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想定外

 シャル王女は魔術師や騎士に囲まれ話をしている。俺は数歩分距離を置いてその光景を見守っていると、


「では、ひとまず準備を」


 彼女が指示を出すと騎士達が散開する。そこで俺は、


「一体何が……?」

「森の中がおかしなことになっています」


 シャル王女はそう断言する。


「森の最奥に凶悪な魔力を感じ取ることができました」


 暗黒大樹が相応の力を持って森に鎮座しているようだが……王女はさらに続ける。


「そして森の中に魔物の姿を確認したのですが、その動きがおかしい」

「一体それは……?」

「どうやら私達のことは気付いているようなのですが、明らかに私達と距離を置いている」


 距離を……それはどういう意味を持つのか。


「さらに言えば、森の最奥にある異質な魔力……そこへ至るまでの道筋に魔物がいない」

「それはもしや……誘っている?」

「かも、しれません」


 ――この展開はゲームにもなかった。


 暗黒大樹は知性があるのかわからないが、自分の命を守るために魔物を生成しているのは間違いなく、ゲームでは大樹の下へ到達するより前に激闘に次ぐ激闘、という状況になっていた。

 しかし現実では違う。魔物は距離を置き、森の奥へ誘っている……ここで俺は、


「森の最奥に存在する何かは、俺達を奥へ引き込みたいんだと思います」

「逃げている魔物は、私達が森に足を踏み入れれば、近づき取り囲む、なんて動きをしそうですね」


 シャル王女の言葉に俺は小さく頷いた。

 おそらくこれは、暗黒大樹の策だ。ゲームと比べ魔物の数が少ないため、ただ単純に魔物を展開しているだけでは勝てないと考え、こちらを引き込む気なのだ。


 疑問は暗黒大樹がこの策を考えたのかどうか、ということ……ゲームではこんな知性は見受けられなかった。あるいは誰かの差し金でこういう状態になっているのか――


「森の奥に何がいるのかはまだわかりません」


 思考する間にシャル王女はさらに続ける。


「しかし、こうした策を用いる何かがいるのは間違いありません。迂闊に飛び込むことは危険ですが、森にある異質な魔力は、放置し続ければどうなるのかわからないというのも事実です」

「……はい」


 王女や騎士はどう判断するのか。沈黙していると彼女は俺に対し身を翻す。


「少々お時間をください。少し話し合い結論を出します」


 ――俺は何も言わなかったが、無言の同意だと見なしたか彼女は騎士達の下へ向かった。

 そうしておよそ十五分後には結論を出した……調査を行う。森の奥に何がいるのかを確かめる。


「魔法による観測は限界もあり、一度はどういった存在がいるのかを見定めなければなりません。一日遅れれば、おそらく状況は目に見えて悪化する……そんな気がします」


 王女の判断によって、騎士や魔術師は準備を始める。しかし、調査というよりは魔物を討伐するという意気込みであり、森へ入る人数も当初と比べずっと多かった。

 確かめる、という名目だが実際は魔物との戦いになる……王女の指示の下、騎士や魔術師が臨戦態勢に入った。その中で俺は彼らの準備を眺め――やがて、呼ばれた。


「よろしくお願いします」


 そして並び立つように指示された……うん、俺の能力から考えると当然だが、なんだか緊張する。

 騎士や魔術師は無言でそれに従う様子。俺については説明してあるようだ。まあ騎士の中には邪竜を倒した光景を見ていたわけだし、王女の横に配置するのが良いという判断らしい。


 異質な魔力である以上、何が起こるかわからない……その中で騎士や魔術師達は最善を尽くすべく、動いている。

 その中で王女もまた……ここで俺は、彼女に以前と異なる気配が宿っているのを理解する。これが、昨日言っていた対策だろうか?


