敵の配下
決断してから行動は早く、俺はすぐさま準備をして古の邪竜がいる山へと向かうべく町を出た。
山へ向かって気配を探れば、昨日はなかった大きな魔力を感じ取ることができた。それがどうやら邪竜であり、封印が解かれ復活したらしい。
――ゲームでは邪竜に施していた封印が長き年月によって綻びが生じ、それに乗じて邪竜自身が封印を解いたということになっていた。では現実ではどうなのか――復活する時期が早すぎることを考えると、誰かが封印を解いたとか……いや、さすがにないか。
とにかく邪竜という存在が数日以内に姿を現して暴れ始めることは確定的な状況だ。ならば俺はそれを止める……ゲームでは『終焉の剣』を持つ主人公リュンカが挑んだ。俺も同じように邪竜へ――だが、果たして勝てるのか。
魔物の王オルザークは俺を侮っていたことから付け入る隙はあった。しかし今回は……古の邪竜はオルザークと比べても強い敵だ。剣の力を以前よりも使いこなせてはいるが、今以上に強くならなければ勝てる相手ではない。
しかし、強くなるだけの時間がない……オルザークとの時にやったみたいに竜と相対して瞬間的に強くなれれば話は別だが、正直あれは賭けみたいなものだ。できればやりたくないけど、それしか現状方法はないかもしれない――
そんなことを思っている間に俺は森へと入った……のだが、ここで進路方向に多数の気配を感じ取った。今はまだ距離があるけれど、それはどうやら騎士らしい。
「これは……?」
呟きながらすぐに状況を察した。俺と同じように魔力を察知した騎士団が調査に赴こうとしているのだ。
昨日みたいにシャル王女が単独で、というわけではなく騎士が複数……人数としてはそれほど多くはない。おそらく四、五人くらいだろう。
その中に俺は昨日共に戦った魔力を探り当てた。間違いなく王女も動いている。昨日あれだけ無茶苦茶立ち回ったのに今日も率先して動いている。
俺の方はどうすべきか考える。合流するにしてもさすがに騎士達は「帰れ」としか言わないだろう。ここは密かに、騎士達とは違うルートで山に入るしかないか。
そんなことを思っていた時、向こうが先んじて動いた。山へ向かおうとする騎士の一人、より具体的に言えば王女がどうやら俺に気付いたらしく、こちらへ近づいてくるのがわかった。
「……どうするんだろう」
俺を発見したからといって同行させるわけにはいかないだろう。むしろ王女自身が「今日のところは帰ってもらえれば」という風に言うのだろうか。もしそうだとしたら俺は――
やがて、俺の視界に騎士達の姿が目に入った。昨日とは異なり白銀の鎧を身にまとい、栗色の髪を結い上げた戦乙女のごとき姿。その周囲を固める騎士も一目で精鋭とわかるほど、町にいた兵士などと比較にならないほどの気配を持っている。
「どうも」
シャル王女が挨拶する。俺は小さく会釈をしてどう応じるかと悩んでいると、彼女の後方にいた男性騎士が声を掛けてきた。
「ここに立ち入るのは何用だ?」
「あ、えっと……仕事の一環で」
「そうか。薬草採取か森林内にいる魔物の調査か……どちらにせよ、今日のところは中断してもらいたい。山の方で魔物の咆哮が聞こえた。なおかつ、森の奥に魔物の群れがいるという報告も上がっている。薬草採取も危険だ」
……王女はオルザークのことを騎士達へ話していないか、あるいは事情を説明していて別に魔物がいるから警戒する必要がある、みたいな結論に至ったのかもしれない。
そこで、シャル王女は俺にだけわかるようにウインクをした。昨日のことはわかっている。今日は自分達に任せて欲しい――そんな主張が込められていた。
本来なら引き下がるところなんだけど……ひとまずここは同意して一度森を出ることにしよう――
