第21話 今夜こそ初夜を迎えよう
ずいぶんとかわいらしい部屋でエスメは目を覚ました。天井から下がる円形の天蓋カーテンに円形のベッドは、鳥かごを思わせる。カーテンもベッドも淡いピンク色。ハート型のクッションにたくさんのぬいぐるみ。
ふと体の異変に気づいて重い右足に目をやると、鉄製の足枷がついており、鎖はベッドの下へと続いている。
いつの間にか服も、夜着からお仕着せに変わっており、ピンクのドレスに白いエプロン姿、けれどスカートの丈が膝上までしかない。昔流行った男性の長靴下のようなものを履いているが、とんでもなく破廉恥な格好だった。
「お目覚めですか」
覇気のない声に振り向くと、同じ格好をした若い女性がカーテンをかき分け、エスメの頭にフリルのついたカチューシャを乗せた。
蜂蜜色の金髪に水色の瞳をした美しい女性だが、なんの表情もなく、人形のようだった。
「あなたは?」
「クラウディオ殿下のメイド、ナタリアです」
「クラウディオ……第三皇子の」
ここが第三皇子の部屋ならば、皇宮の三階に連れて来られたということになる。
「ナタリア、わたくしはどうしてここに?」
「殿下に見初められたのです。おめでとうございます」
無表情なまま発せられたナタリアの声には、感情がいっさい乗っていない。まるで用意されたセリフを読んでいるみたいだった。
「ご用意が整いましたので、殿下をお呼びします」
「え? 呼ばないでほしいのだけど?」
「…………」
無言でベッドから立ち上がったナタリアの片足にも、重そうな足枷がついている。この異様な環境でメイドの仕事ができるのだろうか。侍女ではなくメイドということは、給仕か掃除くらい。この部屋で洗濯は無理だろう。
薄いカーテンの外にはたくさんの衣装があるけれど、どれも女性用に見える。ほかには小さな本棚とナイトテーブルがあるのみ。エスメはナイトテーブルの引き出しをあさり、手紙を見つけた。
中を読む気はない。“王の書”から復讐方法を探していた中に、紙で武器を作る方法があった。殺傷力はないが、相手の隙を作ることができる。細長い三角を作り、先を尖らせた。
「やっと手に入れた。ぼくの小鳥。かわいい声でさえずってよね」
後ろから聞こえた声に振り返る。
悪趣味な感性だけでなく、品のない顔まで父親ゆずりのようだ。
「わたくしはレジェスの妃です」
「それが何? 兄様は側室の子だよ? 皇后である母様には逆らえないんだ」
「その皇后も教会には逆らえないでしょう? この婚姻は大司教がまとめたものよ」
教会は絶大な力を持つ。皇帝であろうとも無下にはできない。さすがにそれくらいの知識はあったようだ。クラウディオの唇が歪む。
「それも明日までだ! 兄様は戦死するんだからね!」
「……レジェスは死んだりしないわ」
「ふふっ、魔剣で行動を操れること知らないの? 父様も愛想を尽かしたようだからね。戦に勝った瞬間、兄様は魔剣で自らの首を落とすんだ」
自分の息子を使い捨てにするなど、以前のエスメなら信じられなかった。
だが、あの皇帝ならやりかねない。
クラウディオがベッドに乗り上げた。
「ここに居ることは、君のためでもあるんだよ?」
「……はい?」
「明日のお披露目パーティーでは、君が父様のものだと公表される。出ないほうがいいよ」
「教会に婚姻誓約書を届け出ているわ。それにエスコートするのはレジェスよ」
「わかってないね。皇帝が『自分のものだ』と言えばそうなるんだ。異を唱えるやつなんていないさ」
肩をすくめながらもクラウディオが近づく。エスメは片手でスカートを押さえつつ、ジリジリと下がった。
「ナタリア、小鳥を捕まえて」
「はい、殿下」
ベッドの内側からクラウディオが、外からはナタリアが手を伸ばす。
――いまだ、エスメ! 皇子の目を狙え!
父の声に導かれ、クラウディオに向かって尖らせた紙を振り下ろす。
「ギャッ」という悲鳴を聞きつけ、ドアの向こうから衛士と魔術師が飛び込んで来た。
――エスメ、鎖を皇子の首に巻け!
