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第5話 第二皇子と鉢合わせる

 三週間かけてやっと、カナル帝国の入口にたどり着いた。ぐるりと高い塀に囲まれた帝都の門前で、大通りを行く帝国軍と鉢合わせた。側道から来たエスメたちは道を塞がれたような格好だ。


 おびただしい数の兵士にエスメは震え上がった。負傷者もちらほら見えることから、戦争帰りなのは間違いない。北に続く隊列からしてリブレリアを攻めた軍隊だろう。思わず車内のカーテンを閉じる。


 いままで恐怖を感じることがなかったのは、レジェスとホセのおかげであったと痛感した。カーテンの隙間から窓の外にいるレジェスに目をやると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


(そんな顔をされると、不安になるわ)


 やがて一台の馬車が隊列を離れて近づき、中から黒髪の若い男が降りて来た。レジェスよりも若く見える男は、軍隊の中にいたとは思えないほど(みやび)な服装に身を包んでおり、ピンクブロンドの女性の肩を抱いている。


 エスメは“王の書”をひらき、父の記憶と照らし合わせた。彼は第二皇子バルトロメ。レジェスと一歳しか違わないはずなのに、今年で二十二歳になるとは思えないほど所作が子どもじみている。


「兄上! どうして逃げ帰るようなマネをした⁉」

「……父上のご命令だ。戦利品を手に入れたなら、すぐさま届けよとのお達しだ」

「戦利品……あ? 兄上が王女を奪ったのか⁉ 城を探しても見つからないと思ったら! まさか手をつけたりしてないだろうな?」

「当たり前――おい、何をする⁉」


 言い争う声とともにドアノブがまわる音がして、エスメは身をすくめた。


(こわいこわいこわい。お願い、あけないで!!)


 願いもむなしくドアはひらかれ、黒髪からのぞく青い瞳に捕まった。整った顔立ちではあるが、酷薄な笑みを浮かべ、レジェスと違って品がない。こちらが死神皇子だと言われたほうがまだ腑に落ちる。

 品定めするような双眸が、(いびつ)な弧を描いた。


「これはこれは! 父上が気に入るのも無理はない。だけど……もったいないな。そうだ! ぼくの妃として迎えてあげよう」

「おい、何を勝手に」

「だって、父上にこれ以上の側室は必要ないだろう? 彼女にとっても、このうえない幸せだ」

「王女の幸せを、お前が決めるな!」


 バルトロメの言葉を聞いて、彼に(はべ)っていた女性がエスメを睨みつけた。ピンク色の髪が逆立って見える。丸みのあるかわいらしい顔がここまで変化するものかと、エスメはおどろきに目を瞠った。誰かに敵意を向けられるなど初めてのことだった。


 男ふたりが言い争いを再開するなか、堅牢な門がひらき、見るからに権威をまとった男があらわれた。


「何をしているのですか? 陛下がお待ちです。王女は私がお連れしましょう」

「「宰相……」」


 この男が出てくるとは予想外だ。皇子ふたり掛りでも敵うまい。それだけエスメ王女が皇帝に気に入られているということだ。レジェスもバルトロメも歯噛みするしかない。何せ、“王の書”を手に入れられなかったのだから。


