第二の敵
帰り道、シャル王女から思わぬ提案を受けた。
「ラグナさん、私のことはシャル=アルテンと接していた時と同じようにしてもらっていいですよ」
「……さすがに、それは」
いくらなんでも心情的にキツい、という返答をしたが彼女は「気にしなくても」と語った。
俺に助けてもらったこと、さらに強さを求める彼女にとって俺の力に興味があること、また元々俺と知り合いであること――そして最後に、自身の秘密を打ち明けたことによって、俺に対し友人のように接したいということらしい。
それは理解できるけど、さすがに相手が王女だと……ひとまず「考えておきます」と応じただけで会話は終わった。もう少し積極的な性格であればもうちょっと会話ができたかもしれないけど、残念ながら俺の能力では無理だった。どれだけ剣で力をつけても性格は一切変わっていないのだ。
ただまあ、必要以上のことを喋らず控えめな態度を示す俺をシャル王女はどうやら好意的に見ている様子……タメ口で話す、という点についても自分が王女であることを踏まえて無理強いしても厳しいだろうな、という見解は持っているらしい。
で、森の中をしばらくは淡々と進んでいたのだが、町まであと少しといった段階で王女は発言した。
「……その剣によって、まだまだ強くなれそうですね」
「かも、しれません」
「その剣について、色々調べたいところですが……」
ゲームでは国が調べたけど詳細は何も分からなかったけど、たぶん現実でも同様の状況になるだろうな。
「その話は、またいずれ」
「そうですね……あの、今日は本当にありがとうございました」
「……強くなるために動くのはわかりますけど、無茶はしないでくださいね」
俺の言葉にシャル王女は苦笑し、
「はい、そうですね。今後、気をつけます」
――そして森を抜け、俺達は別れた。時間は深夜だったが泊まっていた宿はまだ開いていて、俺は自分の部屋へ入った。
「……とりあえず、なんとかなったな」
息をつき、内心で心の底から安堵した。
正直、オルザークと対峙した瞬間終わったと思った。でも、俺はゲームの情報から『終焉の剣』に関する特性を知っていたことで、なんとか倒すことができた。
でも、これはオルザークが俺のことを侮っていたから起きたことだ。最初から全力で仕掛けられたら間違いなく俺は負けていただろう。
けど、次の敵は絶対に油断などない……オルザークを倒した後、姿を現すのは古の邪竜。長らく封印されていた竜が突如目覚め、ロイハルト王国に襲い掛かる。
それはオルザーク出現からおよそ一ヶ月の後……邪竜も多数の配下を従えて襲い掛かってくる。
なぜ、こういった魔物がロイハルト王国に襲い掛かるのか……ゲームであれば敵が出現し続けるのは当然と言えるが、現実になった今の場合はあまりに異質だ。
ただゲーム上では説明が成される……はずだった。思い出した前世の記憶において、読んでいたゲームのビジュアルファンブック――そこに、真の敵と思しき存在が描かれていた。
一年でサービス終了してしまったことで、お披露目されることがなかった悲しきラスボス……名前はなく異名で『破滅の使徒』という名称だった。見た目もわからず黒いシルエットしかわからない、諸悪の根源。
ゲームがもっと長く配信されていれば詳細がわかったのかもしれないが、あいにくそれ以上の情報はない。俺が知識として保有しているのは、オルザークとの戦いの後にどのような敵が襲い掛かってくるのか、ということだけ。
主人公や彼の仲間がいない状況で、引き続き絶望的な戦いを余儀なくされるが、オルザークを倒したことで希望が見えてきた。次の邪竜出現までは時間がある。その間に『終焉の剣』を今以上に使いこなすことができれば、勝機はあるはずだ。
問題は人々に被害を出さないようにするためには、邪竜が復活し暴れ回る前に倒す必要があること。幸い邪竜の封印場所は今いる町の近くに存在する山の中であり、距離はそう遠くない。しばらくはここを拠点にして山を観察し、魔物を狩って剣の力を引き出すように鍛練を積めばいいだろう。
最初の敵を倒したことで心に余裕ができた。とはいえさすがに仲間は探さないといけないか……そんな考えを抱きつつ、その日はやがて眠りについたのだった。
翌日、俺は昼前に起床して食事をするために宿近くの店を訪れた。そこは昼間は食事を提供し夜は酒場という店舗で、俺と同じように傭兵が複数人いた。
料理を注文し、待っている間に今日はどうしようか考える。この町を拠点にするなら宿代なんかも稼がないといけない。とりあえず仕事を探すか……そんな風に思っている間に、背後にいる剣士二人組の会話が聞こえてきた。
「騎士が何やら忙しなく動いている……山の方で何かあったみたいだな」
「そうみたいだな」
騎士や兵士の動向について噂をしているらしい。シャル王女もいるわけだし、忙しないのは当然だろうな。
王女は今、何をしているだろうか……そんなことを思いながら会話を盗み聞きしていると、
「この周辺でまだ仕事はありそうか? 王都周辺で大規模な魔物討伐があったらしいが」
「残念だがそれはもう終わったぞ。今から王都へ行くよりもこの周辺で仕事を探した方がいい」
「そうなのか?」
「ああ……ただ、引き際は見極めた方がいい。今日の朝、山の方で咆哮が聞こえたらしいぞ。最初狼の類いかと思ったが、それにしてはあまりに太い音……どこかに竜でもいるんじゃないかと噂が――」
ガタン、と俺はここで立ち上がった。音を耳にした剣士二人組が俺へと視線を注ぐ。
「あの、その話って……」
初対面の相手ではあるが思わず尋ねていた。その理由は――
「早朝に森へ向かい仕事をしていた同業者からの話だ。森に入る狩人などにも連絡が入っているはずだ……昼前に声は収まったらしいが、さっきも言った通り竜でもいるんじゃないかという噂が立つくらいだ」
「……そうですか。ありがとうございます」
礼を述べて席に着く。それで剣士二人組もこちらから視線を外した。
そして二人は会話を始めるが、もう俺の耳に入っては来なかった。理由は、先ほどの話。
「……いくらなんでも、早すぎる」
俺はそう呟いた――山から発せられた咆哮。ゲームにおいてそれは古の邪竜が復活したことを示すものだった。
つまり、ゲームで第二の敵は既に目覚めていることになる……あり得ない、と単純に思った。いくらなんでも期間がなさすぎる。オルザークを倒して半日も経過していない状況で、というのはあまりに異常。
だが、と俺は心の中で呟く。理不尽極まりないが嘆いていてもどうしようもない――放置すれば大惨事になる。古の邪竜は、人を根絶やしにするために動き出すからだ。
そして、咆哮が響き渡った数日後に邪竜は動き出す……余裕なんて言葉は消し飛んだ。被害拡大を防ぐには、今からでも古の邪竜へ挑み、倒さなければならない。
時間もまったくない状況下で、果たして俺にできるのか……不安ばかりだったが、俺は気持ちを切り替え、古の邪竜打倒のために動く決意をした。