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王女と責任

 翌日、俺はシャル王女に指示された場所で待っていた。町の中央にある広場であり、指定時刻になったらシャル=アルテンの姿をした王女が来た。


「お待たせしました」

「……あの、一ついいですか?」

「はい」

「その衣装、常に持っているんですか?」

「はい、外へ出る際に鎧は目立ちますからね。私の幻術はあくまで顔つきを変えるためだけのものなので」


 なるほど……と、ここで俺はさらなる疑問が。


「今日も抜け出したとしたら……騎士にはバレないんですか?」

「そこは大丈夫です」


 一体どうやっているんだろう……やっぱり騎士達が見逃しているだけなのでは? という疑念は拭えない。

 もしバレていたら、怒られるのだろうか……まあ、王女はここに来てしまったし、考えても仕方がないか。


「では行きましょう」

「はい」


 返事をすると、シャル王女は苦笑する。


「今の私はあなた以外には一人の戦士です。普段の口調で構いませんよ」

「あ、えっと……」


 俺の目には王女なんだけど……ただ目線から普通に話してくれという雰囲気が見て取れる。そこで、


「……わかった」


 返事をするとシャル王女は満足そうに微笑んだ。


「では行きましょう。実はいくつか行きたい所があるんです」


 ――この町はそれなりに規模も大きく、商業的な施設もあるしお店も結構ある。王女はどうやらその内のいくつかに目を付けているらしい。

 王女が先導する形で町の散策が始まる。大通りには店が並び、彼女は俺に声を掛けてから一軒の店に入った。


 正直、王女である以上は欲しい物なんてすぐにでも手に入るだろう……なんて思うのだが、雑貨を眺める王女の表情はキラキラしていた。


「初めて見る物も多いので、見て回るだけでも楽しいですね」


 シャル王女はそんな発言をしつつ、いくつか雑貨を購入する。一方の俺は店を見て回る彼女の姿を眺めるだけ。

 雑貨店を出た後、ふいにシャル王女は俺へ口を開く。


「ラグナさんは何か買わないのですか――」


 と、ここで彼女は気まずそうな顔をした。


「そ、そういえば……報酬、支払っていませんでした」

「……あ、確かに」


 言われてみれば。


「でも二つの戦いは双方とも偶発的に顔を合わせているわけだし……」

「いえ、助けてもらったのは事実ですし、ちゃんと報酬を出さなければ国の沽券に関わります!」


 沽券って……まあ国と仕事をしているのにタダ働きだ、なんて噂が立ったら大問題にはなりそうである。


「ちゃんと報酬はお渡ししますので!」

「あ、うん。わかった……それ、ギルド経由?」

「はい」


 ――金額とかは聞かなかった。二度も命を助けたということで、結構な額になりそうだけど……たぶん見たこともない金額になりそう。


 そんなことを思いつつ、俺達は別の店に入る――楽しそうに動き回る王女の姿を見て、心の中に溜まった不安も溶けて消えていくような気がした……格好は戦士の無骨さではあるが、やっていることはまさしくデートだ。ただ俺の方は相手が王女ということもあって緊張もあり、彼女の笑みに応じるような余裕はないけど。

 とはいえ、町中をうろつくだけでもそれなりに楽しくはある……王女も俺の心情は察しているのか、こちらの表情に構わず笑顔を向けてくる。


 ――そうして時間はあっという間に過ぎていく。気付けば昼近くとなり、俺達は飲食店へ入った。

 小綺麗な店だったので、戦士の格好をしている俺達は門前払いされてもおかしくはなかった……のだが、幻術が効いていても気品があったか、シャルが店員と応対したらあっさりと入店できた。


 食事の席は個室であり、ちょっと緊張しつつ俺は王女と対面する形で席に着く。


「私が払いますから、思う存分食べてください」


 そう言われたのだが……ひとまず控えめに注文を済ませた後、


「そういえば」


 俺はあることを思い出した。


「魔物討伐の際、その格好で俺の所に来たのは怪我の具合を確認するためだったのか?」

「あ、それもあるんですがもう一つの理由が表情ですね」

「表情?」

「魔物討伐後、というのは安堵した表情であったり、あるいは達成感から顔が緩んでいることが多いです。騎士達は警戒を続けていましたから、表情を引き締めていましたが……その中でラグナさんだけが大きく違っていた」

「具体的には?」


 問い返すとシャル王女は少し考えた後、


「表現するなら、最初に出会った時は混乱……火を囲んでいる時は不安、でしょうか」


 鋭い。転生前の記憶を取り戻した俺はあの時、紛れもなく混乱していた。そして混乱から抜け出した後は、ロイハルト王国がどうなるのか知って不安になった。


「あの時、自分では解決できない問題がある、と言っていました」


 意を決するように彼女は言う。


「それは、あの魔物の王についてなんですか?」

「いや、それは違うよ」


 と、俺は首を左右に振った。

 さすがに真実を話すのは難しい。ただ、王女と話をするようになっていつか訊かれるだろうと思い、答えは用意していた。


「抱えていた仕事に関することだ。その中で、独力では厳しいものだった」

「だから、剣を手にした?」

「俺は剣があるという話を聞いて、もしかしたらと思った。自分にできることをやる――仕事を果たすには、それしかなかった。その後は……魔物の王との戦いとかは、仕事が終わった後の話だな」

「なるほど、わかりました」


 納得したような表情を見せるシャル王女。説明としては無難だと思うけど、疑問は出てくるだろう。でも、それを彼女は尋ねようとしなかった。

 よってここで話は終わり――今度は俺が疑問を告げる。


「その、確認なんだけど」

「はい」

「抜け出したみたいだけど、本当にバレていないのか?」

「大丈夫ですよ」

「本当? 実は気付かれていて、相手が王女様ということで見逃されているとか、そういう可能性はない?」


 その問い掛けと同時にシャル王女は小首を傾げながら――考え込んだ。

 沈黙はたっぷり一分ほど。俺は言葉を待つしかなく、やがて王女は先ほどと比べ自信なさげに、


「大丈夫……です。はい」

「バレているかもしれない、という点に心当たりがあるみたいだけど」

「いえ、問題ないはずです……絶対、大丈夫だと思います」


 最終的に「思います」という表現になってしまった……これ、バレたら俺が怒られるのかなあ。


「あ、ラグナさんに非難の矛先が向かないようにはしますから。もし露見しても、私のせいにして構いませんよ」

「……俺から誘うなんてあり得ないし、そちらの責任になるだろうなとは思うけど」

「はい、遠慮無く私のせいにしてもらっていいです」


 微笑みながら言う王女。


「それとラグナさん、責任ということで一つ」

「……何?」

「ラグナさんが背負う必要はありませんよ」


 ――その言葉、最初意味はわからなかった。けれど戦いのことだと気付いた時、王女はさらに話を続けた。


「ラグナさんが考えていることはわかります。次の戦い……森の調査において魔物の王や封印されていた竜との戦いみたいな、一歩間違えれば危険な状況になるかもしれない。それを止められるのは自分だけだ、と」

「それは……」

「今回は、先の戦いとは違います。あなたから情報をもらい、私の判断で動こうとしている。どのような結果であっても、私の責任になります」


 胸に手を当て彼女は言う。その態度に俺は沈黙するしかない。


「ですから、全てを背負わないでください。責任全てを預けるのが苦しい、というのなら自分は一部分だけ抱えている、という風に解釈してください。とにかく、あなたは双肩に全てを負わなくてもいい。それは、理解してください――」


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