 考える間に王女が号令を発し、動き出す……いよいよ、調査という名の戦いが始まる。

 騎士が先導して森に入る。茂みに足を踏み入れた直後、体にまとわりつくような魔力を感じた。


 それと共に魔物の気配――だが、近づいてくる様子はない。やはり俺達とは距離を置いている。間違いなく森の奥へ向かうことで近づいてくるだろう。

 後方にいる魔術師が森に存在する魔力について色々議論しているのが聞こえてくる。一番前を歩く騎士数人は進行方向の気配を探り、周囲を警戒しながら歩む。そうした中で俺の隣にいる王女は、ここに来て沈黙した。


 それは森の雰囲気に圧されているわけではない――例えるならば、力を溜めている。静かに戦いに備えている。

 森の奥へ向かう俺達の動きを阻む存在は何もない。拍子抜けするほど順調に進み続ける。奥への道についても茂みをかき分ければ問題なく進める。途中に進路を阻む大木すらない――俺はなんとなく、これについても森の奥に存在する深淵に誘うため、邪魔なものを排除したのではないかと一瞬考えた。


 ただそれは、さすがに無茶な推測だろうか? だが魔物の動きといい、進路上に邪魔なものがない事実から、否定できないような妙な説得力がある。

 この調子でいけば、あっという間に森の最奥へ到達する。さすがにここの段階に至り騎士や魔術師もあまりに順調すぎることで逆に警戒を強くした。


 俺は周囲を見る。森の最奥へ近づけば近づくほど、まとわりつく魔力も増えていく。この場にいる者達は平気だと思うが、一般の人ならこれだけで気分が悪くなるだろう。

 ゲームでは実際、この森周辺から魔力が漏れ出ただけで死人が出るほどの影響が出た……暗黒大樹はまだ成長しきっていない。となれば、現段階ではまだそこまでの力を持っていない、という風に捉えることもできる。


 ただ、進めば進むほど感じられる異質な魔力は……いよいよ森の最奥へと到達しようとする。まだ暗黒大樹自体は見えないのだが、いよいよ目的地近くとなって、先頭を歩いていた騎士が立ち止まった。


「この魔力は……何だ……?」


 先ほど、大樹は成長しきっていない――そんな推測をしたが、間違っていたと確信させられるほどに、魔力はドス黒い。触れるだけで寒気と悪寒に苛まれそうな力に対し、魔物と戦い続けた百戦錬磨の騎士でさえ動けなくなってしまう。

 そしてシャル王女もまた……横を見た時、彼女は目を細め森の奥を見据えていた。


「……ただ単純に、魔力量が多いというわけではない」


 冷静に、目前に迫る深淵に対し考察する。


「まるで、この世の憎悪を一身に受け、それを魔力に変えて発しているような……」

「どう、しますか?」


 近くにいた騎士が王女へ問う。深淵は騎士を動揺させ、さらに魔術師も恐怖を抱かせている。もし王女という精神的な支柱がなければ、たちまち悲鳴を上げて一斉に逃げていたかもしれない。

 俺は眼前に存在する気配を認識して、一つ推測を行う。まだゲーム上にあるような被害は出ていない。しかし、森の奥に存在する暗黒大樹の力は、ゲームの時とさして変わらないのではないか。


 俺は王女を見た。近づくだけで畏怖を抱くような存在に、明らかに罠も待っている。このまま突き進んで交戦したら――どうなってしまうのか。

 退却も正直あり得ると俺は考えた。だが、


「……進みます」


 シャル王女はそう告げた。


「罠が待っているとは思いますが、今以上に戦力を結集させている時間はないと考えます。放置すれば今以上に強大になる可能性がおそらく高い」


 シャル王女の判断は、おそらく正しい……俺は古の邪竜に続き、暗黒大樹も早期に活性化しているのだと確信した。まだ被害が出ていないのは、単に動き出していないだけ。

 その中で、俺は……心の中で呟くと同時、王女は指示を出し、俺達は森の最奥へと動き出した。


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