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第7話 傍に置くのは復讐のため

 身の毛もよだつ皇帝か、おぞましい第二皇子か。なんという究極の選択だろう。二択を迫られたエスメが口をひらく前に、レジェスの後ろに立つ男が割り込んだ。


「こら、レジェス。もうひとつの選択肢が抜けているだろう?」

「ですが叔父上……」


 レジェスの叔父だという男は黒髪に青い瞳。白い祭服に金の刺繍が施されたストラ、聖職者のローブ――それも位の高さを示す帽子(ミトラ)――からして大司教だ。

 反論しかけたレジェスの頭をワシワシと撫でつけて黙らせた。


「我が国へようこそ、エスメ王女。私はダビド。皇帝の弟ではありますが、出家して聖職に就いております。教会と致しましては、十六歳とうら若く未婚の女性が、皇帝の側室に上がることをよく思っておりません」


 ポカンとしたままのエスメに目を細め、ダビドが続ける。


「ですが、皇帝があなたを『戦利品』とする以上、我が国の誰かと婚姻を結んでいただきたい。いまのところ、そうすることでしか、あなたをお守りする(すべ)がないのです」


 ダビドの言葉が切れたのを見計らい、エスメは先ほど言おうとした言葉で答えた。


「わたくしの相手なら決まっておりますわ」


 エスメはキッとレジェスを()めつけた。


「レジェス、わたくしから逃げられると思わないことね」

「逃げたりしない。俺はいつでも命を差し出す覚悟だ」


 リサベルが息を飲む音がした。

 まっすぐなレジェスの瞳から、エスメは目をそらす。

 エスメにはまだ覚悟と呼べるものがない。虚勢を張るのが精一杯だった。


「ではわたくしの(そば)にいて! あなたの命はわたくしのものなのだから」

「傍にはいる。だが、結婚相手となると――」

「――いやぁ、これにて一件落着だねぇ。邪魔が入る前にサインもらっておこうかな?」


 こちらが素なのだろう。のんびり口調でレジェスを押しのけたダビドが、机の上に書類を広げた。『婚姻誓約書』と書いてある。


「本来なら挙式時に書いてもらうんだけどねぇ、早いところ持ち帰って、教会に提出しておくよ」


 憧れの結婚像が音を立てて崩れていく。純白のドレスを着ることもなく、誰にも祝福されず、指輪を贈られる可能性も低い。でもそれは、心から望む相手でなければ得られない幸せだ。仇に対して望むものではない。


 選択肢のないエスメはすらすらと筆を走らせたが、レジェスは戸惑いが字にあらわれていた。


(あら? わたくし、レジェスの嫌がることをさせてやったのね?)


 これは大きな第一歩だ。簡単に殺してなどやるものか。レジェスの傍にいればたくさん嫌がらせもできる。じわりじわりと追い詰めてこそ復讐となるのだから。


 問題は、“王の書”に書かれている復讐の方法が、八割は部下の助けを要する作戦であり、残る二割はひとりで実行できるとしても男性並の力が必要で、非力なエスメが取れそうな手段がほとんどないことだ。

 復讐相手が屈強な戦士であることも、遂行をむずかしくしている。


 ダビドが証人の欄にサインを書き込もうとしたとき、ノックもなく乱暴にドアがあけ放たれた。


「やっと見つけたぞ! ぼくの妃」


 大股で歩いて来た第二皇子バルトロメがエスメに手を伸ばそうとして、スッと割り込んできた壁に弾かれた。といってもレジェスは後ろで手を組み、壁のように立っていただけだが、バルトロメは憤慨した。


「兄上! 邪魔をするなら魔剣を使うぞ⁉」

「っ……」


 レジェスが(ひる)んだのを見て、エスメは我が目を疑った。バルトロメはそんなに強いのだろうか。身長は頭ひとつ分もレジェスが高いし、体格は比べものにならないほどひ弱そう。人のことは言えないが、その細い腕で剣を振りまわせるのか心配になるくらいだ。


「バルトロメ」


 ダビドの低い声に、室内にいる全員が身を硬くした。


「エスメ王女は、ただいまをもってレジェスの妃となられた。義姉(あね)(うえ)と呼びなさい」

「そ、そんな……ま、待て。おかしいだろう! リブレリア王や王子を殺したのは兄上なんだぞ⁉ 王女だってそんな男は嫌だろう⁉」


 バルトロメの(ゆが)んだ笑みがエスメに向けられるなか、レジェスもリサベルも目を伏せ、ダビドでさえも口を(つぐ)んだ。

 ただひとり、エスメだけは背筋を伸ばしてまっすぐに見返した。


「わたくしにとっては皇帝も、レジェスもあなたも仇よ」

「ぼ、ぼくは手をくだしてない!!」

「まったく関わっていないと言えるの? 帝国軍の馬車に乗っていたのに?」

「うっ……だけど、兄上は直接手をくだしたんだぞ?」

「だからよ」

「はぁ?」


 エスメは立ち上がり、近くのライティングビューローからあるものを取り出した。怪訝(けげん)な顔をするバルトロメの鼻先に、取り出したペーパーナイフを突きつける。


「なっ、何をする⁉」


 エスメはペーパーナイフをレジェスの首もとにあてた。


「レジェスは、わたくしに命を差し出すと約束してくれたわ」

「ハッ、なんだ……そんなことか」


 バルトロメは鼻白んだ。


「兄上は権力も財力もないからな。ぼくならドレスでも宝石でも買ってあげるよ」

「……お話にならないわ。わたくしが望むのは、生殺与奪の権利だけよ」

「お、お前こそ何を言ってるんだ⁉ お前の国は亡くなったんだ!! 戦争に負けたんだよ! たかが戦利品の分際で――」

「――やめなさい」


 椅子から立ち上がったダビドが、書類を手に丸め持つ。


「そもそも、教会は『戦利品』なんてものを認めていない。私の前でその話をするなら、教会本部を巻き込むつもりでいなさい」

「お、叔父上は皇弟なのにっ」

「皇弟だからこそ、落としどころを見つけたんだ。教会は国を失った王女を保護することもできる。兄上は、王女を教会に渡すくらいなら、息子の妃にすると言った。私からは王女に決めさせることを提案して、兄上も受け入れた」


 そういう経緯でエスメの結婚が決まったのか。

 ダビドは丸めた書類をポスンと手に打ち下ろし、なおも続ける。


「詳細は皇后陛下もご存じだから尋ねるといい。この契約を反故にしたら、教会はエスメ王女を引き取る所存だ。よく覚えておくようにね」

「っ……」


 納得のいかない顔をしつつも、バルトロメはすごすごと部屋をあとにした。

 淀んだ空気を入れ換えるように、ダビドが明るく言い放つ。


「さて、レジェス。エスメ妃殿下をお部屋に案内して差し上げなさい。リサもよろしく頼んだよ」

「はい、叔父上」

「かしこまりました」


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