二人の剣
暗黒大樹から発せられた魔力は、巨大な幹を覆うように取り巻いていく――シャル王女の斬撃によって大樹は傷つき、防御するために魔力をまとった。
次いで、その魔力が隆起して魔物が生み出されようとする。幹からせり上がる漆黒に対し、俺は反射的に剣を振った。
刃が漆黒に触れると、魔力を消し飛ばした……が、それでも他の場所から魔力がせり上がる。キリがない……そう思った時だった。
「ラグナさん! 終わらせましょう!」
王女の声だった。このまま魔物の出現を防ぐのではなく、暗黒大樹を斬ろうということ――理解すると同時、俺は渾身の剣戟を大樹へ見舞った。
それは幹を覆っていた魔力を吹き飛ばし、幹を大いに抉ることに成功。だが、まだ滅びない。確実にダメージを与えているが、俺の剣でも仕留めきれない。
斬った感触は、まるで鋼――いや、それ以上。騎士や魔術師の魔法では傷一つつけられないと明瞭にわかる。
次いでシャル王女による攻撃。瞬間的な強化により放たれた王女の剣は、俺と同様に大樹の幹を大きく抉る。だがそれでもまだ大樹からは魔力が生まれ、抵抗する。
その時、王女を取り巻く魔力が弱まった――全力の攻撃を繰り出すごとに魔力が減る。おそらく、今の強化を維持できる時間はあと少し。
この状況で途切れれば、生成される魔物に対抗できず彼女は――そう思った瞬間、体が勝手に動いた。さらに魔力を剣へと集中させ、今度こそ大樹を破壊するべく横薙ぎを放った。
漆黒が膨らみ新たに魔物が生み出されようとする中で――もしこの攻撃が失敗したら、魔物が生まれ攻撃を仕掛けてくる。リスクの高い勝負だったが、俺はここしかないと剣を振り抜いた。
剣が、幹に直撃する。植物とは思えない硬度により刃は止まるが、俺はさらに力を込める。
「――おおおおおっ!」
雄叫び。大樹の魔力がさらに濃くなる中、俺は破壊しようとさらに力を高める。
魔力が渦巻き周囲に魔物が生まれようとする……攻撃が届くかはわからない。このままでは退避が難しくなる。俺は大丈夫だろうけど、近くにいる王女が魔物に襲われればどうなるかわからない。
後退するか決断しなければならない――だが俺が判断するより先に、王女が叫んだ。
「ラグナさん! このまま押し切ります!」
彼女は告げると、魔物が生まれようとする中で剣を振りかぶり放った。俺と王女による同時攻撃――不安はあった。けど、俺は……王女の判断を信じた。
「おおおおっ!」
再度雄叫びを放ち、これで決めるという強い意思と共にあらん限りの力を込めた。そこにシャル王女の剣が大樹へと入った。
そして、暗黒大樹が軋むような音を上げた。反応があったと同時に王女はさらに力を高めた。それに呼応するように俺も限界まで力を引き上げる。
剣よ、俺の意思に応えろ――そんな心の声と同時、とうとう大樹が限界を迎え、幹が半ばからへし折れた。刹那、大量の魔力が幹の内側から漏れ出て、漆黒の枝や葉が砕け散っていく。
その中で、生成されようとした魔物も力をなくし消滅する。俺と王女の周囲からは漆黒そのものがなくなり、倒したのだとわかった。
俺は一度息をついた後、後方へ首を向ける。騎士達はなおも戦っていたが、暗黒大樹が滅びたことによって魔物の動きが鈍くなったようで、撃破速度が明らかに増していた。
結果、呼吸を整える間に殲滅に成功。視界に映る範囲で魔物が消え……戦いは、終了した。
「勝ちましたね」
シャル王女が言う。その顔には笑みが浮かんでいたが、額には汗が浮き出ていた。
笑みを絶やさぬ王女だが、ギリギリだったはず。最後の攻撃で暗黒大樹が滅びていなければ、彼女が犠牲になっていたのかもしれない。
