災厄の気配
「今回の竜……あの敵と戦った俺に対し、騎士達の反応はどうでした?」
問い掛けに、シャル王女は小首を傾げた。どういう意図があっての質問なのか疑問のようだ。
「その、いくら強力な剣を持っている……仮にそんな説明をしたとしても、あんな竜を相手に一対一で倒しきるなんて、どう考えても無茶苦茶でしょう?」
「ラグナさんの力を目の当たりにして、あなたに対し恐怖を抱く人がいるだろう、ということですか?」
俺は頷く――強大すぎる力。騎士ともなれば、脅威であった竜よりも、俺の方を警戒してもおかしくない。
「確かに騎士の中にはあなたのことについて言及する方もいました」
「では……」
「ですが、私はあなたのことを全面的に信用します」
彼女の言葉に、俺は言葉をなくす。
なぜ、と問おうとするより先にシャル王女はさらに続けた。
「あなたは、二度も私を助けてくれた……信頼するには、十分過ぎるでしょう?」
「……そう、ですか」
俺はどこまでも戸惑う。そんな様子に王女は笑いつつ、
「ひとまず、体調に問題ないか確認するために魔法医を呼んできます」
彼女は部屋を出た。一人残された俺は天井を見上げ、
「……ひとまず、良かったな」
王女と騎士を救えたことに、安堵したのだった。
翌日には体調も回復し、俺は医務室から出た……しかし詰め所から出ることはなかった。
その理由はシャル王女に呼ばれたから……詰め所の一角にある小さな会議室で、椅子に座り机越しに話し合いを始めることとなった。
「あの、王女一人ですか?」
俺はこの部屋に自分と王女以外いないことに言及。すると、
「はい、今回の話については……騎士と話をする前に、あなたと事前に語っておきたかったので」
「それは、どういう……?」
問い返すと王女は俺へ説明を始めた。
「あなたが持つ力については、私自身気にはなりますが言及はしません。ですが、一つだけ……あなたは魔物の王と呼んだオルザークの存在を感知した。竜についても私が調査へ向かう段階であなたは森にいた上に、竜自身あなたが何か知っているだろうという言及をしていた。つまり、気付いていた……ということで良いですか?」
問い掛けに――俺は小さく頷いた。
「わかりました……なぜ知っていたかについてはあなたが話し出すまで聞きません」
――信頼しているから、事情があるにしても尋ねようとはせず待つことにするらしい。
「では、本題です。現段階で凶悪な存在が国を脅かそうとしていました。他に、あなたが感じられる気配はありますか?」
なるほど、こういう話なら二人きりも理解できる。俺が騎士達の前で迂闊に話し始めれば何だコイツはと思われること請け合いである。
一方でシャル王女は俺のことを信頼しているし、その実力をしかと評価しているからどんな話も受け入れる……ここで俺は考える。どうするべきか。
馬鹿正直に転生云々と語れば、いくら信頼されていると言っても間違いなく不審な目で見られる。よってそれらしい理屈をつけることで対処するのがいいだろう。
俺はゲームでの出来事を思い返す。魔物の王、古の邪竜。その次に襲来するのは――
「……まず、自分が感じられる手法としては二つあります」
俺はゆっくりと話し始める。それと共にどうかみ砕いて話せばいいか脳をフル回転させる。
「一つは単純な気配察知。ただその範囲は非常に広い」
「範囲の広さはあなたが持つ剣の力によるもの、ですね?」
「はい、この剣の力によって……けれど、気配を探る以外にもう一つ情報源がある。それは夢です」
剣の力が予知夢みたいなものを見せる、という感じで話せばある程度納得してくれるはず。
「剣を手にしてから、強大な存在について夢に出てくるようになりました。けれどそれはどこか曖昧で、具体的に姿形などを明確にすることは難しいですが……」
