王女の切り札
そして――とうとう、リーデの森最奥へと到達した。開けた空間で、真正面あるのは漆黒の大樹。樹齢何百年クラスの大きさを持ち、岩壁を背にして鎮座する、この森の主。
巨大な幹も細い枝も、そして生い茂る葉すらも全てが漆黒で不気味極まりなく、同時に異質とも言える魔力は明らかにその大樹から漏れ出ていることが、誰の目から見てもわかった。
「何だ……これは……!?」
騎士の一人が叫ぶ。最奥にいるのは魔物だと思ったことだろう。しかし実際は大樹――暗黒大樹が森の主であり、有害な魔力を発していた。
「……植物が相手というわけですか」
異様な姿をした大樹を見据えながら、シャル王女は口を開いた。
「すぐに戦闘態勢へ! 森の中にいる魔物達が来ます! 迎撃しつつ、この黒い大樹を滅ぼします!」
言葉の直後、魔物の気配。この森奥へと向かってくるのが、はっきりとわかった。
同時、騎士や魔術師は迎え撃つべく周囲の森に対し警戒と展開を行った。魔術師が地面に何かしら描き、それが魔力を発して透明な壁――結界を生み出す。
そして騎士は剣を抜き魔力が刃から発せられた。その直後、森から狼の形をした魔物数体が、俺達へ向け襲い掛かってきた。
だが、それを結界が阻む。狼は透明な壁に激突し、動きを止めた。
そこに、騎士達の刃が放たれる。結界は狼を拒絶し、騎士達の攻撃は通る――こちら側からは貫通するという特殊仕様らしい。
後続からも魔物はやってくるが、それらも結界で抑え込めている様子。ここで、別の魔術師がさらに魔法を起動させる。それは地面を一度発光させたかと思うと、魔力が周囲にいた騎士や魔術師に吸い込まれるのが見えた。強化魔法のようだ。
その魔法によって、騎士達の動きに勢いが増した。断続的に来る魔物を迎撃し、包囲されている中で数を減らしていく。
俺はシャル王女へ視線を向けた。彼女は俺を見返しており、この戦況に対し一言告げる。
「調査に合わせ、可能な限りの軍備を整えました。魔術師達の援護もあり、魔物に対抗できています」
……準備といっても期間はあまりなかったはず。相当無理をしたのだと思うが、これまで遭遇した敵を踏まえ戦力を整えた。
その結果が今……魔物の迎撃はできている。なおも後続がやってくるが、騎士達の動きが良いため、突破される危険性は低い。だが、俺も王女もわかっている。目前に存在する暗黒大樹には通用しないと。
もし倒すのならば、俺の剣や王女の力しかない。
「後方は問題ありません。残るは目の前にあるこの大樹だけ」
シャル王女は剣を構える。次いで魔力を高め始めたが、それは洗練されこの森の中で一際輝くようだった。
「ラグナさん、力を貸してください」
「もちろんです」
彼女は微笑んだ。しかし直後に表情を引き締める。
「大樹――異形を滅ぼします!」
号令と共に王女は駆け、それに精鋭の騎士や魔術師が追随。俺もまた彼女に合わせ走る。
同時にゲームの情景を思い出す。暗黒大樹は自らが攻撃をすることはない。異質な魔力で敵を威嚇しつつ、魔物によって自身の周囲を守る。
現状は俺達を誘い込んだことで大樹の周りに魔物がいない。このまま突撃すれば滅ぼすことができる――大樹自体が非常に強固なのは確かだが、それでも俺の剣は届くはず。ならばこのまま倒せるかもしれない。
そういう期待もあるにはあったが、走り始めた瞬間に大樹から発せられる魔力が濃くなった。自分を滅ぼす脅威が迫っていることを認識し、迎撃態勢に入った。
刹那、大樹の周囲、漆黒の大地がせり上がった。思わぬ変化に俺や王女を含め大樹に迫っていた人間は立ち止まる。
異様な変化だったが、すぐにその正体はわかった。せり上がったのは大地そのものではなく、漆黒の魔力――それはやがて形を成して人のような姿となった。
右腕と思しき部位には剣らしき物が握られている……どうやら俺達の姿を真似ている。俺達の魔力を分析し、暗黒大樹は魔物を作ったのだ。
「魔物を自在に生み出せる、というわけですね」
シャル王女は警戒を込めながら告げると、周囲の騎士達へ指示を出した。
「魔物の迎撃を! 大樹は私が仕留めます!」
オオッ――と、騎士が叫び突撃を始める。そうした中でシャル王女は大樹を見据えた後、俺へ視線を投げた。
「ラグナさん、二人で攻撃を」
「わかりました」
騎士や魔術師は指示を受け役目を全うしている――俺が王女と並び立つことについては、誰も何も言及しない。
内心では反発する人だっているかもしれない。しかし、王女を守り目の前にある脅威を打ち破れる人間は俺だけということを、彼らは知っている。だからこそ、声は上がらない。
――騎士や魔術師からの評価はどうでも良かった。俺の目的は王女を守り、この国の脅威を退けること。それが『終焉の剣』を手にした物の責務とまでは思わないが……隣にいる人を守ることが俺の願いである以上、やることは変わらない。
王女が走る。それと共に、彼女が装備する鎧や剣から、魔力が溢れた。この戦場において、異質な大樹の魔力を忘れさせるほどのまばゆさ。先の魔物討伐などで見せたことのない、王女の全力。
これはゲームでも見せていた彼女の切り札。瞬間的な強化魔法であり、通常の何倍も身体能力が活性化される。ゲームではスキルとして使用でき、少しの間敵を圧倒できる能力を得ることができる。
それと引き換えにデメリットもある。強化が途切れた後は能力が大幅にダウンする……つまり、時間制限ありの強化だ。王女が持つ魔力が尽きれば強化は自然を解除されてしまい窮地に陥る。
だが代償ありの切り札は、この戦場にいる存在全てを蹂躙できるほどのもの。『終焉の剣』によって魔力を精査できる俺ならばわかる。今の彼女ならば暗黒大樹を……ひいては魔物の王や古の邪竜であっても、倒せたかもしれない。
ではなぜ先の戦いで使用しなかったのか――これはしなかったではなく、できなかったが正しいはず。この強化は彼女が持つ武具の真の力ではあるが、ゲーム開始時は使えなかった。
この能力を使用できるタイミングで、ゲームにおいて実装された経緯がある……それは今よりもずっと後の敵が出現した時のこと。つまり、彼女もゲームと比べ早いタイミングで技法を体得したことになる。
魔物の王や邪竜を見て、無理矢理習得したということなのか……胸中で考える間に俺と王女は大樹へ迫る。だが剣の間合いが届くより先に、俺達を阻むように漆黒の地面から魔物が出現する。
「王女は大樹を! 魔物は俺が!」
叫び、人の形を成す前に漆黒へ刃を一閃した。それによって漆黒は吹き飛び、事なきを得る。
だが相次いで地面から魔力が生じ、魔物が姿を現そうとする――俺はその動きを捉え、魔物が生まれるより先に地面を斬った。魔力を大いに込めたその斬撃は、地面を抉り大樹の目の前にある漆黒を吹き飛ばす。
黒はさすがに地面奥深くまでは浸食しておらず、俺の剣によって本来の地面が顔を覗かせた。これならば魔物の生成は出来ないはず――
今だ、と声を発するより先に土の地面を越えて王女が大樹へと一閃した。黒い幹が抉れ、大樹の中に存在する魔力が弾ける。
だが、一撃でへさすがに仕留められない――次の瞬間、暗黒大樹自体が抵抗なのか魔力を発した。