言われるがままに鎖を巻きつけたが、首だけでなく顔を押さえた片手も一緒に巻き込んでしまった。なかなかうまくはいかない。
「う、動かないで! クラウディオの首が絞まるわよ!」
暴れるクラウディオに揺らされながらの言葉は、脅しにならなかったようだ。衛士が剣を抜き、魔術師が何事かを唱えはじめた。
天蓋カーテンが乱暴にひらかれ、振り上げられた剣がエスメを捉えた。ギュッと目を閉じたエスメの耳に、衛士の叫び声が届く。
「ぐぁっ!! おい、何をする⁉」
「う……うぅっ、わ、わからない……体が勝手に」
どうやら魔術師の攻撃が衛士に当たったようだ。困惑した顔の魔術師が、なおも衛士に殴りかかる。衛士は数少ない魔術師を傷つけられないのだろう。剣を捨て、ふたりは取っ組み合いをはじめた。
呆然と見ていると、ドアの向こうから、また誰かがやって来た。
「――エスメ」
その声を聞いただけで体が熱を持つ。ベッドに近づいたレジェスは、エスメの破廉恥な姿を見て狼のように低く唸った。
「クラウディオ、俺の妻に何をした⁉」
クラウディオは左目を押さえながら、エスメを指差した。
「兄様! ぼくが傷つけられたんだよ⁉ この女を殺してよ!!」
「お前が何かしたからだろう?」
「まだ何もしてない!」
それを聞いて、レジェスの朱い瞳が落ち着きを取り戻す。
「足枷の鍵はどこだ?」
「兄様⁉ やっぱり、バル兄様に頼まないとダメなのか」
エスメはハッとして、レジェスの手にある魔剣を見やった。血の契約を解除できなかったせいで、彼は戦争でこき使われ、自害までさせられてしまう。
(わたくしが意地を張って、レジェスを愛さなかったから……)
レジェスがクラウディオから鍵を引ったくる。エスメの足枷を外したのち、片手で担ぎ上げた。そのたくましい首にしがみつきながら、ナタリアの縋るような視線を受けてレジェスの肩を叩く。
「レジェス、彼女の枷も外して」
「ん? ああ」
「――はぁ⁉ それはぼくのモノだ!!」
クラウディオの声を気にも留めず、レジェスはナタリアに鍵を渡した。鍵を受け取った途端、人形のようだったナタリアは目の色を変えて枷を外し、一目散に飛び出して行った。
「あっ……服、あのままで大丈夫かしら?」
「どこかでお仕着せでも調達するだろ。それより、王女の姿が目に触れないようにするほうが先決だ。走るぞ!」
自分の姿を思い出し、スカートの裾を押さえようとしたものの、レジェスにしがみついているのが精一杯だった。
疾風に目を閉じているうちに、レジェスの部屋に着いていた。
寝室のドアをあけ、ベッドに下ろされる。
「今日はここで寝てくれ。俺は居間のソファで寝るから」
「レジェス」
名前を呼んでもこちらを向いてくれない。こんなことは初めてだ。
「ねぇ、愛とはどういうものかしら? どうしたら解除できると思う?」
「うん? なんの話だ?」
「魔剣の契約……解除したいの」
やっとこちらを見たと思ったら、またそっぽを向いてしまった。
レジェスからしてみれば、エスメの服装は直視できないうえ、すでに血の契約が解除されていることを言い出せない。目をそらしたのは後ろめたさもあった。
「契約のことは気にしなくていい。王女のおかげでほとんど解除されかけてる」
「ほとんどじゃダメなの!!」
叫ぶような声に面食らったレジェスが、ようやくエスメの顔を見た。
「わたくし、あなたを愛したいと思っているの」
「王女……」
「だから……今夜こそ、初夜を迎えましょう」
「なっ……何を言って」
取りこぼした魔剣が硬質な音を立てて床に転がった。
宝珠の細い線が笑っているように見える。
「レジェス、早く。わたくし、もう眠いの」
「…………、眠い?」
――ああ、一緒に眠ることを初夜だと思っているのか。
手を引っ張られてレジェスは観念した。どうせエスメはすぐに寝落ちする。そのあとソファへ移動すればいい。だがしかし、その考えは甘かったようだ。
「お、おうじょ……なにを……」
「本物の初夜というものは、こうして抱き合って眠るのよ?」
「うそだろう……」
「本当よ! 小説にそう書いてあったもの!」
レジェスを抱きしめたまま、エスメはわずか数秒で夢の世界へ。
現実に取り残された憐れな狼が、低く唸り声をあげた。
「ウゥゥ……血の契約よりも、キツイ」