 馬車の中から(すが)るような瞳を向けられ、レジェスはキリキリと締めつけられる心臓を無意味にかきむしる。馬車を見送ったあと、すぐさま馬に飛び乗った。


「兄上⁉ 何か企んでいるだろう⁉」


 ――この異母弟は妙なところで勘がいい。

 ともあれ、バルトロメの勘は欲望に対してしか働かない。彼もまたエスメが気に入ったようだ。

 まぁ、あの容姿では仕方がない。怯える子ウサギを前にして、狩猟本能を抑えられる男などいない。だからこそ急がなければ。


「叔父上に協力を(あお)ぐ。婚姻誓約書も交わさぬうちに関係を結ぶのは、外聞が悪いからな」

「なるほど、頼んだぞ! ぼく、叔父上は苦手なんだ」


 胸を張って言うことか。あきれながらもレジェスは馬の腹を蹴る。


「それから! 彼女はぼくの妃にと推しておいてくれ!!」


 後ろから聞こえる雑音をかき消すように、レジェスは馬を急かした。



 ***


 御者を務めたホセが心配そうな顔で見送るなか、エスメはひときわ絢爛(けんらん)な宮殿に連れられて行った。先を歩くお仕着せ姿の女性は、どことなくレジェスに雰囲気が似ており、エスメは不安から逃げるように話しかけた。


「ねぇ、あなた。ここはどういう建物なの?」

「こちらは皇族のみが暮らす宮殿でございます」

「そう、皇族が……」


 謁見(えっけん)室でもなく玉座の間でもない。皇宮(こうぐう)に連れて来られたということは、ひとまず休んでそれから皇帝と面会するのだろう。

 とは思ったものの、巨大な中央階段を振り仰ぎ、気が遠のきそうになった。吹き抜けから目で追っていくと、六階層はある。最上階は、外から見て頭ひとつ飛び抜けていた展望台だろう。


「あ……あなた、お名前は?」

「リサと申します」

「リサ、あなたがわたくしについてくれるの?」

「……いえ、わたしは案内を(おお)せつかっただけにございます」

「そう……」


 また心細くなり、胸を押さえて自分の記憶のページをめくった。このひと月でずいぶんレジェスに関する記録が増えた。敵を知るにはまず観察から、と“王の書”にも書いてあった。


 お肉が好きで野菜は嫌い。とくに葉物が苦手なようで、口にする度に『芋虫になった気分だ』とこぼしていた。エスメはレモン水が好きだが、レジェスは酸味が苦手らしい。

 エスメの顔色が悪いと、すぐに気づいて馬車を止め、散策に付き合ってくれた。


(それから、わたくしが髪を梳く様子を、飽きずに眺めていたわね)


 口もとが緩みそうになり、手で押さえる。


(これは、敵の弱点を知るためよ! そうだわ。リサにも聞いてみましょう)


 踊り場で待っていたリサに追いつき、呼吸を整える。


「ねぇ、リサ。第一皇子のことはご存じ?」

「……」


 肩越しに振り返ったリサの顔は警戒心に満ちていたが、これまた初めて知る表情にエスメは目を白黒させた。喜怒哀楽は理解しているつもりだが、そのどれにも当てはまらない気がする。


(このお顔は……怯え、かしら? 帝国でも死神皇子はおそれられているのね)


 ひとり納得したエスメは、レジェスではなく、彼の姉について聞くことにした。


「彼のお姉様にお礼が言いたいのだけど、会えないかしら?」

「お礼……ですか?」

「ええ。道中のドレスや……女性にしかわからないものを揃えてくださっていたの。わたくしは身ひとつで出てきたから、とても助かったのよ」


 リサは一瞬、気が抜けたような顔をして、すぐに目を泳がせた。


「会うことはむずかしいと思いますが、お伝えしておきます」

「そう。よろしくね」


 休み休みのぼってとうとう五階までたどり着いた。これより上は展望台しかなさそうだが、リサはまだ階段をのぼろうとしている。


(うそでしょう⁉)


 弱音をなんとか飲み込んで、足を動かすことに集中した。最上階には堅牢な鉄の扉がひとつだけ。外から見た展望台は鳥かごのように見えた。ここがその部屋だろう。

 ノックをしようと手を上げたリサが、前を向いたまま独り言のようにつぶやく。


「わたしも弟も、とうに(あきら)めております。あなたも早いうちに諦めてしまえば、きっと楽に生きられますわ」

「――え?」


 ノックの音に答えた声は地を這うように低く、しわがれて聞こえた。


これ以降、朝6:50と、夕方19:00に更新します。

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