「それによって敵の存在を認識したと」
「はい。魔物の王の存在に気付いたのは夢のおかげです。夢の中では漆黒をまとった人間、というイメージでしたが、そうした存在がこの国にいるのだと剣の力が暗に語り、そうした気配を探し、見つけた。竜についても流れは一緒です」
「なるほど。では、また夢は見ましたか?」
――俺はゲームにおける第三の敵を思い起こす。それは、
「……はい、夢に見て、気配を探りました。距離があるんですけど、それはリーデの森にいるようです」
ロイハルト王国西部、国境付近に位置する森。規模してはそれなりだが、ある特徴を持っている。
それは森の奥。人がとても立ち入れない山岳地帯を背にして、魔物が発する有害な魔力――瘴気が立ちこめる場所が存在する。そこに過去足を踏み入れた人間は言う――深淵を具現化したかのような場所だと。
これまでの敵は、ゲームにおいて王都へ攻め寄せていた。しかし今度は違う。相手は森の奥地にいて、災厄をまき散らす存在。
「イメージとしては……巨大な漆黒。ただ、森の奥に鎮座して侵入者を待っている……もしかしたら魔物ではなく、植物の類いかもしれません」
「植物……森の木々が、人間に牙を剥くと?」
「可能性の話ですが」
――第三の敵は、リーデの森に存在する暗黒大樹。根を通じ大地から魔力を吸い上げ、瘴気として地上へ放出。その影響で森の周辺では疫病が流行り、濃密な魔力によって自然にも影響が出た。竜巻が発生し、あるいは洪水を生み、また土地が枯れるといった災害が発生する。
俺は古の邪竜が魔物の王撃破後すぐ現れたことで、もしかして暗黒大樹もまた同じように、と思って今日の朝の段階で気配を探っていた。リーデの森は距離もあるし気配をつかむことは難しいと思っていたのだが、明らかに森がある方角から、嫌な気配が生じていた。
ただし、既に暗黒大樹が活性化して災厄をまき散らしているというわけではない。今はあくまで災厄を生み出す前の段階……まだ、人々への被害は出ていない。
つまり、人々への被害をゼロにするためには、今のうちに叩いておく必要がある。森に気配があるとわかった時点でそちらへ向かおうと心の中で決めたのだが――
「今、考えていることを言い当てて見せましょうか」
ふいにシャル王女からそんな言葉が飛んできた。
「災厄の気配がある……なら自分一人で赴き、戦おうと考えている」
「それは……」
「魔物の王、封印されていた竜……私を含め騎士達はほぼ無力でした。ラグナさんが捉えた次の敵、詳細はまだわかりませんが同じような脅威であったとしたら、私達はまたも無力、かもしれません」
王女は俺のことを真っ直ぐ見ている。それに対しこちらは黙って見返すだけ。
「ですが、あなた一人で動くのもまた危険でしょう」
「……そうですね」
同意する。暗黒大樹はまだゲームのような力を持っている可能性は低い。しかし今度は森の奥地へ足を踏み入れる。いくら力があっても討伐できるかどうかわからない。
邪竜との戦いにおいて、俺は最後の最後に倒れた。どれだけ力があっても、消耗すれば戦えなくなるため、たった一人で魔物が跋扈する森へ赴き最奥にいる敵を倒す、というのは――
「ラグナさん、理由はわかりませんがこの国が脅威に襲われているのは事実です」
シャル王女は表情を変えることなく語っていく。
「私達だけでは脅威に対抗するために力不足……しかし、やられ続けるわけにはいかない。入念な準備を行い、対抗します……ですから、ラグナさんにも協力をお願いしたい」
――俺は王女を守るために剣を手に取った。けれど、俺にとってもっとも欲しい協力は間違いなく彼女の力だ。
騎士達を率い、また魔物を蹴散らせるだけの力を持つ……ならば俺は、共に戦う彼女を守り、国を救うために剣を振るう。そう決意し、彼女の言葉に頷いたのだった。