俺は「わかりました」と答えようとした、その時だった。山の方角からオオオオ、という雄叫びが聞こえてきた。その瞬間に騎士達が一斉に山の方角を見る。
次いで、魔力が感じられしかもそれがこちらへ向かってくる――俺と共にそれを王女は察知したらしく、
「魔物が来ます! 警戒を!」
騎士が一斉に剣を抜く。森の中という状況である以上は厳しい戦いとなるが――
俺もまた剣を抜いた時、とうとう魔物が姿を現す。それは、青い外皮を持つ大きなトカゲのような魔物だった。
体躯は優に一メートルは超え、ヒタヒタと森の中を突き進んでくる。数は十を超えており、騎士達はその姿にどよめきながらも魔物を見据え、交戦する構えを示す。
――それは、間違いなくこれから出てくる古の邪竜の配下だった。邪竜の魔力によって生み出されたその個体は、魔物と同様に獣の本能で人間へ襲い掛かる。
ゲームでも見たことのある姿に俺は厳しい視線を向けながら――騎士よりも早く一歩足を前に出した。
「あっ――」
シャル王女は声を上げ反応したが、俺は止まらなかった。同時、トカゲの魔物が標的を俺へと定め跳躍する。
この魔物は動くものに反応する――と、ゲームでは語られていた。なら騎士達より先に動けば、俺を優先してくる……その目論見は成功し、魔物達は俺を狙って突撃する。
それに俺は斬撃で対抗した。魔物が持つ力――それを『終焉の剣』が持つ能力で完璧に理解すると、勢いよく一閃。剣は魔力を伴い、白銀の軌跡を描いて魔物を斬った。それにより同時に襲い掛かってきた魔物達は、例外なく全てが消え失せる。
後方にいる騎士の幾人かが驚愕の声を発した直後、魔物はなおも俺へと襲い掛かる。それに対してこちらは――首を狙って飛びかかる魔物は縦の一閃を。地面からヒタヒタと近寄る魔物も頭部を的確に刺突で射抜く。十以上いた魔物は俺の剣戟によってあっという間に数を減らし、気付けば目前にいた魔物は、騎士や王女が戦うことなく撃滅した。
ふう、と俺は息をついた後に振り返る。騎士達は剣を握りしめたまま呆然としていたのだが……最初に声を発したのは、王女。
「どうやら、助けられたみたいですね」
「……俺の助太刀なんかなくとも、対処できたと思いますが」
「いや、正直どうかわからないな」
騎士は張り詰めた声で俺に言った。
「森に少し前から居座っていた魔物もそうだが、私達の魔法などで力量を察することが難しい。先ほどの魔物も、あれだけ間近に来たのに上手く魔力を探れなかった……が、君はどうやらそれがわかっている。その上で君が魔物を仕留めるために剣へ込めた魔力量はわかった。その量から考えると、魔物が脅威だとわかる」
「脅威……」
「君の力ならば瞬殺できたが、私達では難しいだろう」
騎士はそこまで語った後、王女へ向き直る。
「一度退却し、準備を整えて動いた方がよろしいかと思います」
「そうですね……ただ、戻るのではなく進みます」
王女の言葉に騎士は瞠目する。
「進む、とは?」
「山の手前に開けた場所があります。そこまで進み、魔物の姿がないか確認をしましょう。それと平行し、増援を呼んでください」
このまま俺達は移動し、援軍を呼ぶ……無難な方針か。
するとここで王女は俺へ目をやった。
「もしよろしければ、ご協力をお願いできますか?」
そして唐突な提案――騎士の反発があるのでは、と思ったが先ほどの戦闘で魔物を圧倒したことで戦力として欲しいと騎士達は考えたか、何も言ってこなかった。
予想外の展開ではあるが、王女を守る手段としては一番だろう……本当なら彼女が引き下がることが最善だけど、間違いなくこのまま進むことを選択する。なら、
「……わかりました」
「ありがとうございます」
そういうやりとりを交わした後、騎士一人を町への伝令役として向かわせ、森の中を進むこととなった。