そんな考えが頭の中に生まれた直後、背筋が凍った……けれど、すぐに頭を軽く振って考え直す。過程はどうあれ勝ったのだから――
「どういう経緯で生まれた魔物なのかわかりませんが、凶悪な存在であったのは確かです。本来ならば調査をしたいところですが……」
王女が話す間に暗黒大樹はその姿を完全に消していく……俺はゲームのシナリオを思い出す。戦いの流れは過程は違えど似たようなものだった。大樹を守る魔物と戦い続けながら、大樹へ攻撃して滅ぼす……ただ、現在の状況は極めて異常だった。ゲームでは古の邪竜を倒してから少なくとも一ヶ月以上は経過してから自体が発覚していた。
邪竜が復活したタイミングも異様だったし、ゲームとは流れが一緒にしても展開が早すぎる。まあ、そもそもゲームの主人公や仲間がいないのだから展開も同じじゃないのはわかりきっていたけど。
このままひたすらとんでもないペースでインフレし続ける敵が現れていくのだろうか? そう思うと不安が再度胸の内に生まれたが、
「ラグナさん」
そんな心情を察してなのか、シャル王女が声を掛けてきた。
「今は勝利を喜びましょう」
「……はい」
この人は、どこまでも見通している……俺は頷き思考を止めた。
気付けば森の最奥は穏やかな空気を取り戻していた。異質な魔力は暗黒大樹が滅びたことにより消え失せ、魔物もいなくなったことで森の中には清浄な空気が流れ始める。
「これで、事態が悪化することはなくなります。三度ご協力頂きありがとうございます」
王女は言う。それに俺は、
「国の人間として当然のことをしたまでです」
「ふふ、そうかもしれませんが……と、そうだ。周辺に脅威がないことを確認次第、色々と手続きをしますね」
「……手続き?」
「報酬のお支払いとか」
そういえばそうだった。俺は「ありがとうございます」と礼を述べつつ、歩き出す。
戦いには勝利した。ただ、そうした中でもやはり、異様なシナリオの流れは看過できず、心の内で不安を生む。
行き着く先は果たしてどこなのか――俺は一年でサービス終了したゲームのことを改めて思い返す。シナリオの結末は言わば打ち切りエンド。新たに現れた敵――出現し続ける脅威を率いていた、本当の首謀者が出現し、主人公や王女はそれに挑むところで終わった。
その脅威の名は明かされなかった。確かビジュアルファンブックでは『破滅の使徒』という表現だった。
名前からどういった存在なのか想像できないが、実際にゲーム上のシルエットもただ黒い塊だった。けれどロイハルト王国に襲い掛かった首謀者であるのは間違いなく、そいつが現れるまで――戦い続けるのだろうか?
「ラグナさん」
疑問が頭に浮かんだ時、またしてもシャル王女から声を掛けられた。
「すみません、唐突なのですが今後のご予定はありますか?」
予定? 俺は内心で疑問を抱きつつも答えは返す。
「いえ、何もありませんが……」
「そうですか。なら周囲の危険調査を行った後、私と一緒に来てもらいたい場所があるのですが」
それは、戦士シャルではなくシャルミィア王女としての話だろう……で、彼女の口上を聞いて何が言いたいのか察した。
脅威を取り除いた存在として、王都――ひいては王様に事情を説明したいのだろう。そこについては俺の能力が信用されるのか……あるいは恐ろしい力だとして恐れるのか、様々な可能性がある。
でも、さすがにここまで戦った以上は国として、王女としても野放しにできないことは理解できる……断ったとしても何かしら理由をつけてどうにか同行を願うだろう。それに、下手に逃げたらそれだけで面倒なことになる。
「はい、わかりました」
よって俺は返答し――シャル王女は満面の笑みと共に俺へ礼を述べたのだった。