驚愕の事実
突然前世の記憶が蘇り、王女様と邂逅し、さらにこの国が前世ハマっていたゲームと同じ名称……様々な情報が一度に押し寄せ、俺は半ば放心状態となってしまった。
結果、気絶して起き上がった場所に座り込み続け、兵士に呼び止められてどうにかヨロヨロと立ち上がり野営地まで戻った。その時点で時刻は夕方。戦いが終わり傭兵達は火を囲んで食事をしており、俺もその輪の中に入った。
そうした中でも脳内では様々なことがグルグルと回っていた……前世の記憶、王女様と顔を合わせたことや、さらに――
「おい、大丈夫か?」
知り合いの傭兵が声を掛けてくる。
「なんだか様子が変だぞ。悪いものでも食ったか?」
「……いや……大丈夫……」
実際はまったく大丈夫ではないのだが……ともあれ、少しずつ落ち着きは取り戻しつつある。そして改めてこの世界が前世にあったゲーム『ワールドエンド・アルカディア』の世界であることを認識する。
いくつもの地名が合致し、国名や王女の名前まで同じである以上は、そういう結論になるしかない……戸惑っていたが、やがて「信じられないけどそういうものなのだ」と無理矢理納得することとなった。
ともあれ、再度自分の体とか確認したけど特別な能力とかはない様子。そもそもラグナ、という名前自体ゲームには出てこなかった。今の人生を思い返しても目立った活動はしていないし、ゲーム内ならばモブという立ち位置だろう。
そこまで考えた時、別所から歓声。さらに他の場所では陽気な歌が聞こえ始めた。
騎士の目があるので酒を飲んで大騒ぎするようなことにはならないが、それでも魔物討伐に成功し高揚した者達は歌か何かで気持ちを発散させていた……そんな光景を眺めていた時――俺はあることに気付いた。
「……なあ」
先ほど声を掛けてきた傭兵へ向け口を開く。
「質問いいか?」
「おう、どうした?」
「今は……何年何月何日だ?」
その問い掛けに傭兵は眉をひそめた。同時に「本当に大丈夫なのか?」という顔をしたのだが、ちゃんと答えてくれた。
「……大陸歴二千十年、第四の月、五日目だ」
「……そうだよな」
「何かあるのか?」
「いや……まあ、何かあるといえばそうなんだけど」
呟いた後に俺は「ありがとう」と述べて会話を打ち切った。
日付を確認したのは……ゲームの出来事を思い返す。前世でハマったゲーム『ワールドエンド・アルカディア』の物語は、ロイハルト王国に襲い掛かる第一の敵が出現するところからスタートする。魔物を生み出し率いるそいつは世界に崩壊をもたらすだけの力を持っていて――王国への襲来、その日時は、
「大陸歴二千十年、第四の月……十五日目」
今から十日後――世界を滅ぼす存在がこの国に侵攻してくる。
それを認識した直後、背中から嫌な汗が出てきた。けれど同時にそんなこと、あるはずがないと思った……ゲームの世界に転生したからといって、ゲームと同じ出来事が起きるとは限らないはず。
だが、と俺は闇に染まりつつある平原を見た。王女様が交戦していた魔物……あれは、兆候の一つだ。
魔物を率いる存在は、ロイハルト王国の実力を試すために魔物の群れを動かした……ゲームではそう語られていた。こういった群れが最近出現していて、騎士団――特に王女様は最前線で戦っていた。
そうした事実から、十日後にこの国を襲う存在が現れるのでは……そこまで考えた時、もう一つの事実に気付く。
それは――俺にとって眩暈がするような事実。
「……もう一つ、質問いいか?」
先ほど会話を行った傭兵へ尋ねる。相手が「いいぞ」と答えたので、
「リュンカという名前を聞いたことがあるか?」
問い掛けに相手は首を傾げ、
「……リュンカ? 同業者か?」
「ああ」
「知らないが……有名人というわけじゃないだろ?」
「……そうだな、知られているわけじゃないな」
返答した直後、俺は立ち上がり歩き始めた。
「お、おいっ!? どうしたんだ!?」
質問に答えなかった……いや、答えられなかった。俺の頭の中には、ゲームの情報で頭が埋め尽くされていた。
ゲームの主人公――ビジュアルファンブックに記載されていた名前――リュンカはロイハルト王国内で活動する剣士として、戦いに巻き込まれた。ゲーム開始時点でそれなりに有名であり、彼が戦っているから共に戦うと表明する仲間も登場していた。
けれど、現実の今ではその名が聞かれない……いや、そればかりではない。ゲーム上に存在していた仲間キャラ――魔物討伐で活躍していた歴戦の戦士。戦線を支える麗しき女性神官。さらには部隊を率い戦いを通して成長していく主人公リュンカの相棒……そういった面々の名を、俺は何一つ聞いたことがない。
中にはロイハルト王国で知らぬ者はいない有名人だっていた……ゲーム上の話ではあるけれど、王女様が実在する以上、他の人だっていてもおかしくない――はずだ。
俺は彼らの名を思い出しながら、この戦場にいないか確認するべく動く。今回の魔物討伐は大規模で、ロイハルト王国内から様々な人が参戦していた。なら、ゲーム上で活躍した仲間がいてもおかしくない。
もし、見つからなかったら……特に主人公のリュンカがいないのはまずい。最初に押し寄せる敵は彼の活躍によって勝利する。ゲーム上では優れた剣士として描写されていた彼がいなければ――
こみ上げる不安感と共に俺は近くを歩いていた兵士に話し掛ける。背中に嫌な汗を流しながら、聞き込み作業を始めたのだった。
そして――時間にして三十分ほどだろうか。野営地を一回りした後、俺は一つの結論に至った。
「王女様以外……誰も……いない」
世界を救うべく活躍するゲームの登場人物が、誰もいない。その事実を目の当たりにした瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。
もちろん王女様はいて、彼女と共に戦う騎士は優秀だ。今日の魔物討伐だって犠牲者なく終えることができたことが、実力の高さを証明している。
けれど、これは敵側が戦力分析のために仕掛けたものであり、今日の戦いで敵によって騎士団の実力を看破されたに違いない……ゲームの主人公や仲間達は、敵軍勢の意表を突く形となったため活躍し、勝利できた。特に主人公のリュンカ――彼がいないことで、どうなってしまうのか。
俺はゲームにおける第一の敵について思い出す。首謀者はオルザークという名で、獣同然の知性しか持たない魔物の突然変異――人と同様の知性と理性を持った魔物だ。
その姿は人に近く、戦闘に入ると異形に姿を変える……そして魔物を使役する力を持ち、魔物の王としてロイハルト王国へ襲い掛かる。
ゲームの始まりは、オルザークが王都へ攻め寄せるところから。王女様達が対抗するが、戦力分析をしていたオルザークによって窮地に立たされる。そうした中で主人公のリュンカが助けに入る――
だが、彼はいない。ゲームの登場人物はほとんどいなくて、敵だけがいるという理不尽な状況が、現実らしい。
これを打開するにはどうすればいいか……オルザークという存在が襲い掛かってくると今から騎士や王女様に伝える? いや、信用してもらえる可能性は低い。実力もない剣士の言葉なんて耳に貸さないだろうし、逆に不安を煽る情報を流布していると牢屋に放り込まれるかもしれない。
なら今の俺にできることは――絶望的な心境を抱え、俺は暗く染まる空を見上げたのだった。