えながら、俺は一つ呟いた。
「敵は防戦する準備を整えているな……」
「問題ありません」
と、シャル王女は俺へ応じた。
「魔物、一体一体が凶悪な気配を漂わせていますが、事前にわかっていれば対策は可能です」
そう言うと彼女は手を振った。次の瞬間、周囲にいた騎士や随伴する魔術師達は準備を始める。
「相手はこの場所を拠点にしている以上、地の利があるでしょう。しかし、相手のいる場所がわかればこちらもやりようはあります」
「この土地の特性を予め把握して、対処を?」
「そういうことです」
次の瞬間だった。魔術師が構築した魔法によって、建物周辺にいた魔物に反応があった。直後、威嚇のためか魔力を発したが、どこか動きが鈍いようにも感じた。
「魔物の能力は脅威的です。しかし、どうやら相手はこの山に存在する魔力を活用し、生成した様子。であれば、術式を用いて弱体化を図る……それができれば、残るのは建物の主だけです」
次の瞬間、建物の周囲から魔力が漏れた。それは、取り囲んでいる騎士や魔術師達の魔力。そして魔法が一斉に、魔物や建物へ向け放たれた。
一切の容赦の無い攻撃……だが、誰もこのようなやり方に異を唱える者はいない。魔物の凶悪さもあるが、何より建物から発せられる禍々しい気配を、野放しにしてはおけない。
騎士達はこのような戦術でしか、勝つことができないと考えている――多数の魔法によって、建物が倒壊する。さらに魔物が巻き込まれ、動きが鈍り弱体化した個体は、魔法を受けて滅んでいく。
ここまでの戦局は完璧にこちら側がとっている。今の魔法で瓦礫に巻き込まれて気絶でもしてくれれば勝利だが……俺は崩れゆく建物の中に気配があるのを悟る。しかもそれは攻撃を受けても一切気配に揺らぎがない。
ブロウ本人も、執念の果てに凶悪な強化魔法を習得していた。魔物の視点で俺達の動きを見ていたのであれば、既に強化魔法は発動しているかもしれない。
もし、ブロウが攻撃を仕掛けてきたら、いよいよ俺の出番かもしれない……そんなことを思いながら、事の推移を見守る。
そこで、さらに魔法が放たれる。追撃が繰り出され残っていた魔物に直撃し――目に見えて数が減る。しかし、完全に消滅したわけではない。中には強固な皮膚を持っているのか耐えている魔物もいる。
それを見た魔術師達は、魔物へ向け集中攻撃を仕掛ける。結果、魔法を雨あられと受けて硬い魔物がどんどんと倒れ伏していく。
魔物を全て滅ぼせば、ブロウは視点を失う。なおかつ取り囲んでいる状態であり、これなら相手に実力を発揮させないまま勝てるか……そう思った時、ガラガラと崩れる建物から、人影が現れた。




