汚名返上
シャル王女が俺に対し責任はない、と言及すると同時に今回町に出て色々と見て回った経緯を理解した。
彼女は、俺が次の戦いに対し不安に思っているのを看破した。俺は隠すのが下手で、表情にきっと全て出ていたのだろう。結果、内に抱える不安を少しでも取り除くため、王女が率先して俺を誘って町を見て回った。
俺は王女自身が不安を抱きストレスを溜めていたから、気分転換のため町へ繰り出したと、違った……そういう面だってあるかもしれないが、一番の目的は俺のリフレッシュと、こうした話をしようと考えたためだった。
「次の戦い、私にも色々と考えていることがあります」
俺が沈黙し続ける中で、シャル王女はさらに続ける。
「今までは不甲斐ない結果でしたが、次こそは……汚名を返上して見せますので、どうかお付き合い頂ければ」
「汚名返上って……」
「ラグナさんがどう感じているかわかりませんが、今までの戦績を踏まえれば、森の調査で頼れるかと言われると首を傾げますよね?」
それは……返答に窮していると王女はなおも語っていく。
「そこについてラグナさんが不安に思うのは仕方がありません。先ほどの発言も……背負わなくていい、という発言も説得力がないように思えます」
「でも、次は対策をするから大丈夫だと?」
「確約はできません。けれど、先の戦いで私は何をすべきなのかを学び、対策を講じました。次は……ラグナさんの足手まといにならないよう、全力を尽くします」
――自分の足手まといに、という表現がなんだか奇妙に思えてくる。
「……わかった。よろしく」
俺の言葉にシャル王女は頷く。ひとまず話はこれで終わり、料理がやってきて俺達は食事を始めた。
その後も町中を見て回り、美術館なんてものがあったのでそこへ入ったりもした。前世の記憶を合わせても美的感覚なんてものはゼロなので、数々の絵についてはただ「すごい」という表現しかできなかったけど……前世という経験があるのに、この世界について知識がある以外の利点が何もない。
ただ、その知識によって王女を含め国を救えているのだからそれでいい……そんな結論を抱きつつ、王女と共に町中を進む。やがて時刻は夕方近くなり、少しずつ世界の色が茜色に染まっていく。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
俺がなんとなく告げると王女は「そうですね」と同意した。
「では、戻るとします」
「調査開始は明日だよな?」
「はい、森の中について詳しく調べるわけですが、危険だと判断した場合は退却も視野に入れます」
俺はそれでいいとばかりに頷いた――敵の気配が濃い方角へ進めば暗黒大樹の下には到達できるはずだが、その結果魔物に囲まれるというのは避けたい。
「森の奥に向かう場合、直線的な距離としてはそう長くはありませんが、鬱蒼と茂る木々の合間を縫って進む以上は、時間が掛かります」
「まずは森の中へ入って色々と調査……特に魔物の動向について調べる、か?」
「はい、そのつもりです。調査である以上は多少なりとも時間を要する点はご了承ください」
……暗黒大樹の後に登場する敵についてはどうやら出現していないみたいなので、今回は多少の余裕があるだろう。この場所に少しの期間滞在していても、おそらく問題はない。
ただ、その一方で時間を掛ければ掛けるほど暗黒大樹は強化されていくはず。可能であれば早期に倒したいところだが、さすがに一日二日で大した変化はないだろうし、そこまで懸念しなくてもいいだろう。
むしろ調査に入って魔物の数を減らして状況をよくしていく方がいいだろう……やがて俺達は集合場所まで戻ってきてから、別れた。
王女はこちらへ小さく手を振った後に背を向ける。俺はただ王女を見る。俺以外の人には単なる戦士に見えている彼女は、茜色の光を浴びながら颯爽と歩き去っていく。その姿を見ながら、何度目かわからない決意を固める。
「……剣は俺の願いを叶え、それを成すだけの力を与えてくれている」
今はゲームの主人公であるリュンカほど上手く扱えているとは思えない。けれど、魔物の王を倒し古の邪竜も撃破した。
ならば、今回も――シャル王女は対策を立てたと言っていた。彼女や騎士と連携し、必ず勝利する。
俺は王女の姿が見えなくなるまで立ち止まったままだった。やがて視界から消えたときにようやく歩き出し、宿へと戻る。
『全てを背負わないでください』
昼間、王女が語った言葉が思い出される。プレッシャーや不安に苛まれていた俺を彼女は察し、心の負担を和らげようとした。
その効果もあって、今の俺は心的な負担がずいぶんと軽減された。だからこそ、前向きに思考できる。
「必ず……勝つ」
不安を押しのけ、俺は一人宣言したのだった。
そして翌日、早朝の段階から駐屯地の砦へ。既に準備は万端であり、結構な数の騎士に加えて森の中を調査するための魔術師がいた。
魔術師――言わば魔法を扱うスペシャリストだが、今回の目的は調査なので、戦闘能力が高いというよりは、森の中を分析するための調査員という立場が妥当だろう。
そして砦を管理する年配の騎士とシャル王女は顔を合わせ、やがてその人物もまた調査に加わり森へ歩き出す――その道中で俺は近くにいた騎士といくらか話を聞いた。
リーデの森近くに砦を建てたのは、国境に近かったからという意味合いもあるが、森の気配が非常に濃く、魔物が出現する頻度も多かったため――つまり、国境を守るためだけではなく、森に対する警戒をしていたということになる。
ただその一方で、砦そのものを解体すべきだなんて論もあるらしい。なぜかというと国境を守る、という点については形骸化しているためだ。
ロイハルト王国と隣国は仲が比較的良く、国境を守るという意味合いは薄い。なおかつ、リーデの森についても昔と比べれば魔物が姿を現す頻度が少なくなっている。だからこそ、砦の存在価値はあるのかと言及があり、今でも砦を壊すか維持するか議論しているらしい。
騎士とこうした会話をしている間に森の入口へと辿り着き、すぐさま魔術師達は調査の準備を始めた。まずは魔物の位置を特定し、さらに森の奥にどういった魔力があるのかを調べる。
もし魔物が周辺にいるのであれば騎士達の出番であり、目視による索敵で魔物の姿を確認し、場合によっては戦闘――彼らが作業する中で俺は様子を眺めることに。
ひとまず当面は出番なしだろう。俺も剣の力を利用して索敵できるし、今も森の奥から漂う濃密な気配は感じ取れているけど、森自体の魔力が濃いせいで魔物が何体いるのかとか、細かいことまではわからない。そこは調査員達に任せよう。
「気配を探るのも難しそうだな……」
剣の力によって何か対策とかできるだろうか? 俺は意識を腰に差している剣に向け、新たな力が宿らないかと思ったが……反応はなし。
それなら調査が終わるまでおとなしく――そんなことを思っている間に、魔術師達がザワザワし始めた。何事か話し合っており、ただならぬ様子であることが認識できる。
森の奥に存在するであろう暗黒大樹の魔力を捕捉して動揺しているのか、それとも森の中に凶悪な魔物がいるのを観測したのか……色々と考えていると、俺に近づいてくる騎士が一人。
「王女がお呼びです」
俺にも関わってくることなのか……緊張した面持ちで王女のいる場所へ向かった。